写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
手塚治虫と手塚マンガゆかりの地をめぐる虫さんぽ+(プラス)の旅、今回向訪ねるのは神奈川県の西部だ! 緑豊かで広大な公園、湯治客でにぎわう温泉街の観光地、さらにその奥の森の中に、ひっそりとたたずむ手塚作品の生まれ故郷とは......!? 今回もさっそく出発だ~~~~っ!!
ある日、我が家のポストに差出人不明の封筒が届いた。開封してみると、中には「招待状」と書かれた1枚の古びた紙と便箋が1枚。便箋にはペンで「江の島の西」と書かれていた。
これはもちろん我々を虫さんぽ+(プラス)の旅にいざなう招待状に違いない!!
蒸し暑い初夏のある日、我々は「GO WEST!!(西へ行け)」と叫んで神奈川県の西部へと向かった。
余談だけど「GO WEST!!」という言葉について説明しておくと、19世紀の半ば、アメリカのカリフォルニアで新たな金の鉱脈が見つかった。そこで一攫千金を夢見た人々が続々とカリフォルニアを目指した。そのときの山師たちの合言葉が「GO WEST!!」だったのだ。
我々が最初に向かったのは、神奈川県藤沢市の辻堂だ。
手紙に書かれていた「江の島の西」という言葉と、招待状でアトムのシルエットが指さしている「辻」という文字から辻堂に違いないと当たりをつけたのだ。
東京からJR東海道本線に乗っておよそ1時間。辻堂駅に降り立った我々は、さっそく駅周辺で聞き込みを開始した。
すると、ある人から「ああ、それなら鉄腕アトムかな? アトムに関係する"あるもの"が"ある公園"にあると聞いたことがありますよ」という返事が返ってきた。
それだ、それに違いない!
「その"ある公園"というのはどこですか!?」
だがその人は、
「ごめんなさい、それは言えないルールなんです」
そう言って口ごもってしまい、さらに聞こうとすると、その人は逃げるように立ち去ってしまった。
もしかしてそこを訪ねると危険なことでもあるというのだろうか。
我々はやむなく地図とにらめっこをしながら、その"ある公園"を自力で探すことにした。たとえどんな危険が待ち受けていても、目的地へたどり着くのが虫さんぽ+(プラス)隊の使命なのだ。そして目に止まったのが「辻堂海浜公園」という大きな公園だった。ジャンボプールや交通公園、芝生広場などがあるようだ。さっそく我々はそこへ向かってみることにした!
辻堂駅から徒歩20分、目指す辻堂海浜公園に到着した。公園の中は本当に広大で、近所に住んでいたら毎日散歩したくなるような気持ちの良い場所だった。
しかし季節は初夏。幸い曇天ではあったけど、それでも蒸し暑さで歩いているだけで汗が吹き出てくる。
ジャンボプール周辺、海の広場、芝生広場と巡ってきたものの、何の手がかりもなく、疲れ果てた我々は、交通公園のあたりで休憩することにした。
交通公園内には子どもがレンタサイクルで走れるコースが設けられている。コースには普通の道路と同じように踏切や横断歩道、信号機などもあって、交通ルールが学べるようになっているのだ。
交通公園に向かうと、目の前にその信号機が見えてきた。平日の午前中だったので、コースを自転車で走っている子どもはいなかったけど、良識ある大人のお手本を見せるべく、我々も歩行者用信号機のボタンを押して、信号が青になるのを待ってから横断歩道を渡ることにした。
その時だ、ひとりの隊員がある方向を指さして「あっ!」と叫んだ。そしてその隊員の指さす方向を見てみると......何とそこに「鉄腕アトム」がいたのだった。
アトムがいたのは、今まさに我々が渡ろうとしている横断歩道の歩行者用信号機の中である。ふつうなら人間のシルエットで描かれている「すすめ」と「とまれ」の表示が、アトムのシルエットになっていたのだ。
招待状が我々を連れてきたかったのは、まさにこの場所だったのだ。
ここにアトム信号機が設置されたのは2014年11月11日のことだ。神奈川県の10市2町(※)が進める「さがみロボット産業特区」を広めるために、特区イメージキャラクターの鉄腕アトムのキャラクターを使った信号機がこの場所に設置されたのである。
※さがみロボット産業特区の対象地域=相模原市、平塚市、藤沢市、茅ヶ崎市、厚木市、大和市、伊勢原市、海老名市、座間市、綾瀬市、寒川町、愛川町
設置当初、この信号機の場所は"非公開"とされていた。いくつかのヒントだけが示されていて「ぜひ、皆さんで探してみてください」という趣向だったのだ。
当時のヒントというのがこちら。
<信号機の場所のヒント>
・特区内の市町のうち、名前がひらがなで4文字のところです
(○○○○市、○○○○町)。
・夏は大渋滞で有名な道路がすぐ近くにあります。
・大きなプールや空中散歩が楽しめる施設が近くにあります。
・「スペシャルイベント"アトムを探せ!"」が実施されるところです。
・特区スペシャルムービーの空撮スタート地点の南2kmのところです。
そうか、それで辻堂駅近くで会ったあの人は「場所は言えない」と言っていたのか!
ちなみにこのアトム信号機が設置された当時、テレビや新聞などの各メディアでも報道されて「アトム信号機を探そう」キャンペーンは大いに盛り上がった。
ところがこのとき、ある新聞だけがアトム信号機のある公園の名前を見出しにまでバッチリと書いてしまい、ネット民からは「あちゃ~、やっちまったな」「空気の読めない新聞だ」などと責められたのだった。
だが、それから早8年。招待状の謎の差出人も、恐らく「もう場所を教えてもいよ」という思いから今回ここへ我々をいざなってくれたのだろう。そしてあのとき場所をバラして批判された"ある新聞"も、きっとこれで許されたに違いない(笑)。
ちなみに今回のさんぽには広角レンズを付けたカメラと望遠レンズを付けたカメラを2台持参して、アトム信号機のアップを望遠レンズ付きのカメラで撮影した。
ところがそのカメラの画質設定が、なぜか「水彩画調」とかいう謎設定になっていて、アップの写真が、輪郭がにじんだような画像になってしまっていた。
これはもしかしたら「信号機の細部をもっとはっきり見たい人は現地へ行って見てください」という謎の案内人からのメッセージなのかもしれない。
ということで1つ目のキーワード"辻"の謎が溶けた。"辻"は「辻堂海浜公園」の"辻"だったのだ!
では次に解くべき謎はどのキーワードか。
あらためて招待状を見ると、"辻"の字だけが右上にずれているのが気になる。
そして"辻"の左下に"湯"の文字。
辻堂の左下にある"湯"とは......。
そうか! もしかしたら!!
我々は急いで辻堂駅へ戻り、下り列車に飛び乗った。
ぼくの推理が当たっていれば、次のキーワードの示す場所はここから南西に向かった場所にあるはずなのだが、果たしてぼくの推理は正しいのか!? この続きはまた次回!!
協力/さがみロボット産業特区
今月の虫さんぽキャラクター:「虹のプレリュード」 フレデリック・ショパン
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
つのがい
静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。
絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。
web:https://www.tsunogai.net/
twitter:http://twitter.com/sunxoxome/
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