虫ん坊

コラム「手塚を知りたい放送作家」第15話:手塚先生の缶詰の聖地で缶詰してみた

2020/02/26

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第15話:手塚先生の缶詰の聖地で缶詰してみた




締め切りが近づいた漫画家さん。

そんな時に発動される必殺技...それが"缶詰"です!

旅館などに閉じ込められ、篭って仕事を行うことで超スピードの作業パフォーマンスを実現。今でこそそんなに聞かなくなった缶詰ですが昭和の時代は結構行われていたそうです。


もちろん手塚先生も例外ではなく...、ちょくちょく缶詰をされていたんだとか。

そんな訳で今回は、実際に缶詰を体験してみたいと思います!



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やってきたのは東京都文京区本郷。

多くの文豪が暮らした街として有名ですが、あの石川啄木もこの街の旅館で缶詰をしていたことがあるそうです。かつては100軒以上の旅館があったとされる本郷。しかし現在営業されているのはわずか4館。

手塚治虫先生は2016年に閉館した『朝陽館』という本郷の旅館で実際に缶詰をしていたとのこと。

残念ながら『朝陽館』で泊まることは叶いませんが、本郷という由緒ある缶詰の聖地でプチ缶詰をしてみます。

ちなみに放送作家は提出する企画や台本など、持ち帰って行う作業のことを

"宿題"と呼びます。まさか大人になってまでこんなに宿題を出し続けるとは思ってませんでした。幸いそんな宿題もたっぷりあるので缶詰するにはもってこいの状況です。

お世話になる旅館は『鳳明館』さん。

実は本郷で営業をしている旅館の4館中、3館はこの『鳳明館』さんなんです。

早速雰囲気バリバリの看板がお出迎え。




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今回僕がお邪魔したのは3館の内の1つである、鳳明館本館。

3館の中でもっとも歴史が古く、明治時代に建てられたそうです。

登録有形文化財にも指定されているんだとか。そんな貴重なところに泊まれるなんてワクワクします。



中に入ると古き良き旅館の風景が広がっていました。

聞くところによるとドラマや映画などの撮影場所としても貸し出すことがあるそうです。たしかに納得の世界観。

せっかくなので写真でもどうぞ。





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日本のお客さんに混じって海外のお客さんが結構いました。

きっと日本の歴史を肌で感じるためにこの旅館を選んでるんでしょうね。

みなさん日本好きのオーラが出てました。

早速チェックインを済ませ部屋に入ります。





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6畳半の部屋。到着したのが20時だったのですでに布団が敷いてありました。

部屋に備え付けてある電話はなんとダイヤル式!懐かしい!

恵比寿様の置物の他、「お持ち帰りください」と旅館オリジナルのてぬぐいが置いてあったりと、情緒たっぷり。



「先生たちもこんな感じの部屋で作業していたのかな...」

そう思うと込み上げてくるものがあります。もはや書ける気しかしません。

早く作業を始めたい!

そしてこの鳳明館。なんと宿泊のプランに『文豪缶詰プラン』というものがあるんです。気になるその内容はというと...



【文机レンタル】

2千円追加で文豪気分が味わえるレトロな文机を貸し出し


【進捗コール】

スタッフさんが担当編集者になりきって、「先生、進んでますか?」と電話をしてくれる進捗確認サービス。


【編集者風スタッフ】

さらに1万円追加で支払うと編集者風のスタッフさんがチェックインからアウトまで外に出ないように監視してくれるそうです。ちなみに作業が終わるまで笑顔を見せることはないらしい。徹底してます。



まさに缶詰体験と呼ぶにふさわしいプラン!是非これを体験したい!

しかし、どうやら常時開催している訳ではないらしく、イベント的なプランだったみたい。...残念。本郷が缶詰の聖地だったと知ることができるこういう試みはとても素晴らしいですよね。また是非やってもらいたいです!

んー。せっかくなら缶詰のように催促されてみたい。

そこで嫁に電話し、編集の振りをして電話をかけてもらうように依頼。

妻「えぇ〜...」

明らかに「めんどくせぇ...」という気持ちが全面に出ていましたが、そこを何とか説得し、寝るまでの間に一度進捗確認の電話をかけてくれることになりました。

さて、いよいよ作業開始...。と、その前にお風呂の時間が22時までらしいので、先にひとっ風呂浴びることにしました。




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大浴場のお風呂はひょうたん型。末広がりで縁起が良い!

