北海道・道南-道東横断編 第2話:北海道東端の駅で子グマとSLの物語に思いを馳せる!!
写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
北海道への上陸早々、登別温泉でヒグマに囲まれるという貴重な体験をした我らが虫さんぽ+(プラス)隊! 次なる目的地はそこから東へさらに500kmも離れた北海道の東の端だった!? 流氷の町を舞台に描かれた手塚マンガの面影を求め、北の大地を巡る旅はまだまだ続きます!!
◎キーワード「62」の示す場所を目指せ!!
山口県で受け取った謎の招待状が指し示す場所、それは北海道だった! 車で2,000kmの道のりを走破して北海道の有名温泉地・登別温泉に到着した我われ虫さんぽ+(プラス)隊は、そこで手塚先生がイラストに描いたクマ牧場のクマと対面。1つめのキーワード「登」の示す場所がまさにここだったことを解明した。
続いて第2のキーワード「62」の示す場所をぼくは、北海道の東の端に位置する町、根室と推理した。果たしてこの推理は当たっているのか。ぼくは道央自動車道を東へ向かってひたすら車を走らせる。
◎大ブームを巻き起こした「愛の国から幸福へ」──!!
登別温泉から根室までは、ナビの案内によると、休憩なしで車を走らせても6時間以上かかる。しかしずっと高速を走っていると変化がなくて飽きるので、途中で下道も走ってみることにした。
すると帯広付近を走行中、道路脇に「愛国駅はこちら」という案内看板を見つけた。
愛国駅は旧国鉄広尾線の駅であり、1987年に広尾線が廃線となったのにともなって愛国駅も廃止された。しかし廃駅となってもいまだ案内板が建てられるほど有名なのはなぜか。その理由は1970年代にまでさかのぼる。「愛国」の3駅隣に「幸福」という名前の駅があり、この2つの駅が縁起の良い駅名だということで、1974年ごろ、若者の間で「愛国駅から幸福駅までの切符を買うのがブームとなり、やがてそれが「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズで全国的に知られるようになったのだ。ピーク時には愛国から幸福行きの切符は1日平均1万枚以上も売れるほどの人気になったという。
北海道でたびたび見かけた「牛横断注意」の道路標識。先の方には小さく馬の絵が描かれた注意標識も立っている
道路沿いの牧場では馬たちがのどかに草を食んでいた。柵の近くまで歩み寄ると、こっちを向いてぼくを気にするそぶりを見せたが、カメラを向けると、サッと目線を外してそっぽを向かれてしまった
旧・愛国駅(愛国交通記念館)。開館時間:3月上旬-11月下旬 9:00-17:00、12月上旬-2月下旬 9:00-17:00(日曜日のみ開館)
旧・愛国駅のホーム。時間があればこのベンチに座って1~2時間ボーッと過ごすのもいい感じ!
1974年に発売された芹洋子のシングル盤レコード『愛の国から幸福へ』。B面の曲も北海道にちなんで『マリモの唄』だった。なかなかの名曲です
「ようこそ恋人の聖地 愛国駅へ」と大書された案内看板。男一人でカメラを持ってうろついていると、若干居心地が悪くなってくる
ブーム当時の切符を模したモニュメント。この切符は今もお土産屋さんで買うことができます
愛国駅の駅舎の中は広尾線に関する資料の展示と、ここを訪れた恋人たちのメッセージで埋めつくされていた。男一人でそこにカメラを向けていると......(以下略)
屋外に静態展示されている9600形蒸気機関車。北海道帯広市の幸福駅公式ホームページによれば、このSLは、冬期は錆防止のためにブルーシートで覆われているとのことだ
◎野生の子グマと消えゆくSLの物語!!
こうして寄り道をしながら丸一日をかけ、午後4時過ぎに根室駅前に到着した。
ぼくが「62」というキーワードと、招待状に描かれた動物のシルエットから推理した手塚マンガは、1980年に雑誌『月刊少年ジャンプ』1月号に発表した読み切り短編『山太郎かえる』である。
根室の沖合いで、クマの親子が流氷に乗って漂流していた。そこへ漁船が衝突。親グマは死んでしまったが、子グマは保護され「山太郎」と名付けられて根室駅前の土産物屋で飼われることになった。そこで山太郎に父親のように親しく声をかけてきたのが、この路線を走るC62形蒸気機関車の「しい六」さんだった。
物語は、野性に帰るかこのまま人間社会で生きるのかという山太郎の葛藤と、SLが続々と引退していく時代を背景とした六さんの生き様とが交互に描かれていく。
動物やSLが人間の言葉で会話をするという、幼年マンガのような表現手法を用いているが、そこはあの大長編マンガ『ジャングル大帝』をものした手塚治虫である。自然破壊の問題や少年の自立、時代が変わっても誇りを持ち続ける老SLのプライドなど、深いテーマがいくつもこめられていて、大人の鑑賞にも耐えうる感動的なファンタジー作品となっている。
愛国駅を出て再び根室を目指す。ようやく根室まであと35kmとなった。
オロフレ峠から東へ、ひたすら走ることおよそ6時間。太陽が西に傾き、積雪時に路肩を示すための矢印標識が、渇いたアスファルトの道路に長い影を落としている
今回の北海道旅行でもっとも多く見かけた野生の鳥はカラスだった。のぼりべつクマ牧場にいたカラスたちはクマのエサのおこぼれを狙っているのだろうが、山奥を突っ切る林道の電線に止まって行き交う車を見下ろしているカラスは、いったい何を待っているのだろうか
『山太郎かえる』雑誌連載時のトビラに描かれたリアルなクマの絵。かつてのぼりべつクマ牧場を訪れた経験が生かされているのだろうか。※画像は平凡社刊『別冊太陽 子どもの昭和史 手塚治虫マンガ大全』より
『山太郎かえる』より。流氷に乗って流されてきたクマの母子。母グマは死に、子グマは山太郎と名付けられて土産物屋で飼われることになった。※以下、同作品の画像はすべて講談社版手塚治虫漫画全集『タイガーブックス』第6巻より
◎街中で野生の鹿に遭遇!!
