虫ん坊

再録・虫さんぽ 第5回:江戸東京博物館『手塚治虫展』と両国・浅草界隈

2021/03/15

再録・虫さんぽ 第5回:江戸東京博物館『手塚治虫展』と両国・浅草界隈

写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/野村正

手塚治虫先生と手塚マンガにゆかりの地をぶらりとお散歩するこのコーナー、今回は、江戸東京博物館で開催中の「手塚治虫展」を見学し、あわせて周辺の手塚治虫スポットを散策します。
いったいどんな出会いと発見があるでしょうか。

(※この記事は2009年5月当時の内容をそのまま再録したものです。記事内でご紹介した施設や事実などはすべて取材当時のものとなります)


◎4つのゾーンで手塚治虫を知る

 昭和4年に建築されたというクラシカルな建物のJR両国駅をおりて徒歩3分。目の前に、宇宙船を思わせる巨大で斬新なデザインの江戸東京博物館が現れます。
 この江戸東京博物館では、現在、4月18日から6月21日まで『手塚治虫展〜未来へのメッセージ〜』と題した特別展を開催中です。
 今回はこの特別展を見学し、その後、隅田川沿いをそぞろ歩いて、この界隈の手塚先生ゆかりのスポットを紹介したいと思います。

sanpo_ex01-01.jpg『手塚治虫展』の会場へ到着! 期待がふくらみます

 ではさっそく『手塚治虫展』会場へ入ってみましょう。
 会場は、大きく4つのゾーンに分かれています。「人間・手塚治虫」ゾーンは、手塚先生の幼少期から現在までの80年の軌跡が、貴重な資料の展示によって一気に見渡せます。そして「テーマ展示ゾーン」は『鉄腕アトム』、『ブラック・ジャック』、『火の鳥』の3つのエリアから構成されていて、手塚先生が作品を通じて伝えたかったメッセージがパネル、原画、資料などによって視覚的に理解できるようになっています。

◎『手塚治虫展』を楽しむポイント

 ご用とお急ぎでない方で体力に自信のある方は、展示品を端から端まで1点1点じっくり見ていっても、もちろんかまわないのですが、それでは丸一日かかってしまいます。
 そこで江戸東京博物館・学芸員の川上香さんに、今回の特別展を楽しむためのポイントをお聞きしました。


「まず見ていただきたいのは、手塚先生の原画の迫力ですね。ペンの勢いや素晴らしい彩色の技術、そして何度も修正を重ねた跡などを見ると、先生がそれを描いたときの情熱や苦労、そして読者に伝えようとした想いなどが伝わってきます」


「また、手塚作品はあまりくわしくないという方や、いくつか好きな作品はあるけれど、ほかの手塚作品のことも知りたい、という方は、各コーナーのオレンジ色のボードに書かれたメッセージを読んでから展示をご覧いただくことをおすすめします。このボードには、作品を通じて先生が伝えたかったことが簡潔にまとめてありますので、展示品に対する理解がより深まるはずです」


 また川上さんによると「アトムツアーズ」という音声ガイドシステムもオススメだそうです。これは入り口横でiPhoneのような携帯端末を1回500円で借りて頭にヘッドフォンを装着。展示を見ながら端末のタッチパネルボタンを押すと、今回の特別展のプロデューサーである手塚眞氏、アトム、ブラック・ジャック、そして藤子不二雄A先生の声でガイドが聞けるというもの。会場でも利用されている方がたくさんいらっしゃいました。

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「鉄腕アトム」ゾーンの中央に眠る鉄腕アトム像。単なる科学礼賛ではない同作品の本質を紹介

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「ブラック・ジャック」ゾーンの入り口はインパクト充分。生命とは何なのかを強く問いかける!!

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1970年の大阪万博で手塚治虫のデザインを元に製作されたジャンケンロボット。当時の記憶がよみがえり、感涙にむせぶお父さんもいたとか

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今回初めて展示されたのが、手塚先生の自宅二階の仕事机。ここが天才の仕事場、必見です!

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トキワ荘の天井板に描かれたイラスト。手塚先生が解体直前のトキワ荘を訪れた際、立ち会った警視庁記者クラブの記者にその場で描いて贈られたもの。現在も同記者クラブの宝物となっている。トキワ荘について、くわしくは現在公開中の再録・虫さんぽ 第1回と第2回をごらんください

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「手塚治虫の思い出」と題された人気コーナー。手塚先生と親交のあった方々が、手塚先生ゆかりのお宝を公開している

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鈴木伸一先生のお宝は、手塚先生とディズニープロのアニメーター、W・キンボールがナプキンに描いた落書き

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オフィシャルショップにはグッズが山盛り! 真鍋拓店長のオススメは、今回の特別展限定のB・J手染め手ぬぐい1,680円。お土産に最適なのがB・Jのトイレットペーパー1ロール200円。※いずれも品切れの際はご容赦ください

◎国技館で怪物が大暴れ!

