写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい
前回、去年7月にオープンした「トキワ荘マンガミュージアム」をじっくり見学した虫さんぽ隊。マンガ家の先生方が暮らしていたころそのままと見まごうような展示に感動したのもつかの間、待ち受けていた謎の男性の正体は――?
(※今回の虫さんぽ+は緊急事態宣言前に訪ねたものです)
我々手塚ファンを手塚治虫と手塚マンガゆかりの地へと誘う謎の招待状──。今回の招待状の1つ目のキーワード"荘"が示していたものは、2020年7月に開館したトキワ荘マンガミュージアムだった。
そのトキワ荘マンガミュージアムの見学を終え、案内人の「としま未来文化財団」北山奏子さんと一緒に建物を出てきたところに現れた謎の男性──。次の虫さんぽ+(プラス)の案内人、小出幹雄さんだった!
小出さんは地元商店街の会長として働くかたわら「トキワ荘協働プロジェクト協議会」の広報担当としてトキワ荘関連の研究、資料収集、宣伝広報など幅広く活動されている方なのだ。ぼくも2009年に旧「虫さんぽ」で初めてこの町を訪ねて以来、毎回お世話になっている。
ここで案内人が北山さんから小出さんにバトンタッチして次のさんぽが始まった。
小出さんに連れられて最初に向かったのは、南長崎通り(通称:トキワ荘通り)沿いにある「トキワ荘通りお休み処」と「トキワ荘マンガステーション」である。
トキワ荘通りお休み処は2013年のオープン当初に旧「虫さんぽ」で訪ねているが、2020年7月、その3軒隣に新しく「トキワ荘マンガステーション」がオープンした。
トキワ荘マンガステーションはトキワ荘関連の本がおよそ6000冊も集められていて、それらの本をすべて手に取って読むことができる施設なのだ。入館料が無料というのもありがたい。
トキワ荘関連の本は以前からトキワ荘通りお休み処にも並べられていたが、トキワ荘マンガステーションはそれを何十倍にも拡大した本気の施設なのである。
棚を見ると手塚治虫の本もいっぱい並んでいる。講談社の手塚治虫漫画全集と文庫全集がほぼ全巻揃っているほか、貴重な復刻本などもあったので、同じ作品をさまざまなバージョンで読みくらべることも可能だ。(※本は時期により入れ替わる可能性あり)
その後も小出さんの案内でトキワ荘通り界隈の見所を巡り、最後に立ち寄ったのが、トキワ荘マンガミュージアムのある南長崎花咲公園のすぐ横にある「ふるいち トキワ荘通り店」というカフェ&ショップだ。
「ふるいち トキワ荘通り店」の店内は1歩入ると、狭い店内がトキワ荘関連のグッズと本でぎっしりと埋め尽くされていた。トキワ荘グッズの中には小出さんが企画したこの店オリジナルのものもあるのでぜひチェックしていただきたい。本は新刊本のほかに古書も扱っているので、行ったタイミングによっては掘り出し物に巡り会えるかも。
さて、こうしてトキワ荘通り周辺を一通り歩き終えたのだが、招待状のキーワードの謎がまだ解けていない。
ぼくは「ふるいち トキワ荘通り店」のカフェコーナー「エデン」の人気メニュー「しょうが入りカルピスお湯割り」を飲みながら今回の招待状をジッと見ていた。
するとその招待状を見た小出さんがこんなことをつぶやいた。
「"落"の字が下の方へずれて書かれていますね。それからこのスペードのQというのはトランプでしょうか......ブラック・クイーン......?」
そうか! この言葉ですべての謎が解けた。
「小出さんありがとうございます! 今回もいろいろとお世話になりました!!」
ぼくは小出さんにお礼をのべると、ひとりで南東の方向へ歩き出した。目的地はここから直線距離で1.5kmほどの距離にある西武新宿線の下落合駅である。
ぼくの推理が正しければ、そこが2つ目のキーワードの場所に違いないはずだ。
およそ20分ほど歩いて下落合駅へ到着した。手塚治虫の代表作『ブラック・ジャック』のあるエピソードにここ下落合駅が出てくる物語があるのだ。それは『週刊少年チャンピオン』1978年1月16日号に掲載された第198話「終電車」である。
ある夜、西武新宿駅発の上石神井行き最終電車に乗ったブラック・ジャック。彼はそのガランとした車内で、偶然懐かしい女性と再会する。女性の名は鈴木このみ(旧姓:桑田)。彼女は外科医であり、冷酷なメスさばきから「ブラック・クイーン」とあだ名されていた。
ブラック・ジャックはかつて彼女の恋人が事故で重傷を負ったとき、その恋人を手術で救ったことがあった。その後彼女はその恋人と結婚したというのだが、現在の様子を見ると、心から幸福を感じているようには見えなかった。
それが気になったブラック・ジャックは彼女とともに下落合駅で途中下車し、一緒に彼女の勤務する病院へと向かうのだ。
東京近郊の駅は、改装や建て替えで昔の面影がなくなってしまったところが多いが、ここ下落合駅はホームも駅前の様子も『ブラック・ジャック』に描かれたころとほとんど変わっていない。
下落合駅周辺には昭和の面影を感じさせる住宅街や商店街が広がっていて、駅の北側には大きな病院もある。手塚先生はこうした立地からここを作品の舞台として選んだのだろう。
ということで2つ目のキーワード、やや下にずれて描かれた"落"が示していた場所は、ここ下落合駅だったのである。
こうして招待状のキーワードは残りあと1つとなった。この"熊"が示すものはいったい何なのか......。ぼくは駅前に立って行き交う電車を眺めながら、しばらくそのことを考えていた。するとぼくの頭にふとあるイメージが浮かんだ。
「......そうだ......もしかしたら"熊"というのはあの"熊"かも知れない......!!」
ぼくは自分のひらめきを信じ、急いで下落合駅の改札を通り上り線ホームへと向かった。線路をはさんで反対側に、かつてブラック・ジャックと鈴木このみが降りた下り線のホームがある。終電車が走り去った後のホームを2人が歩く風景を頭に思い描いていると、間もなく西武新宿行きの電車がやってきた。
果たしてこれから向かう場所が3つ目のキーワード"熊"が示す場所なのか。それとも......。そんなぼくの思いを乗せて、電車はゆっくりと走り出した。
協力/豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、小出幹雄、ふるいちトキワ荘通り店
黒沢哲哉
1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番
つのがい
静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。
絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。
web:https://www.tsunogai.net/
twitter:http://twitter.com/sunxoxome/
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虫さんぽ+(プラス)
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・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?
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・東京・御茶ノ水、神田編 第1話:神田明神でお茶の水博士とともに疫病退散を祈る!!
・東京・御茶ノ水、神田編 第2話:明大通りの坂道でアトムマンホールに出会った!!
・再録・虫さんぽ 第1回:豊島区南長崎 元トキワ荘周辺・その1
・再録・虫さんぽ 第2回:豊島区南長崎 元トキワ荘周辺・その2
・虫さんぽ+(プラス)東京・椎名町、下落合、早稲田編 第1話:失われたはずのあの建物が目の前に......!?
・再録・虫さんぽ 第5回:江戸東京博物館『手塚治虫展』と両国・浅草界隈