写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
手塚先生の「終の棲家」となった街・東久留米市をめぐるさんぽもいよいよ今月が最終回。駅前に新しくできたブラック・ジャック像もチェックした虫さんぽ隊は、いよいよ、手塚先生がなぜこの街を選んだのかが分かる「真相」に迫ります!!
謎の招待状に導かれ、手塚治虫先生が晩年を過ごした町、東久留米市内を東へ西へと縦横に歩き回った今回の虫さんぽ+(プラス)。前回はついに2つ目のキーワードの謎を解き、いよいよ残るキーワードは1つとなった! 残るキーワードは"宝"。この言葉の意味するものは何か!? 果たして次はどこへ向かうのだろうか!!
ということで、東久留米駅前のブラック・ジャック像を後にしたぼくは、商業ビルやたくさんのお店でにぎわう市街地を離れて静かな住宅街の方へ歩き出した。かつて手塚先生が暮らした町の空気を、ひさびさに肌で感じてみたかったからだ。
じつは私事ではあるが、手塚先生がこの町へ引っ越してきた1980年代前半当時、大学生だったぼくは8ミリフィルムで自主製作映画を撮っており、その縁で同じく8ミリ映画を撮っていた手塚先生の長男の手塚眞氏とも知り合いになっていた。
そのため手塚家がここへ引っ越したときも、引っ越し荷物の整理がついていないころから、多くの自主映画仲間とともにひんぱんに出入りをさせていただいていたのだ。
当時は手塚先生のご両親も健在で、ぼくらがあつかましく家へ上がり込んでも家族総出で歓迎してくれた。ときには手塚先生本人が在宅しているときもあった。いや、ご本人の家だからいらっしゃっても不思議はないのだが、眞氏と知り合う前から手塚マンガのファンだったぼくにとってはまるで異世界へ来てしまったような感覚を覚えた。
しかも手塚先生が在宅のときはわりとひんぱんにあった。今にして思うと、手塚先生はあの超多忙な中でも時間を作って帰宅され、家での時間をとても大切にされていたのだなと、あらためて感じるのだ。
大通りを外れて住宅街へ入ると急に静かになる。ぼくが手塚邸に足繁く通っていたころとくらべると、畑や雑木林だったところにマンションや家が建っていたりして風景はそれなりに変わってはいるが、それでも緑の多い静かな住宅街の雰囲気はあのころのままだった。
そこでぼくは先日、ブラック・ジャック像の話を聞くためにお会いしたときに眞氏が言っていたこんな言葉を思い出した。
手塚「東久留米の家は、うちの父親が全体のイメージを考えて建てた家なんです。
自分でデザインしたということでは、前に住んでいた虫プロのころの富士見台の家も同じですが、時代を経て父親の志向も変わったことを感じました。
というのは、富士見台の家というのはすごくモダンなんですよ。未来志向でシャープでいい意味で硬質な感じがするんです。
そんな先鋭的な家が住宅地にいきなり現われてあの当時はすごく目立っていました。真っ白な家で、いかにも明るい未来を象徴する感じだったのだと思います。
ところが東久留米の家はどちらかというと原点に帰ったと言いますか、宝塚っぽいんですね。クラシカルなイメージもある洋館という感じで。最初に見たときに、ぼくは「ああ、これは宝塚だな」と思ったんです。
周りに緑があって坂道があって川があって、あの家がそのまま宝塚に建っていてもおかしくないような雰囲気を感じたんです」
眞氏のこの話を聞いてぼくはハッとした。手塚先生は幼少期からマンガ家として上京する昭和20年代まで、兵庫県宝塚市の高台にある実家で暮らしていた。その実家跡地周辺は旧「虫さんぽ」でも訪ねているが、東久留米の家との共通点は今回眞氏に言われて初めて気がついた。確かに東久留米の住宅街には宝塚とよく似た雰囲気がある!
虫さんぽ 第38回:宝塚さんぽ(後編) 手塚治虫先生の実弟・浩さんと昆虫採集の森を歩く!!