ますますいいものが書けそうな気がしてきました。

誰もいなかったので一人で悠々と入ることが出来たし、ほんと最高。



お風呂から出た僕は軽い気持ちで敷かれている布団の上にダイブ。

これが全ての過ちの始まりでした...。

そう...、横になったのも束の間、なんといつの間にか睡魔にやられてしまっていたのです...。




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目が覚め、慌てて時間を見ると時刻は深夜12時をちょうど過ぎたところ。

携帯には...




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ヤバい...。色々ヤバい...。

電話しといてと言いつつ、出ない。

図らずも編集の鬼電から逃げる作家をリアルに演じているような感じになってしまいました...。流石にもう寝てるはずなので明日謝るしかありません。



とにかく宿題を始めます。

締め切りも明日なので急がないと間に合いません。

作業がメインの缶詰というより、もう旅館に泊まりに来たついでに宿題しているみたいな感じになってしまいましたが、部屋の雰囲気なのか、先生たちの缶詰の歴史に影響されたのかは分かりませんが、とても集中出来ました。

3時間後...。

思ったよりも早いペースで作業が出来ています。

「これが缶詰効果か...」など思いつつ、目処が立ったので一旦終了し、残りは

明日朝起きた後に仕上げることにしました。

「よ〜し、寝るか〜」と布団に入ったはいいものの、さっき寝たのが悪かったのか全然眠ることが出来ません。




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ここで僕はまた大きな過ちを犯してしまいます。

寝られないなら起きて作業すればいいのに、結構粘って寝ようとし、時間を無駄にしてしまいました。



一旦気持ちを切り替えようと、トイレに行くことに。





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ど深夜ということもあり、古い旅館の雰囲気も相まって結構な怖さです。

トイレまでの長い廊下を歩いていると、そこに人影が...。





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もう時間は4時。...こんな時間に...? 誰が...? 

まさか...見てはいけないものを見てしまってるのでは...





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外国の方でした。



ビビって損したなぁ...。

ここで何故か僕は夜中のテンションも相まって、このタイミングで彼に話しかけました。



ちぼり「ドゥーユーノー、オサム・テヅカ?」

外国人「...ノー」



おそらくですが夜中に目が覚めてトイレに行ったであろう彼。

異国の地の夜の旅館の薄暗い廊下。急に知らない日本人に話しかけられて怖かったのでしょう。顔が若干怯えてました。

でも、ここで引いてしまったらそれこそ変な人で終わってしまいますので、

心を鬼にしてさらに話しかけます。



ちぼり「アハァァン、オーケー、ソゥ...、ドゥーユーノー、アストロボーイ?」

外国人「イエス。映画でやってたよね」(的なことを言っていたように思います)



どうやら2009年に公開されたアトムのフルCG映画を知っている様子。

テンションの上がった僕はさらに続けます。

※以下日本語ですが、実際は拙い英語で伝えてます。



ちぼり「その作者がオサム・テヅカなんだ!

    ここら辺の旅館に泊まって仕事をしてたんだぜ!」

外国人「...ハーン」



全然響きません。場所とタイミングが最悪でした。ごめんなさい。

部屋に戻った僕はもう寝られるはずもなく、そのまま朝まで起きて作業し、宿題をフィニッシュ。

美味しい朝食を頂いた後、9時に旅館をチェックアウトしました。

本来の缶詰とは程遠い内容になってしまいましたが、実際に本郷の老舗旅館に泊まってみて感じることはたくさんありました。

締め切りに追われる先生方の最後の砦、缶詰旅館。

この場所があったからこそ、穴が空かずに済んだ連載もたくさんあったことでしょう。本来、行かないで済むならそれに越したことはない場所かもしれません。

しかし、その一方で"本当にヤバくなったら缶詰がある"。

そう思えるのは作家として、大きな心の拠り所になっていたような気がします。

いや〜、ほんとに良い体験が出来ました。

僕も締め切りがヤバくなったら、また缶詰してみたいと思います!

では今回はこの辺で。

締め切りは無事終わったけど、でかい仕事が残りました...。





妻に謝らねば!!!






藤原ちぼりchibori10_twicon.gif

1979年生まれ、岡山県出身。放送作家。

『サラリーマンNEO』、『となりのシムラ』、『落語 THE MOVIE』などの人気番組の他、テレビアニメ『貝社員』の脚本も担当。『特捜警察ジャンポリス』、『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』など、漫画を題材にした番組にも携わっている。

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