虫ん坊

コラム「手塚を知りたい放送作家」第23話:ベレー帽をかぶってみた

2020/10/27

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第23話:ベレー帽をかぶってみた

仕事をする上で、自分を相手に覚えてもらうことって大事ですよね。

僕は職業上、色んな人と会う機会が多いんですが、きっと中には僕のことを覚えていない人も結構いると思います。

そういう時、あると便利なのが "トレードマーク"。


やはりパッと見て印象的なものがあれば、その人を覚えるきっかけになりますよね。


手塚治虫先生もみなさんご存知のトレードマークを持っています。

そう、ベレー帽



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そもそも手塚先生がベレー帽をかぶりだしたのは昭和20年。敬愛していた漫画家の横山隆一先生の影響だそう。手塚先生の買ったベレー帽の数は100個以上で、ベレー帽を顔の一部としてどんなVIPの前でもとることはなかったそうです。これぞまさしくトレードマーク!


手塚先生に限ったことではなく、松本零士先生の赤いドクロのキャップ、楳図かずお先生の紅白ボーダーシャツ、漫画家以外でも京極夏彦先生の着物&手袋など、トレードマークを持っている人は結構多い!


しかし、何事にも始まりというものがあります。最初にベレー帽をかぶった時、手塚先生は一体どんな気持ちだったんでしょうか?


さらに手塚先生は自身のエッセイでベレー帽についてこんなことを語っていました。


『ベレーの十徳というのがある。

 ベレーには、ほかの帽子にくらべて十のすぐれた点があることになっている』


そして紹介されていた"徳"が以下の通り。


①「男女ともにかぶれる」

②「前もうしろもない」

③「しわくちゃになっても元に戻る」

④「裏返しても使える」

⑤「ベレーをまわすと、みんながお金を入れてくれる」

⑥「食事の時、脱がなくともすむ」


十徳と言いつつも、エッセイで紹介されているのは六つだけ。

残り四つが気になって調べてみたんですが、見つかりませんでした...。



そこで今回の企画は!

『ベレー帽をかぶって1日過ごしてみた!』



手塚先生もあったであろう、「ベレー帽を初めてかぶった日」を実際に体験!さらにその中で"ベレー十徳"の残りの四つも自分なりに埋めてみたいと思います!


まずはネットで早速ベレー帽を注文。

手塚先生の画像を見ながら出来るだけ似ているものをチョイス。

そして2日後、届きました。



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自分の姿に違和感しかありません。

手塚先生も最初はこんな感じだったのでしょうか。

ちなみに僕は普段帽子を一切かぶりません。なぜなら頭がでかく、劇的に似合わないことを知っているからです。しかし、1時間くらいかぶってみると...。



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あれ...ベレー帽...、意外と似合ってる気がする...。

見慣れない自分の姿に照れつつも、「これはいけるかもしれない...」そんな期待感が出てきました。

そうこうしていると出かけていた家族が帰宅。勢いに乗った僕はベレー帽姿で家族の前に登場。


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嫁、大爆笑。

こんなに笑った彼女を見るのはいつぶりでしょうか。

そんな中、娘は...

娘「なんかパパ、漫画が上手な人みたい」


なんと、教えたわけでもないのにベレー帽=漫画上手というイメージを7歳にして持っていたのです!これまで手塚先生の作品は見せたことはありましたが、特にベレー帽をかぶっている手塚先生を見せた記憶もありません。聞いてみると「アニメで見た気がする」との返答。ベレー帽のイメージが今の子どもたちにも脈々と受け継がれていたことに驚きました。


爆笑していた嫁もしばらくすると、「あんま違和感ないかも」とまさかの発言。生まれてからというもの帽子を避け続けて生きてきた僕には驚きの一言です。

これはもう徳と言わざるをえません。



僕なりのベレー帽十徳

その⑦「帽子が似合わない人でもそこそこ似合う」




こうして家庭内での予行演習を済ませた翌日、いよいよベレー帽チャレンジの本番を迎えました。


まずはリモート会議からのスタート。

画面に映るベレー帽姿の僕を見るなり、番組プロデューサーが「ハロウィンが近いからって、手塚治虫のコスプレですか?」といじってきました。

プロデューサーは僕と同い年。やはりこの世代にベレー帽=手塚治虫というイメージはかなり根付いているんだな〜と実感しました。


そして続いては対面の会議。ついにベレー帽をかぶって外の世界へと出かけます。

ベレー帽をかぶってるのではなく、まだまだかぶられている感じの否めない僕。なんだか周りの目が気になり、ソワソワして落ち着きません。


電車に揺られ、某制作会社の会議室へ到着。どうやら一番乗りのようです。

「なんて言われるだろう...」と期待と不安の入り混じった感情が交錯します。

そして資料を持ったADさんが入ってきました。



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時間にして2〜3秒でしょうか。僕を見た彼は少し間が空いた後、いつものように「おはようございます」と挨拶をしてくれました。そしてその後は一切、ベレー帽には触れてきませんでした。

