虫ん坊

コラム「手塚を知りたい放送作家」第25話:手塚治虫の逃亡劇のように

2021/01/20

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第25話:手塚治虫の逃亡劇のように

漫画は締め切りとの戦いでもあります。
毎週のように迫り来る締め切り...。そのプレッシャーは相当なもの。

手塚先生のように連載を複数掛け持ちしているなら尚更。あまりの仕事量の為、各出版社が手塚先生に執筆してもらう順番を決める、「順番会議」というものがあったそうです。

そんな大忙しの手塚先生。締め切りに遅れることも度々あったそうで、編集者からは「おそ虫」というあだ名を付けられていたとかいないとか。

さらには編集者から逃げることもあったそう。嘘かほんとか...こんな話が...


●「銭湯に行ってきます」と、風呂道具を抱えたまま実家の宝塚へ。およそ600キロ逃走
●「電話をかけてくる」とサンダル姿で逃亡
●漫画で描かれてる電車が古いと編集に言われ、「僕は何年も電車に乗ってないんです!」と怒って電車の取材へ。そのまま電車へ乗って逃亡


などなど。ある時は東京から忽然と姿を消したかと思ったら、京都、兵庫、福岡と複数の県を跨いで逃走したこともあったそう。

僕も仕事柄、常に締め切りに追われていますが、遅れることはあっても逃げることまではしたことがありません。手塚先生は逃げている時、どんな気持ちになったのでしょうか。

という訳で今回のコラムでは逃亡中の手塚先生の気持ちを知るために、仕事から全力で逃げてみたいと思います!逃亡の果てに見えてくるものとは一体!?



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そして逃亡当日。この日は会議自体も昼で終了。あとは本日締め切りの作業のみ。逃げるには持ってこいのスケジュールです。

よ〜し!締め切りに出さずにバックれてやるぜ!
これも仕事の為!うん、仕方ない!仕方ない!


そういえば逃げられた側はどんな風に思うのだろう...?
逃亡を目前に控え、昼の会議で一緒だったスタッフさんに聞いてみました。


ちぼり「もしも、宿題を提出せずに作家が逃げたらどうしますか?」


目を閉じ、少し考えて出てきた言葉は...



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想像してたのより、めちゃくちゃリアルな回答が返ってきました。
"すぐクビにする"ではなく、"次はお願いしない"という所に思わず寒気がするほどのリアリティーを感じてしまいました。

まるで頭に銃口を突きつけられて「お前、絶対逃げんなよ」と言われているような気分です。何気なく聞いた質問だったのに思わぬダメージを負ってしまいました。

でもまぁ、これが普通の反応ですよね。仕事を任せてもらっている訳だし。責任持ってやり抜くのは当たり前。

手塚先生ならいざ知らず、僕如きが締め切りから逃げてしまうと、一家を路頭に迷わせることになってしまいます。それだけは回避せねば...。

そこでプランを変更。

逃亡の背徳感を味わう為、提出をしないのではなく、締め切りより少し遅らせて提出してみることにしました。

そんなに急ぎの案件でもないだろうし、勝手知ったる仲なのであとで説明すればきっと分かってくれるはずです。

そんな訳で宿題を完成させ、提出はせずにレッツ逃亡!

しかし、いざ逃亡するとなるとどこへ行けばいいのかさっぱり分かりません。僕の場合は手塚先生とは違い、リアルに追ってくる人はいないのでそんなに遠くに逃げる必要もないし。

自分が本当に逃げるとしたらどこに行くのか。真剣に考えた結果、向かった先は井の頭公園。ベンチに腰掛け、ただただ池を眺めます。



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みんなが働いている時間に公園のベンチで一人...。まるでリストラされたサラリーマンのようですが、なんだかんだで癒されている自分がいます。

場所を問わず働ける仕事だけにオンとオフの切り替えが難しいのですが、あえて"仕事から逃げる"という意識をしたことで心がちょっと軽くなった感じがしました。

ひょっとしたら手塚先生もこんな感じで逃げることで気持ちをリセットしていたんでしょうか。

しばらく池を眺めていると自然に触れたい欲が高まったのか、こんな風に思うようになりました。



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瀬戸内海に面した岡山県で生まれ育ったので、やはり海には思い入れがあります。よくよく考えると東京に来てからというもの、そんなに海を感じることもなかったし。

手塚先生は都内のホテルや旅館にもよく逃亡していたみたい。
ならば!と、いうことで海の見えるホテルに泊まることにしました。
まずは嫁に報告せねば。

ちぼり「今日逃げてるんでホテル泊ります」
嫁  「はーい。じゃあご飯はいらないのね」


ご飯の前にもう少し聞くことがある気がしますが、まぁ許可も取れたので早速海を感じられそうなホテルを予約。東京湾でも太平洋と繋がってる訳だし、海は海でしょう。


実際に行ってみると...


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思ってたんと違う...。潮の香りとかしないし、海っていうか運河だし。
なんならすぐ近くにちょいちょい行くスタジオとか編集所とかあって仕事感がバリバリ漂ってるし。

そうこうしていたらいよいよ締め切りの時間が迫ってきました。まずは作戦通りあえて提出をせず少し放置してみることに...。





10分後...





遅れているというプレッシャーがなかなかしんどく、早く出したい気持ちに駆られます。しかし、ここで出してしまうと元も子もありません。もう少し辛抱せねば...。






30分後...




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もう限界です。普段締め切りに遅れてしまう時は、一刻も早く出そうとバリバリ作業をしています。しかし今は出来てるのに出してない。罪悪感が半端じゃありません。逃げる気持ちを知るとか以前の問題になっている気がします。

僕は一体何がやりたかったんでしょうか。

そして宿題を提出。ちなみに催促はありませんでした。
追われてる感もゼロ。


ホテルで明日締め切りの作業に取り掛かります。公園やら海やらを眺めていたせいで時間を使い過ぎ、明日の締め切りに追われる始末。


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これぞ因果応報。

しかし逃亡したことで環境が変わり、気分が変わり、普段より集中して作業ができました。

冒頭で手塚先生の逃亡話を書きましたが、手塚先生が逃亡先でやっていたことは執筆作業。公園を眺めた訳でも海を見ていた訳でもありません。京都でも兵庫の実家でも福岡でも行った先々で漫画を描いていたんです。

違う環境で描くことで集中力や精神を色々と調整していたのかもしれません。なぜ逃げたのかは本人にしか分かりませんが、事実として言えるのは、手塚先生の逃亡は描くことから逃げていたのではなく、漫画を描く為の逃亡だったということ。


事実、手塚先生の東京〜福岡に及ぶ大逃亡劇では尋常じゃない数の原稿を一本も落とさずに描ききったそうです。


そもそも先生が締め切りに遅れる理由も、より完成度の高い作品へのこだわりも要因の一つだったそう。僕もそれを見習ってこだわりのある良い仕事をしていきたいと思います!


このコラムの原稿が締め切りギリギリになったのもきっとそういうことだと思います!すいませんでした!!!



藤原ちぼりchibori10_twicon.gif

1979年生まれ、岡山県出身。放送作家。

『サラリーマンNEO』、『となりのシムラ』、『落語 THE MOVIE』などの人気番組の他、テレビアニメ『貝社員』の脚本も担当。『特捜警察ジャンポリス』、『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』など、漫画を題材にした番組にも携わっている。

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