虫ん坊

コラム「手塚を知りたい放送作家」第39話:七色いんこになれるかな?

2022/06/27

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第39話:七色いんこになれるかな?




手塚先生の作品の中で演劇をテーマにしているのが『七色いんこ』。

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主人公は代役専門の素人役者、七色いんこ。しかしその実力は天才的でどんな役でも完璧に演じ切ってしまう伝説の人物です。そして"劇中に盗みを働く泥棒"、という設定が物語の幅を大きく広げています。

いんこを追う女刑事・千里万里子との関係もさることながら、回を重ねるごとにクールな七色いんこのお茶目な一面が見えてくるのも面白いですね!


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『七色いんこ』では実在する演劇作品が多数扱われていて、手塚先生の演劇に対する愛やリスペクトが至るところに感じられます。


そんな『七色いんこ』を楽しく読ませてもらったんですが、作品を読み終わった時、ある一つの気持ちが芽生えました。


演技...ってなんだろう...?」


俳優さんや監督さんほどではないですが、僕も放送作家という職業柄、全く関係がない分野ではありません。脚本を書かせてもらうこともあるし、芸人さんのスクールでは演技について意見を言わせてもらったこともあります。


でもそこまで深く、"演技"というものを考えたことがありませんでした。


そもそも演技の経験もゼロ。今後作家業をやっていくにあたり、「このままでいいのか...?」という気持ちが沸々と湧いてきました。


それに、演技をもっと知れば、老若男女を完璧に演じきる七色いんこの凄さを身をもって感じられるかもしれません!

そんな訳で今回のコラムでは"演技"というものを体験してみたいと思います!

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流石にいきなり舞台に立てるはずもないので、演技のワークショップを探してみることに。ネットで調べてみると東京の各地で膨大な数のワークショップが開かれていました。世の中にはこんなに演技を習いたい人がいるのかと、正直驚きました。

教室によってレベルも様々ですが、どうせなら!と、現役の演出家が開催しているゴリゴリのワークショップを受講することに!


早速申し込みをし、そして訪れたワークショップ当日...。やってきたのは公民館的な場所の一室。


人数は15人程度。みんな慣れた手つきで椅子を並べていきます。実はこのワークショップのメンバー、継続的に何度も受けている方が多く、今回が初めてというのは僕を含めてたったの数名でした。

まずは軽く自己紹介。

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初めての体験ということもあり、めちゃくちゃ緊張...。でもその反面、未知のことに挑戦出来る高揚感もありました。とても新鮮で目の前がまさにいます。

しかし、ここで衝撃の事実が発覚します。周りを見渡してみると、明らかにみんな20代。40を過ぎたおじさんは間違いなく僕一人

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完全に浮いています...。

というか、演出家の先生...、自分と同い年くらいかも...。

急に不安な気持ちに駆られる中、他のメンバーを見ると超大人しそうな青年を発見!この人も初めての参加なのか、どこか不安そうな表情。

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なんだか仲間が出来た気がして、少しホッとしました。

そしてついにワークショップがスタート。まずは発声の練習から。

先生「じゃあまずは腹式呼吸で喉を震わせましょう。喉が震えるようにお腹から声を出して〜。はい!喉を触って震えを感じて〜」

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「あ〜〜〜」と唸りながら、喉が一番震える発生を行います。

先生「じゃあ次はを震わせま〜す」


...鼻?

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先生「じゃあ次は頭のてっぺんを震わせま〜す」

...てっぺん?

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正直な所、最初はとんちか何かかと思いました。ひょっとして何かを試されているのかと...。周りを見ると至って真面目。どうやらふざけている様子ではないみたいです。


「そんなとこ、震えるワケないじゃん」と思いつつ、半信半疑のまま、声を出し続けます。


自分なりに声の出し方を探っていると、確かに震えるポイントがあることに気付きました。


声って身体の中で反響しているんですね。喉や鼻、頭を意識することで声の出し方も変わってくるみたい。なるほど、こういう感覚か...。発声や呼吸を意識したこともなかったので、勉強になるな〜。


発声も終わり、続いてはいよいよ演技のレッスン!

この日は3つの演技を行なっていくとのこと。


まず一つ目の演技。

最初は二人一組になって、何気ない会話を歩きながら行います。

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歩く距離は決まっていて、2mの間に決められた会話を終えるのがルール。

日常でありそうなシチュエーションということもあって、あまり演技を意識せず、普通に話してる感じで行えました。

そして次は同じセリフを同じように歩きながら、さらに指で8の字を描きながら行います。このたった一つの動作が加わるだけで難易度がかなりアップ!指に意識を持って行かれ、2mで会話が収まりません。


演技は言葉だけではなく色んな動作も伴います。このように一つずつタスクを増やして、それに慣れていく練習とのこと。


身振りや手振り、動きが全て合わさって初めて一つの演技。やってみるとめちゃくちゃ難しい!よく俳優さんたちはこんなことが普通に出来ているなぁと感心します。


先生「じゃあ次は1m超えたらすごくおしっこに行きたくなりま〜す」


急に催眠術みたいなこと言い出した!

おしっこ!? おしっこに行きたい演技!?


前半の1mで頭をフル回転し、おしっこにまつわる記憶を蘇らせます。

そして捻り出した演技が...

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股間を抑える!

