虫ん坊

再録・虫さんぽ 第7回:埼玉県飯能市・鉄腕アトム像周辺(後編)

2021/03/29

再録・虫さんぽ 第7回:埼玉県飯能市・鉄腕アトム像周辺(後編)

写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/野村正

 手塚治虫先生と手塚マンガにゆかりの地をぶらりとお散歩するこのコーナー。今回は、前回に続いて埼玉県飯能市の鉄腕アトム像とその周辺をお散歩中です。このアトム像誕生にまつわる知られざる秘話とは......!?

(※この記事は2009年9月当時の内容をそのまま再録したものです。記事内でご紹介した施設や事実などはすべて取材当時のものとなります)


◎手塚先生も食べた絶品そば屋さんへ!


 前回は、鉄腕アトム像の建立に尽力された野口勲さんの案内で、飯能市中央公園に立つアトム像を見学したところまで紹介しました。
 お昼を過ぎて、ぼくも野口さんもお腹が空いてきたので、食事をとることにしました。
 野口さんに連れて行っていただいたのは、入間川の河畔に建つ「檪庵(くぬぎあん)」という手打ちそばのお店です。ここは1983年のアトム像除幕式の後で、野口さんが手塚先生をお連れしたお店だそうです。

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河川敷は夏の水遊びに最適。画面奥を横切っているのが流れ橋

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「檪庵(くぬぎあん)」営業時間 11:00〜18:00 水曜定休、問い合わせ 042-973-2576。清流と木々に囲まれた静かなお店です

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野口さんの座られている席が、当時、手塚先生が座られた場所


「当初、手塚先生はお忙しいから食事はされないという予定だったんです。しかし除幕式が終わったあと、レッドアローの発車時刻まで1時間ほどあったので、急きょここへ立ち寄ることにしたんです」と野口さん。
 アトム像から檪庵へは、徒歩の場合、坂を下ったらそのまま直進して河原へ出ます。すると人だけが渡れる小さな「流れ橋」がありますから、その橋を渡れば対岸がすぐにお店です。
 1983年当時はこの河原に車を乗り入れることができたそうで、そこへ車を止め、流れ橋を渡ってお店へ行かれたそうですが、いまは車の乗り入れは不可となっています。現在、車で行かれる場合は、岩根橋の方から迂回して行きますと、お店の手前に専用駐車場があります。
 ちなみに流れ橋というのは、橋げたが橋脚に固定されていない橋です。大雨や台風で川が増水すると橋げたは流されますが、水が減ったら、チェーンでつながれた橋げたを回収して、また橋脚に乗せます。こうして流木などがぶつかって橋が壊れるのを防いでいるのです。

◎サインは間に合わず、残念!

 お店に入ったぼくらは、手塚先生が座られたという清流の見下ろせる窓際の席に座り、手塚先生が食べた「天せいろそば」を注文しました。国産のそば粉を使った手打ちのニ八そば(つなぎ粉2:そば粉8)は細めんでノド越しが良く、飲み込むときにそば粉の香りがスーッと鼻へ抜ける最高の味わいでした。このノド越しを味わうためにも冷たいおそばがおすすめだそうです。
 食後、先生は「そばまんじゅう」を召し上がられたそうですが、今回は、こちらのお店のもうひとつの名物である「みたらし団子」をいただきました。これはそば掻き(そば粉を熱湯でこねて餅状にしたもの)をお団子にして焼いたもので、お団子のそばの風味と甘辛いタレが絶妙に調和した絶品のデザートでした。
 美味しいおそばとスイーツを堪能した後、ご主人の大河原秀夫さん(65)に、手塚先生が来られた日の思い出をうかがいました。
「実は思い出といっても何もないんですよ。突然お見えになって、お忙しく帰られてしまいましたから(笑)。
 色紙があったらサインをしてくださるというので、お店の若い子に大急ぎで買いに行かせたんですが、それも間に合いませんでした。けれども、うちの自慢のおそばは、ゆっくりと味わっていただけたのではないかと思います」

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手塚先生も食べた「天せいろそば」1,350円

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そばの香りが生きた「みたらし団子」300円。手塚先生が食べた「そばまんじゅう」400円もおすすめ!

◎アトム像誕生の本当の理由(ルビ=わけ)とは!?

 お店を出た野口さんは、アトム像にまつわるもうひとつの場所を案内してくださると言います。
 そして着いたのは、ログハウスのようなおしゃれな外観の「飯能市立こども図書館」でした。
「実は、飯能にアトム像を作ることになったルーツがこの場所にあるんです」と野口さん。

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現在はこども図書館が建つこの場所が、もしかしたら手塚先生のお家と仕事場になっていたかも!?