 江戸東京博物館を出て散歩を続けます。冒頭で博物館の建物を"宇宙船"と形容しましたが、見方によっては『ジャングル大帝』のレオの父・パンジャが丘の上に雄々しく立つ姿にも見えます。いやもう『手塚治虫展』を観た後ではそうとしか見えません(笑)。
 ぼくは『ジャングル大帝』のテーマを口ずさみながら、ちょうど5月場所中でにぎわう両国国技館の前を通り、隅田川沿いに出ます。
 ここから600メートルほど上流へ向かい、蔵前橋を渡ると、右側に大きなエンジ色のビルが見えてきます。この場所にはかつて、今の両国国技館ができるまで使われていた蔵前国技館がありました。  そしてその蔵前国技館は、手塚先生の作品『スリル博士』の舞台になった場所でもあるのです。主人公・ケン太とその父親・スリル博士が相撲観戦に訪れたところへ、ワニのようなかぶり物をした怪人ゲラズリが出現、大暴れをします。
 ここで国技館の沿革についてざっと紹介しておきますと、最初の大相撲常設館として旧両国国技館が落成したのは明治42年のことです。場所は現在の両国国技館より南の京葉道路沿いにあり、アーチ状の鉄骨を組み合わせて造った丸いドーム型屋根の個性的な建物でした。
 しかし敗戦後、この建物はGHQ(連合国軍総司令部)に接収されて使えなくなり、代わりに建てられたのが蔵前国技館だったのです。蔵前国技館は昭和29年から昭和59年まで使用され、翌昭和60年の初場所から、現在の新両国国技館が使われるようになりました。

sanpo_ex01-09.jpg現在の両国国技館。前を通る間にも、お相撲さんが車から降りて館内へ続々と入って行った

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旧蔵前国技館のあった場所。現在は東京都下水道局の建物が建っている

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『スリル博士』は、昭和34年『週刊少年サンデー』創刊号から連載された、初の週刊連載作品だ。(講談社版全集第20巻より)作中では「蔵前国技館」となっているが、建物の形は円形ドームの旧両国国技館に似ている

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昭和27〜33年ごろの「はとバス」のパンフレットより、蔵前国技館の風景((C)株式会社はとバス)

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警察に追い詰められた怪人ゲラズリが隅田川へ飛び込んで逃げるシーンに、チラッと登場する厩橋

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戦後、GHQに接収されていたころの旧両国国技館。昭和25年ごろの「はとバス」のパンフレットより((C)株式会社はとバス)

◎手塚先生が愛した絶品ケーキ

 さて、旧蔵前国技館前を後にして、江戸通りを浅草方面へと歩きます。
 そして、江戸東京博物館を出てからおよそ1時間、浅草に到着しました。少し疲れたのでお茶にしましょう。

 立ち寄ったのは「アンヂェラス」という喫茶店です。木造3階建てのクラシカルなこのお店の創業は昭和21年。作家の川端康成、永井荷風、池波正太郎、洋画家の東郷青児など、数多くの著名人が通ったことでも知られる名店です。
 そして、手塚先生もそうした常連のひとりでした。
 手塚先生が大好きだったという「サバリン」という洋酒ケーキと、このお店の名物・梅ダッチコーヒーをいただきながら、ご主人の澤田光義さん(67)に、手塚先生との思い出をうかがいました。

「手塚先生が最初にいらっしゃったのがいつか、正確には分かりませんが、私が記憶しているのは昭和40年ごろからですね。ちょうど『鉄腕アトム』のテレビアニメが人気のころで、お正月に浅草寺へお参りに来て立ち寄っていただいたのだと思います。
 当時、漫画家協会の会長をされていた上田トシコ先生が、「浅草寺へお参りに行ったら運が開けたので、それからは毎年来ている」とおっしゃって、うちへもいつも立ち寄ってくださっていたので、手塚先生も上田先生からそんな話を聞いて来られたのかも知れません。
 それからは、お正月と節分の時期に、たびたび来ていただけるようになりました。長女のるみ子さんといらしたことも何度もありますよ。

 手塚先生が最後にお店へ来られたのは、亡くなる1年前(昭和63年)の正月です。
 その翌年の2月に先生が亡くなられて、私もとても悲しんでいたんですが、それからしばらくして、先生の奥様が、突然お店へ来られたんです。「手塚の妻です」と挨拶をされて、驚くと同時にとても感激しましたねぇ。

 手塚先生は非常に律儀な方で、お礼や挨拶を決して忘れない方でしたが、奥様も手塚先生に負けず劣らず、人間関係を大切にされる方なんだなぁと思いました。
 それで私は奥様に「仏壇にお供えください」と言って、先生のお好きだったケーキをお渡ししたんですよ」

 美味しいケーキを味わいながら、手塚先生とご家族の人柄がしのばれる素敵な話をうかがって、今回の虫さんぽは、とても温かい気持ちに包まれた締めくくりとなりました。皆さんも手塚治虫展の帰りには、ぜひ立ち寄ってみてください。

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江戸通り沿いはおもちゃ問屋が並ぶ。店先を見ているだけでも楽しい

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欧風のモダンなたたずまいのアンヂェラス。ケーキは30種類以上、持ち帰りも可。営業時間 10:00〜21:00、不定休、問い合せ 03-3841-9761(※現在は閉店)

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ご主人の澤田光義さんは、創業者である先代社長の甥で、子供のころからお店に来ては、多くの文化人たちにかわいがられたという

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ケーキに洋酒シロップが染みた絶品の「サバリン」(左)370円と、ダッチコーヒーに梅酒を加えて飲む「梅ダッチコーヒー」700円(右)。普通のダッチコーヒーは600円。店名と同じアンヂェラスというケーキも手塚先生のお気に入りだったオススメ品(チョコとホワイト各320円)(※当時)

(今回の虫さんぽ、3時間34分、6254歩)

取材・資料協力(順不同)/江戸東京博物館、欧風洋菓子・喫茶アンヂェラス、株式会社はとバス
参考文献/相撲両国国技館(墨田区立緑図書館刊)

(初出:2009/05/26)


黒沢哲哉

1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。

手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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