これが果たして正解かどうかは分かりません。

やった後に自分でも「なんか漫画みたいだな...」と思いました。


あくまでタスクを増やすことが目的なので、この演技が良いか悪いかは問題ではないそうです。


咄嗟に出した演技とはいえ、たくさんの若者の前で股間を抑えて、僕は一体何をやっているんだろう...。一瞬そんな気持ちにはなりましたが、とにかく全力でぶつかっていきます。


そして続いての演技へ。

次は同様に二人一組になって行う「怒り」の演技です。


同居人が大切なものを破壊し、それを問い詰めるというシーン。冷ややかなやりとりから最終的に「出ていけ!」と、言い合うお芝居です。徐々に怒りのボルテージを上げていくのもポイント。


さっきの会話とは違い、はっきりとした感情というものが乗っかるお芝居、少し不安に感じながらも自分の番がやってきました。


ちぼり「これ、壊れてたんだけど」

相手 「は? いや知らないし」

ちぼり「お前が壊したんだろ?」

相手 「そんな訳ないじゃん!なに言ってんの?」


大事な物を壊され沸々と湧いてくる怒りの感情。

そして、溜まった怒りを一気に爆発させます!

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周りからクスクスと笑い声が聞こえてきました。

どうやら僕はかなりの大根役者、それも極太のようです。

先生「藤原さんはあれだね〜、きっと人が良いんだね。演技って本人の性格が滲み出るんですよ。藤原さんにとってはそんなに怒ることじゃなかったのかもしれないですね」


先生がものすごく気を遣って優しくフォローしてくれました。


先生「○○さん。藤原さんの演技どうでしたか?」

生徒「なんかアンガールズのコント見てるみたいでした」


どういう評価!? いいの!? 悪いの!?

それはアンガールズさんにも失礼だからね!なんて言えるはずもなく...。


自分なりに怒りを表現したつもりだったけど、周りの目には怒っていると映っていなかったみたい。元来そんな怒りっぽい性格でもないので、自分の引き出しにないものを演じる時、その難しさが半端ないことに気付きました...。


感情一つでこれなんだから、刑事とか犯人とか、自分が体験したことないものを上手に演じられる人が不思議でなりません。若者からおじいさんまで、見た目も含め、完全に演じ切る七色いんこの凄さを痛感した瞬間でもありました。


chibori39_inko02.jpgそして、先ほど勝手に親近感を覚えた青年の番がやってきました。

あぁ同志よ、相当難しいけど負けるなよ。なんて思っていたら...

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いや、うまいんか〜い!!!

すごい大事なものが壊されたことが伝わって来る!勝手に親近感を覚えてたけどレベルが違います。人を見た目で判断していた自分が恥ずかしい...。

そして講座は進み、遂に最後の演技レッスンへ。最後はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』、ロミオのモノローグを演じます。


偶然にも『七色いんこ』の1話目で演じられているのが、シェイクスピアの『ハムレット』。

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まさか幸運にもシェイクスピアの作品を演じことが出来るなんて。それにしても演技未経験でロミオのモノローグ...。一体どんなことになるんでしょうか。

ちなみにセリフはこんな感じ。


「あの窓から溢れる光はなんだろう? 向こうは東、とすればジュリエットは太陽だ! のぼれ、美しい太陽よ! 妬み深い月を消してしまえ。」


〜中略〜


「君は翼をつけた天の使い。人間どもが驚いて後ずさりし、空を仰いで見守るなか、ゆったり流れる雲に乗り、空中をすべり漂う天使そのもの!」


およそ普通に生きていて喋ったことのない言い回し。しかも会話ではないので一人で喋り続けます。今までの演技とは比較にならないほどの難易度だということは素人目にも明らか。


今のところの僕は「おしっこを漏らしそうなアンガールズ田中さん」でしかありません。ここでなんとか挽回したい!



みんなが見事に演じる中、遂に出番がやって来ました。




たしかに、僕は演技をしたことがありません。

そして42歳のおじさんにロミオなんて演じられないかもしれない。




でも、妻を愛し、愛を育み、そして家庭を築きました。この経験がある以上、20代の若者には表すことは出来ない、僕なりの愛の表現が出来るはずです。




再びみんなの中に立ち、目を閉じて気持ちを整えます。心の中で自分に言い聞かせました。





「ここは公民館ではない、舞台だ...!」





七色いんこもこんな風に言っていました。

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そうだ!異次元の別の世界の人間になりすますんだ!


僕の中に眠るロミオを呼び起こします。



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秒で止められました。

演出家の人ってほんとにこんな風に手を叩いて止めるんだ。そんな風に思いました。

先生「それで本当にジュリエットを愛してるのかな? 好きで好きでたまらない人があそこにいる!そう思ってもう一回やってみよう!」

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豪快に噛み散らかしました。

最初はあんなに七色に輝いていた世界が今では鼠色に見えます。

そして気になる先生の評価は...




先生「あれだね〜、藤原さんは優しい人なんだよね〜」




褒めるところがない人に、最後に言うような評価を終始頂く結果となりました。


約3時間に渡るワークショップもこれで終了。短い時間ではありましたが実際に演技というものに触れてみて学ぶことはとても多かったです。


もともと演技を行う人々にリスペクトを持っているつもりでしたが、全然足りませんでした。今だからこそ言えます!本気で尊敬してます!


そして様々な役柄を演じる七色いんこが如何にすごい人物なのかを思い知らされました。


己の演技を追求し、高め続ける七色インコ。作中では素人という言葉も使われていますが、その姿はまさにプロフェッショナル。


ワークショップに参加していた若者の皆さん。最初はキラキラ輝くその眩しさに目が眩んで気付きませんでしたが、演技を見ていくうちにその胸に秘めている熱意に驚かされました。


個人的に言わせてもらうと、ワークショップに参加している皆さんこそ、七色いんこそのものでした!ありがとうございました!



藤原ちぼりchibori10_twicon.gif

1979年生まれ、岡山県出身。放送作家。

『サラリーマンNEO』、『となりのシムラ』、『落語 THE MOVIE』などの人気番組の他、テレビアニメ『貝社員』の脚本も担当。『特捜警察ジャンポリス』、『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』など、漫画を題材にした番組にも携わっている。

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