 お話はアトム像建立の3年前にさかのぼります。
「1980年ごろのことですが、ある日、手塚先生から電話がありまして、家を建てたいので土地を探していると言うんです。希望は300坪くらいで自宅と仕事場を兼ねた建物が建てられる場所ということでした。「飯能にそういう土地はないですかねえ」とおっしゃるので、さっそく探してみますと答えました。
 ぼくは、もしも手塚先生が飯能に住まわれたら、飯能をマンガの町にしよう、アトムの銅像を立てよう、と、夢がどんどんとふくらみました。そして1ヵ月後、ようやく見つけたのが、当時は旅館の駐車場だったこの場所だったんです。
 それでぼくは現場写真を持って手塚プロに先生を訪ねたんですが、手塚先生は「野口さん申し訳ない、実はもう決めてしまったんです」とおっしゃるんです。手塚先生は自宅と仕事場を1ヶ所にしたかったそうなんですが、最終的にはご家族やスタッフの意見を総合した結果、ご自宅は東久留米に、仕事場は新座に決められてしまったんです。
 もう大変残念でなりませんでしたけど、こっちはすでに気持ちが盛り上がちゃってますから、だったらアトム像だけでも作ろうよと(笑)。それで思い切って青年会議所に提案をしたんです」


 ぼくは、木々に囲まれたこども図書館の建物を見上げながら「もしも......」と想像してみました。歴史に「もしも」は禁物ですが、もしも手塚先生がこの豊かな自然の中に住んで仕事をされていたら......都会で仕事をするのとはまた違った作品が生まれていたかも!? 皆さんは、この場所を訪れたらどんな感想を持たれるでしょうか。

◎切符で描かれたアトム像

 ここで、貴重なお話をたくさんしてくださった野口さんとお別れし、いったん飯能駅へ戻ったぼくは、南口からまたバスに乗って駿河台大学へと向かいました。情報によると、ここに「もうひとつの鉄腕アトム像」があるらしいのです。

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飯能駅南口には、世界一大きなロッキング木馬としてギネス認定された「夢馬(むーま)」が置かれている

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飯能駅から出ているスクールバスで駿河台大学へ


 それを紹介してくださるのは、駿河台大学現代文化学部准教授の天野宏司先生(39)です。
 先生が見せてくれたのは、縦1.8メートル、横1.4メートルの巨大なパネルでした。そこにアトム、ウラン、お茶の水博士の絵が描かれています。よく見ると小さな点が集まってできているドット絵のようですが......。
「実はこれは絵ではなくて、切符deアートと言うんです。使用済み切符約5万5000枚を貼り合わせて作られているんですよ」と天野先生。
 確かに近くへ寄って見ると切符を表裏にしながら1枚1枚重ねあわせたものです。オモテのピンク色の部分と、ウラの磁気の黒い部分で絵柄を構成し、黒とピンクの密度で絵柄の濃淡もしっかり表現されています。

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約5万5000枚の使用済み切符で作られたアトム像「切符deアート」

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大きさが分かるように天野先生に横に立っていただいた。これは大きいです!

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切符はカットしたりせず、重ね合わせることで絵柄を表現している

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観光地理学がご専門の天野宏司先生


 天野先生に、この作品製作の経緯をお聞きしました。
「これは日本動画協会と西武鉄道が主催する、アニメを通じた社会貢献活動『アニメのふるさとプロジェクト』の一環として、リサイクル=エコ(ECO)を体験してもらう目的で、2008年10月、地元の小学生たちによって製作されたものなんです。原画は手塚プロで製作してもらい、私と大学の学生たち、並びに『アニメのふるさとプロジェクトメンバー』が、小学生に製作の指導をいたしました」
 完成した作品は、10月25日に飯能河原で開催されたイベントで初めて公開されました。その後は飯能駅や市役所に展示されましたが、現在はこうして天野先生が預かり大学構内に展示されています。
 ということで、残念ながらいまは一般の方は見られない状態なのですが、作品を管理する西武鉄道の担当者に、今後の展示予定について、電話でお聞きしました。
「今のところ具体的な公開予定はないのですが、今後も地域のイベントなどで、市民の皆様に見ていただける機会を積極的に設けたいと思っていますのでぜひご期待ください」とのことでした。飯能市のイベントは要チェックです!

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おまけ。野口さんに教えていただいた飯能の地名が出てくる唯一の手塚作品がこれ。『三つ目がとおる』第100話「メダルの謎」(『週刊少年マガジン』1978年第7号掲載)

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このエピソードは講談社版手塚治虫全集には未収録だが、コンビニ版『三つ目がとおる』最終巻「スマッシュでさよなら」(講談社刊)に収録されている


 ということで、あの除幕式の日から26年ぶりに訪れた飯能は、ぼくを暖かく迎えてくれたのでした。それでは、ぜひまた次回の散歩でお会いいたしましょう!!

協力(順不同)/野口種苗研究所、檪庵、西武鉄道株式会社、駿河台大学、飯能市
(今回の虫さんぽ、3時間45分、1637歩)

(初出:2009/09/02)


黒沢哲哉

1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。

手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


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