虫ん坊

コラム「手塚を知りたい放送作家」第31話:『やけっぱちのマリア』を読んでジェンダーを考える

2021/07/28

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第31話:『やけっぱちのマリア』を読んでジェンダーを考える



多様性の叫ばれる時代。同性同士の結婚も認められるようになったりと、性に対する考え方も時代と共に変化しています。

みなさんは「オメガバース」という漫画のジャンルがあることをご存知でしょうか? 簡単に説明すると"男性が妊娠する世界の話"で、一定の人気を誇っているジャンルです。


2022年には斎藤工さん主演でオメガバース作品がNetflixでドラマ化されることも決まっているみたいですね。面白そう...!


先日、何気なく手塚先生の漫画を読んでいると...そんなオメガバースを彷彿とさせる作品に出会いました。それが...『やけっぱちのマリア』



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1970年に『週刊少年チャンピオン』で連載されていた作品です。

主人公は中学生の焼野矢八。通称ヤケッパチ




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1ページ目で男勝りのヤケッパチの紹介があった直後...

予想だにしなかった展開に...!


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そう、ヤケッパチの妊娠疑惑から物語がスタートするんです。


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まさしくオメガバースそのもの。2022年でドラマ化といっているジャンルを

50年前に作品に落とし込んでいるなんて...手塚治虫、恐るべし...。

しかしながら、ヤケッパチが産んだのは赤ん坊ではなく、魂のようなエクトプラズムでした。


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そして女性の人形に乗り移り、ヤケッパチから生まれたマリアが誕生。

ヤケッパチの分身みたいなものだから性格も超男勝り。


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ヤケッパチとマリア、二人の関係はやがて恋に発展していく...という物語なのですが、この作品には男女の身体のつくりや考え方など、性別というものについて詳しく描写されているところがいくつもあります。


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新たな生命を身に宿すとか、女性ってすごいですよね。うちには二人の子どもがいるんですが、妊娠中の妻ってどんな感じだったんだろう...?

そういえば奥さんの苦労を知るために、最近では妊娠擬似体験なんかも出来るみたいだし...。よーし!せっかくだから妊娠擬似体験をしてみよう!


調べたところ、妊娠7ヶ月目の母親は子どもの体重やら羊水やらで大体7〜8キロ程度増えるそう。ということで、7ヶ月目の妊婦を体験してみます。


家に転がっているダンベルの重りをベルトに通し、簡易的な7キロの妊娠擬似体験装置を製作。



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これをお腹に装着。たしかに重い。

重くはあるが...想定の範囲っちゃあ想定の範囲な気もする。

なんならこれが我が子の重さかと思うとダンベル部分を愛おしくも感じます。


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余裕を見せる僕に妻が一言。

妻「その状態で生活してみたら色々分かると思うよ?」


たしかに...。最低でも24時間は体験しないと何も言う資格もないですね。

そんな訳で7キロの重りを付けたまま1日を過ごしてみます。


まずは家で台本作業をスタート。

2時間も経たないうちにお腹の圧迫感が...しんどい...。作業をしていても集中力が続きません。


作業部屋が2階なのですが、トイレに行こうと1階へ降りようとすると...、

階段がかなり怖い。とてもじゃないけど普段のスピードでは降りられません。

1段1段ゆっくりと降りていきます。


トイレで用を足すのも一苦労。トイレがいつもより狭く、座るのも大変だし、動きにくい。開始早々、もう辛くなってきました。さっき甘いことを言っていた自分を殴ってやりたい気分です。


なんとか台本を書き終え、続いてはリモート会議。お腹に我が子の重さを抱きながら会議を行います。長時間座っているのも辛く、頻繁に身体の体勢を細かく変えていきます。まさかリモート画面の外がそんな状態になっているなど、みなさん思いもしないことでしょう。


ふっと我に返って「僕は一体何をしているんだろう...?」と思う瞬間もありますが、ここまできたらもうやるしかありません。というか、妻が僕の擬似体験を嬉々として喜んでいるので途中で止めると嵐のブーイングが巻き起こるに違いありません。進むも地獄、退くも地獄。


リモートも終わり、次の会議まで少し時間が空きました。せっかくなのでこの状態で家事をしてみます。まずは洗い物に挑戦!


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腰が痛い!前傾姿勢がかなり腰にきます。

ちぼり「これ腰めっちゃ痛いね」

妻「でしょー。フフフ」


妻がなんだか嬉しそう。言葉にこそしませんが、「ざまーみろ!ちょっとは私の苦労が分かったか!」という感じがひしひしと伝わってきます。


本当は他の家事もやろうと思っていましたが、身体があまりにしんどく休憩。

ノリノリな妻の提案でなぜか出産の雰囲気も体験しようということになり、バランスボールに背を預け、股を開いて分娩代を再現。


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かなりの恥ずかしさです。

妻「恥ずかしい?恥ずかしいの? でもね!本番はね、恥ずかしいとか感じる暇なんてないんだから!!」

テンションが上がり倒している妻。まるで熱血トレーナーのようです。


妻「ほら!もっと足開く!」


禁断のスイッチを入れてしまったのでは...と、後悔しても後の祭り。言いなりになるしかありません。もうどうにでもなれ。まさにやけっぱちです。


その後もリモート会議や食事など、常に装着していましたがどんどん疲労が蓄積されていきます。家の中の生活だけでこんな辛さだなんて...外に出たらもっと大変に違いない...。みなさん、妊婦の方を見かけたらどうか優しくしてあげて下さい。


性別の違い...。頭では理解していたつもりですが、ほんのちょっとの体験でこんなに感じることがあるとは...。


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昔は男女という分け方のみでしたが、それはあくまで身体だけのもの。海外のFacebookには性別欄の種類が50種類以上あるそうです。手塚先生の作品にも男女様々な主人公がいます。そんな人たちの性別を現代の目線で考察してみるのも面白そうですね。

さて、妊娠擬似体験もいよいよ大詰め。最後のイベントは就寝です。

普通に仰向けで寝てみると、お腹が圧迫されとてもじゃないけど眠れません。

結果もぞもぞとベストポジションを探し、一番楽な姿勢が横向きだということに気付きました。


しかし、それでもかなり寝辛いです。ことあるごとに目が覚め、満足な睡眠を得られません。


これまでの疲労もあいまって、体調的にも悪くなり...ここでギブアップ。横になってるのにしんどいって一体なんなんでしょうか。


最終的にはヤケッパチのように身体から魂的なものが出るほど疲れていました。僕の中のマリアが生まれた瞬間です。


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こうして妊娠擬似体験は幕を閉じました。『やけっぱちのマリア』を読んで思いつきで行った体験ではありましたが、本当にやってみて良かったなと思います。妻の家での地位がまた一つ上がってしまいましたが、感謝の気持ちでいっぱいです。

ちぼり「色々大変だったね。ありがとうね」

妻「ハッ!今更だけどな!」

ちぼり「......」


世の旦那さん!奥さんの妊娠中に体験することをお勧めします!





藤原ちぼりchibori10_twicon.gif

1979年生まれ、岡山県出身。放送作家。

『サラリーマンNEO』、『となりのシムラ』、『落語 THE MOVIE』などの人気番組の他、テレビアニメ『貝社員』の脚本も担当。『特捜警察ジャンポリス』、『サンドウィッチマンの週刊ラジオジャンプ』など、漫画を題材にした番組にも携わっている。

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