写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
謎の招待状に誘われて、北海道の東端・網走監獄から始まった早春の北海道さんぽ。今回はオホーツク海に別れを告げて、残雪がきらめく北見山地へと分け入っていく。虫さんぽ+(プラス)隊がそこで出会ったのは、手塚治虫が北海道の大自然を舞台に描いた最後のエゾオオカミの生き様のドラマだった!!
東京でもらった謎の招待状に導かれ、再び北海道へとやってきた我ら虫さんぽ+(プラス)隊。前回は網走刑務所と博物館網走監獄を訪ね、手塚治虫が1970年代に描いた少年マンガ『やけっぱちのマリア』の舞台となった場所を歩いた。3つのキーワードのうち1つ目のキーワード「走」は網走監獄の「走」だったのだ。
さて次はどこへ向かおうか。と、迷っていたときにこんな便利な旅の言葉があったのを思い出した。
「足の向くまま気の向くまま」
ぼくは道の駅でもらった観光地図を広げて眺め、ふと目に止まった旭川方面へ向かって車を走らせることにした。
網走からサロマ湖に沿って国道239号線をしばし北上して湧別町で左折。道道712号線(緑蔭中湧別停車場線)を南西に向かって車を走らせる。するとこの道はやがて遠軽町で国道333号線に突き当たる。旭川方面へ向かうにはこの国道333号線(上越国道)を右折だ。そして町はここで終わりとなり、ここから先は牧場や農地が点在するだけの山道となっていく。
急に町が終わってしまったので、給油するタイミングを逃してしまったぼくは、今さら引き返すわけにもいかず、じわじわと減り続ける燃料計の針をにらみつつ山道を進んでいった。
商店もない小さな集落をいくつか通過すると、やがて上り坂がきつくなり、左右にうねる"つづら折れ"の道となる。かつて交通の難所として知られた北見峠だ。
観光案内サイトの情報によれば、この山道は明治時代に網走監獄の囚人によって開削された囚人道路のひとつであり、険しい山中にもかかわらず160kmもの道をわずか8ヵ月で切り開いたというから、どれだけ過酷な労働だったかがうかがえる。
そしてこの道を走っていたとき、ある手塚マンガを不意に思い出した。それは手塚先生が1973年に雑誌『週刊少年ジャンプ』に発表した読み切り作品『ロロの旅路』だ。
このマンガは、ぼくがいままさにいるこの場所「北見山地」から物語が始まっているのだ!!
『ロロの旅路』の物語はこうだ。雪深い冬の北海道北見山地──。そこに絶滅したと言われていたエゾオオカミの母子がひっそりと暮らしていた。ところが母オオカミはハンターに殺されて剥製にされてしまう。残された3頭の子オオカミ、ロロ・ルル・リリは、道外へ運ばれてゆく母親の剥製を追って命がけの旅を始める。
北海道の大自然の描写がみごとで、かつて幼いころに読んだ『シートン動物記』のような感動を味わえる傑作短編である。
ぼくは路肩に車を駐め、『ロロの旅路』に描かれた大自然の風景を探してみることにした。エンジンを止めて車から出ると、かすかな風の音以外、一切の音が消える。雪の中にたたずむ木立とその向こうに連なる山々。
都市部やその近郊の山で何度も遭遇したカラスやキタキツネ、エゾジカなどの動物もここではまったく見かけない。さすがにこのくらいの高地になると、彼らは自分たちのねぐらにこもっていて、やがて来る春をひっそりと待ち望んでいるのかも知れない。
ということで2つ目のキーワード「ロ」は、『ロロの旅路』の「ロ」だったことが分かった!
北見山地を越えて旭川市へたどり着いたぼくは、何とかガス欠直前で給油をすることができた。
ここ旭川は、かつて旧虫さんぽで訪れたことがあり、そのときにお話をうかがった「アトムの会」の皆さんが暮らす町である。虫さんぽでおじゃまして以来、「アトムの会」の皆さんとは親しく交流させていただいている。本来ならば旭川へ行ったらその方々にご挨拶をしないといけないところなのだが、あいにくぼくは先を急ぐため、今回は電話でご挨拶をしたのみで失礼させていただくことにした。
旧虫さんぽで旭川を訪れたときの記事は下記です!