そこで僕はハッと思ったんです。


もしも...、もしも...年齢が一回りも違う大先輩が急にベレー帽をかぶってきたら、自分ならどうするだろうと...。


「今まで帽子かぶってなかったのに、急にベレー帽!?」

「オシャレに目覚めたのかな...」

「大御所感すごいけど大丈夫かな」

「触れた方がいい...?でもなんて言えばいいんだろう...」


きっと色んな思いが頭の中を駆け巡るに違いありません。

あの2〜3秒の間というのは、そういうことなんだろうなと...。


僕が彼の立場でもきっとスルーしていたと思います。知らないうちに人に心労をかけていたなんて...。これはひょっとしたらイメチェンハラスメントなのかもしれません。


急なイメージチェンジの危うさも学びつつ、次の会議まで少し時間があるので、カフェで宿題をすすめます。


家を出てから3時間ちょい、この頃になるとベレー帽にも慣れ、それどころか「おもしろいものが書けそう」という気持ちが込み上げてきました。


手塚先生を始め、様々な漫画家さんが被ってきたベレー帽。変な話ですが先生たちのパワーを感じる気がします。きっと思い込みなんでしょう。しかし、ベレー帽かぶってくだらないものを書く訳にはいかない。そんな気持ちも相まって、創作へのエネルギーが溢れて出てきます。作家という肩書きを持つ者にとってこれ以上の徳はありません!


僕なりのベレー帽十徳

その⑧「創作意欲が湧いてくる」



こうしてノリノリで宿題を終えた僕は次の会議の場所へ。向かった場所は...


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集英社。言わずと知れた漫画業界の最前線を走る出版社です。

ジャンプなどマンガ関連の番組の構成作家もやっている僕は結構行く機会があります。

そんな場所に漫画のイメージの強いベレー帽をかぶっていけば、なにか新たな発見があるかもしれません。

裏の通用口から屋内には入ると、そこには複数の守衛さんたちの姿。


ちぼり「お疲れ様です」

守衛さん「...! お疲れ様ですっ!」


心なしか、いつもより挨拶の声が大きかった気がします。ベレー帽をかぶり、肩で風を切って歩く僕の姿を見て、ひょっとしたら売れてる漫画家と勘違いしたのかもしれません。


会議室へ向う途中も、すれ違う人たちが妙に僕の顔を見て来ます。


「あれ...これ大丈夫かな...。ガチで漫画家に間違えられて大変なことになんないよね...」そんな一抹の不安を抱えながら会議室に到着。


会議室はまだ前の人たちが使っているみたいなので、会議室前のミーティングスペースで待つことに。すると前方から以前お仕事でお世話になった人が歩いて来ました。



「なんだか分からないけど、ベレー帽姿を見られるのはヤバイ気がする!」



ただのファッションなので本来は何の問題もないはずですが、心のアラートが鳴り止みません。


「うわ〜!どんどん近づいてくる!このままだと気付かれちゃう!」


別にベレー帽を脱いでカバンに入れるだけで問題ないはずなのに、パニックに陥った僕は咄嗟に...



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ベレー帽で顔を隠したのでした。


結構な面積のあるベレー帽は顔を隠すのに最適。

お陰で気付かれることなく、その場をやりすごす事ができました。


僕なりのベレー帽十徳

その⑨「顔を隠せる」



一体何をしていたんだろう...。

完全に我に返った僕は、その後の会議も念のためベレー帽を脱いで参加。

強大なイメージを持つベレー帽は時として自分を脅かす諸刃の剣になるのかもしれません。



そして本日の会議はすべて終了。

ベレー帽をかぶって過ごしてみて、本当に色んな発見がありました。

そういった意味も込めまして、最後は...


僕なりのベレー帽十徳

その⑩「ベレーをかぶると世界が変わる」



ということにしたいと思います。

1日を通して感じたベレーの徳。空いていた残りの四つを足した「ベレー十徳」は以下のようになりました。



ベレー十徳

①「男女ともにかぶれる」

②「前もうしろもない」

③「しわくちゃになっても元に戻る」

④「裏返しても使える」

⑤「ベレーをまわすと、みんながお金を入れてくれる」

⑥「食事の時、脱がなくともすむ」

⑦「帽子が似合わない人でもそこそこ似合う」

⑧「創作意欲が湧いてくる」

⑨「顔を隠せる」

⑩「ベレーをかぶると世界が変わる」



実際にベレー帽をかぶってみると、トレードマークを背負うということは、"いかなる時も自分を曲げない信念を持つ"ということなんだと気付かされました。それを超えてこそ、真のトレードマークになり得るのだと。


そういった意味でも何をトレードマークにするのか、それにどんな想いがあるのか、という点も重要かもしれませんね。僕もいつか手塚先生のような、生涯を共にできる自分のトレードマークに出会えればいいなと思います。





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好きで太ってる訳ではないんだけどね...!




藤原ちぼりchibori10_twicon.gif

1979年生まれ、岡山県出身。放送作家。

『サラリーマンNEO』、『となりのシムラ』、『落語 THE MOVIE』などの人気番組の他、テレビアニメ『貝社員』の脚本も担当。『特捜警察ジャンポリス』、『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』など、漫画を題材にした番組にも携わっている。

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