このマンガに描かれた風景を求めて根室駅周辺を散策する。平日で店は閉まっていたが、駅前には山太郎が飼われていたのとよく似た雰囲気の海産物を売る土産物屋さんが何軒か建ち並んでいた。
それをカメラに収め、駅の待合室へ入ってみた。時刻表を見るとこの駅を発着する列車はおよそ3時間に1本。ぼくがここへ着いたときにはちょうど16時11分の釧路行きが発車した直後だったので、待合室にもホームにも人がまったくおらず、ひっそりとしていた。
唯一聞こえてくるのが海鳥の鳴き声で、ここの駅が海に近いことを感じさせてくれる。
駅の反対側へ廻ってみると、引き込み線の奥に貨物を積んでシートをかぶせられた貨車が静かに佇んでいた。かつてはここも『山太郎かえる』の冒頭に描かれたように、多くの荷物が積み下ろしされるにぎやかな場所だったのだろうか。
日没が迫る中、港の風景を見てみようと車で移動しかけたところ、線路際の道を野生の鹿が歩いているのを見つけて驚いた。
すぐ横の大通りを車や自転車が頻繁に往来しているのだが、地元の人は慣れっこなのか、鹿を気に止める様子はまるでない。鹿の方も車や人を恐れる様子はなく、のんびりと地面の草を食べていた。奈良公園以外でこんな光景をみると驚きます。
根室駅周辺を散策していたら野性のエゾジカに遭遇した。この場所は幹線道路からわずか10メートルほど入った空き地で、すぐ横の道路を人や車がひっきりなしに行き交っている。ただし驚いているのはぼくだけだったようだ
3時間に1本の列車が出発した直後の根室駅。駅前でタクシーの運転手さんたちがヒマそうにしているだけで、駅舎の中も外もひっそりとしている
山太郎は観光客の格好の遊び相手となり、一見、幸せに暮らしているように見えたが......
山太郎が流されてきた流氷はどんなものだったのか。あいにく根室の流氷の写真が見つからなかったので、昭和30年代のものと思われる網走の流氷を絵ハガキで紹介しよう。冬になると景色が一変する北海道。ぜひ真冬にも訪れてみたいです
根室駅前に並ぶ海産物を扱う土産物屋さん。あいにく平日で閉店していたが、店先の雰囲気は山太郎が飼われていたお店に似てなくもない
駅の反対側へ回ってみると広大な空き地が広がっていた
駅の外れには引き込み線があり、シートをかけられた台車が2両。マンガの中で描かれた操車場は、ぜひこのあたりの風景でイメージを補完してみていただきたい
雑草に埋もれた旧国鉄時代のコンテナ。かつて鉄道輸送が日本の物流の主流だった時代には、このコンテナを満載した長い長い貨物列車が日本中を走り回っていた
人間に飼いならされようとしている山太郎に声をかけてきたのは引退間近のC62形蒸気機関車「しい六」さんだった
1972年8月発行のC62形蒸気機関車引退記念入場券。鉄道マニアではないので詳細は確認できなかったが、根室方面ではC62形は運用されていなかったようだ
根室本線の厚床駅付近を走行するSLの写真が使われた1977年3月発行の「思い出のSL」記念切符
暮れゆく根室漁港。海鳥たちのもの悲しい鳴き声が夕焼け空に響き渡り、何となくセンチメンタルな気分になってくる
◎「摩」で始まる北海道の湖が......!?
こうして招待状に描かれた動物のシルエットは子グマ時代の山太郎だったと判明、さらに「62」というキーワードの意味も、C62形SL=しい六さんを指したものであったことが明らかになった。これにて2つ目のキーワードの謎も解決である。
さて次回はいよいよ残る3つ目のキーワード「摩」が示す場所を探します。「摩」という文字が意味する場所はどこなのか。そういえばここ根室から車で3時間ほどの場所に、「摩」で始まる名前の湖があったはず......霧で有名なその湖が手塚マンガと何か関係しているのだろうか?
次回、果たして3つ目のキーワードの謎は解明されるのか!? 皆さん、ぜひまた次回も虫さんぽ+(プラス)にお付き合いくださいっっ!!
■バックナンバー
虫さんぽ+(プラス)
・大阪編 第2話:大阪・中津の軍需工場跡地で、辛かった戦争時代の想い出を歩く!
・大阪編 第3話:大阪・十三で戦争の悲惨さを残す文化遺産を訪ねる!
・奈良編 第2話:写楽くんの足跡をたどりつつ古代史ミステリーを探る!!
・奈良編 第3話:その時が来なければたどり着けない!? 伝説の神社!!
・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?
・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?