・虫さんぽ 第55回:北海道さんぽ(後編)旭川へアトムと火の鳥に会いに行こう!!
2つ目のキーワード「ロ」の謎は解けた。だがぼくがさらに先を急いでいたのは、もう1か所、ぜひとも立ち寄りたい手塚スポットがあったからだった。その場所へ何とか日没前に到着したい。その場所は旭川から距離にして138km、車でおよそ2時間の場所、JR札幌駅にある!
2時25分に旭川を出発し、あとは道央自動車道を一直線に南下する。そうして札幌駅に着いたのはきっかり2時間後の午後4時21分だった。車を駅前のコインパーキングに駐め、構内を小走りに歩いて目指す場所を探す。
ところが初めて来た札幌駅はあまりにも広すぎ、あちこちをウロウロしているうちに自分がどこにいるのかさえ分からなくなってきた。交番を見つけて、そこで聞いてみたがその場にいた5人ほどのお巡りさんは誰も知らないという。こうしている間にも陽はどんどんと西に傾いていく。
困り果てていたところへちょうどパトロールから帰ってきた女性警察官が「それなら南口の広場にあるあれじゃないの?」と教えてくださった。
現在、ぼくがいる北口とは真反対の場所である。駅のコンコースを抜けて南口へ。あった!
こうしてようやくぼくは目指す場所へたどり着くことができたのだった。時刻は4時42分。ぼくの目の前にあったのは彫刻家・本郷新が1960年に作ったブロンズ像、牧歌の像である。
この牧歌の像は1977年に雑誌『週刊少年チャンピオン』に掲載された手塚マンガ『ブラック・ジャック』第168話「三者三様」の中で、印象的な場面の背景として描かれていた。
しかし2017年の「虫さんぽ」でここ札幌を歩いた際には、何とその事実を見逃しており、あろうことか、すぐ近くまで来ていながらこの場所をスルーしてしまっていたのである。
・虫さんぽ 第54回:北海道さんぽ(中編)シュマリとB・Jの作品風景を求めて札幌を歩く!!
虫さんぽ隊にあるまじき失態を上記の記事の中で正直に侘び、読者の皆さんに画像の提供を呼びかけたところ、ありがたいことに、すぐにおひとりの方が画像を送ってくださった。そして次号の記事ではその画像を紹介させていただいたのである。
これはこれでWeb連載ならではの展開とはなったのだが、やはり一度はこの像を自分の目で見てみたかったのだ。
訪問当日はあいにく像の前でイベントが行われていて機材が置かれ、多くの人が集まっていたから、この像とじっくり対面するという雰囲気ではなかったが、それでも『ブラック・ジャック』の場面を思い浮かべながら本物を見ることができて大変感動したのであった。
ということで、この目的が果たせたぼくは、残る3つ目のキーワードの謎を解くべく、さらに旅を続けるのであった。では次回もまた、ぜひご一緒に探索いたしましょう!!
■バックナンバー
虫さんぽ+(プラス)
・大阪編 第2話:大阪・中津の軍需工場跡地で、辛かった戦争時代の想い出を歩く!
・大阪編 第3話:大阪・十三で戦争の悲惨さを残す文化遺産を訪ねる!
・奈良編 第2話:写楽くんの足跡をたどりつつ古代史ミステリーを探る!!
・奈良編 第3話:その時が来なければたどり着けない!? 伝説の神社!!
・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?
・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?
・洞窟探検編 第3話:手塚治虫、大洞窟の中を命がけの逃亡!!
・北海道・道南-道東横断編 第1話:標高550メートルの山頂でヒグマに囲まれる!?
・北海道・道南-道東横断編 第2話:北海道東端の駅で子グマとSLの物語に思いを馳せる!!
・北海道・道南-道東横断編 第3話:財宝が隠されている神秘の湖はココだった!!
・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第1話:早稲田で乗せた老女は幽霊だったのか!?
・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第2話:杉並から早稲田へ、時限爆弾を追え!?