東久留米の家について、眞氏のお話を続けてうかがおう。
手塚「これは前にも話したことがありますが、西武線沿線というのは(宝塚を走る)阪急線の沿線と雰囲気が似ているんですね。それもそのはずで西武がこの沿線を開発するときに、阪急グループの創業者である小林一三さんの理念を参考にしたというんです。池袋から私鉄を伸ばして新興の住宅地を作り、そこに遊園地を置いて、というのを阪急をモデルとして行っていったらしいんです。
そうすると虫プロ時代の家があった富士見台あたりというのは阪急線でいうと(手塚治虫生誕の地である)豊中市に近い印象ですね。東久留米はそこからさらに十数分電車に乗るわけです。そうすると阪急でいえば宝塚くらいとなる。
さらに坂道っていうんですか、宝塚の家も東久留米の家も坂のところに建っているわけです。そういう土地を選んでそこにあえて宝塚的な家を建てたっていうのは、多分そこが父親にとって落ち着く場所、本当の意味での家だったんだろうなと思っています。
それを本人がどこまで意識していたかは分かりませんが、晩年になって自分が生まれ育った土地のイメージに近づいていた。そこが最も居心地の良い憩いの場所だったのかな、と思います」
こうして眞氏のおかげでついに3つ目のキーワードの謎も解けた。"宝"の文字は手塚先生の故郷、宝塚の"宝"だったのだ。
手塚先生がここに暮らした1980年代と、戦争中にもかかわらず昆虫採集とマンガ描きに明け暮れた少年時代の宝塚の家──。
そんなさまざまな時代の手塚先生の面影を追いながら、ぼくはもう少し東久留米の町を歩いてみることにした。
黒目川の流れをながめながら、それを宝塚の武庫川の風景と重ねてみた。坂の町特有の雰囲気も確かに宝塚とよく似ている。
そして足の向くまま気の向くままに歩いていくと、やがて東西にのびるまっすぐな水路に行き当たった。野火止用水だ。江戸時代に玉川上水から分水した用水路で、新座市を抜けて志木市の新河岸川まで続いているという。
この水路に沿って東へ向かうとその先に手塚プロのスタジオがある。あの謎の招待状に記されていたとおりだ。
ここ東久留米に住んでいたころ、手塚先生は天気の良い日に何度か自分で自転車をこいで新座のスタジオまで通ったことがあるという。そこでぼくもしばしこの水路に沿って歩き、手塚先生との心の中でのツーリングを楽しんだ。
さて毎度毎度どこへ行かされるのか分からない虫さんぽ+(プラス)の旅。果たして次の招待状は我々をどこへ案内してくれるのだろうか!? 次回の虫さんぽ+(プラス)にも、ぜひお付き合いください!!
協力/有限会社ネオンテトラ
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
つのがい
静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。
絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。
web:https://www.tsunogai.net/
twitter:http://twitter.com/sunxoxome/
現在、南国旅行をテーマにした個展『ESCAPE to the island』開催中!詳細は以下のURLにて。
https://acgateway.com/ex_tg/
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虫さんぽ+(プラス)
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・大阪編 第3話:大阪・十三で戦争の悲惨さを残す文化遺産を訪ねる!
・奈良編 第2話:写楽くんの足跡をたどりつつ古代史ミステリーを探る!!
・奈良編 第3話:その時が来なければたどり着けない!? 伝説の神社!!
・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?
・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?
・洞窟探検編 第3話:手塚治虫、大洞窟の中を命がけの逃亡!!
・北海道・道南-道東横断編 第1話:標高550メートルの山頂でヒグマに囲まれる!?
・北海道・道南-道東横断編 第2話:北海道東端の駅で子グマとSLの物語に思いを馳せる!!
・北海道・道南-道東横断編 第3話:財宝が隠されている神秘の湖はココだった!!
・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第1話:早稲田で乗せた老女は幽霊だったのか!?
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・マイ・ベストさんぽ【東京編】第1話:四ツ谷の下宿はどこにある!?
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・東京・御茶ノ水、神田編 第1話:神田明神でお茶の水博士とともに疫病退散を祈る!!
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・再録・虫さんぽ 第1回:豊島区南長崎 元トキワ荘周辺・その1
・再録・虫さんぽ 第2回:豊島区南長崎 元トキワ荘周辺・その2
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