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手塚マンガあの日あの時+(プラス) シリーズ企画 手塚マンガとブーム:スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983) 第3回:幻のSF映画がついにリバイバル!!

2022/06/03

シリーズ企画 手塚マンガとブーム:スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983) 第3回:幻のSF映画がついにリバイバル!!

写真と文/黒沢哲哉

手塚治虫は時代ごとのブームをどのように作品に取り入れて行ったのか? を探るシリーズコラム、SFブーム編の第3回です。
手塚治虫はとある歴史的名作SF映画から、スタッフとしてオファーを受けていた!?
今回は現在でも語り継がれる超有名作と手塚治虫との浅からぬ(?)ご縁について、掘り下げます。


◎『2001年宇宙の旅』10年ぶりの公開!


 前回までのコラムで『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』のヒットがその後に続く多くのSF映画を誕生させたことを述べてきた。
 そしてこのSF映画ブームは新たな作品を生み出しただけではなく、長い間幻のSF映画と言われていた映画のリバイバル公開も実現させた。その幻の映画とは、1968年に公開された『2001年宇宙の旅』である。この映画が何と10年ぶりにリバイバル上映されることになったのだ。

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映画『2001年宇宙の旅』リバイバル公開時のチラシ


 この映画は68年当時の最新技術を駆使した映像の素晴らしさが高く評価される一方で、内容の難解さが話題となり賛否両論渦巻く問題作とされていた。だけどぼくも含めて当時の若いSFファンや映画ファンはこの映画を見る機会がなかったため、オールドSFファンたちの議論に加わることすらできないモンモンとした状態がずっと続いていたのだった。その幻の映画がついに見られることになった!
 しかもこの映画は手塚治虫とも浅からぬ関係があった。どういうことなのか!?

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映画『2001年宇宙の旅』プログラム

◎キューブリック監督からの手紙

 以下、手塚のエッセイから引用しよう。


「この映画(黒沢注:『2001年宇宙の旅』のこと)には、ぼくは、ちょっとした思い出がある。この映画の監督は、かのスタンリー・キューブリックだけど、この監督から、ぼくは手紙をもらったのだ。
 ちょうど虫プロで『アトム』を封切った翌年、キューブリックの手紙が飛びこんだ。なにげなく開けてみると、ややや、なんとそれは、キューブリックが新しくつくるSF映画の美術デザインに、ぼくを頼みたいというのではないか。その映画というのが『2001年──』だったのだ!
 もちろん、そのころには、こんな題すらもまだきまっとらんかった。物語もろくにできていない段階のことで、キューブリックの手紙には、ただ、「月が舞台になる、未来の話です」と書いてあった。つまり、この映画の原作者である、SF作家クラークは、月世界の宇宙基地の話にする気だったんだね。で、キューブリックは、ぼくにつぎのふたつのことを訊いた。
 ──あなたは英語が話せますか?
 ──これから二年間、ロンドンへきてスタッフとして暮らしていってくれますか?
 残念だけど、どっちもノーだった。『アトム』をつくり続けるためには、とても二年も日本を留守になんかできるもんか。
 そしてこの話はおシャカになった」

(1977年『Apache』2号所収「SF映画の魅力」より)

◎『2001年宇宙の旅』と『火の鳥』の宇宙表現

 こうして『2001年宇宙の旅』への協力を断ってしまった手塚だが、手塚は完成した映画を高く評価している。
 今回のコラムの第1回目では『未来人カオス』に登場する宇宙船のデザインが『スター・ウォーズ』の影響をかなり受けていると書いたが、それ以前に手塚が強く影響されていたのが『2001年宇宙の旅』だった。
『2001年宇宙の旅』初公開翌年の69年に発表された『火の鳥 宇宙編』や、『未来人カオス』連載の直前まで連載していた『火の鳥 望郷編』では、手塚の宇宙空間の表現や宇宙船の表現には明らかに『2001年宇宙の旅』の影響と思われる構図や造形がしばしば見られるのだ。

以下2点『火の鳥 宇宙編』より

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 だが驚くのはここからだ。『スター・ウォーズ』の熱狂もようやくさめた86年、手塚は雑誌『野生時代』に『火の鳥 太陽編』の連載を始めた。
 ここで手塚は『スター・ウォーズ』以前と以後、それぞれの表現を取り込み、手塚流の新たなSF造形を完成させていたのである。
 ここではそんな新生手塚SFのダイナミックで独創的な未来造形のいくつかをご覧いただこう。

以下4点『火の鳥 望郷編』より

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以下すべて『火の鳥 太陽編』より

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◎キューブリック監督の志を受け継いだ若き監督たち

 最後に、手塚と石上三登志との対談の中で、手塚がこの時代のSFブームを総括した言葉があるのでそれを引用して締めくくりとしよう。

石上 本当は参加したはずの『2001年宇宙の旅』から『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』という一卵性双生児ができて、それを改めてご覧になった感想は......。


手塚 ぼくは、そのあいだに十年単位で間があるわけで、『2001年』を見たSFファンが育って、『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』をつくったという運命論にまで興味をもつ。つまり今度はこの『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』を見てから、おそらく一時、SF映画が下火になるかもしれないけれど、十年後にどういう映画が生まれるかという楽しみがありますね。これはわれわれの世界でも同じで、小松左京や星新一を見て育った人たちが第二のSF作家群として出てきているわけでしょう。
 この延々とつながる系統というものはひとつの宿命のような感じで、人間というのはおもしろいなあという気がします。
 この『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』は、もし『2001年』がもっと向こうで受けていたら、ぼくはキューブリックがつくった映画じゃないかという気がする。ぼくは『スター・ウォーズ』はともかく『未知との遭遇』的なものはキューブリックが狙っていたのではないかという気がする。(中略)でもキューブリックの映画が受けなかったので、ぼくは彼らがそれをひきついでかたきを取ったという、そういう気がする。」

(1978年『季刊映画宝庫』第6号所収「SF映画が好きなんだ!」より)

◎SFと並ぶ80年代のもうひとつのブーム!

 70年代末から80年代にかけてのSF映画ブームとそれに影響を受けた手塚マンガの系譜、いかがだっただろうか。
 じつは、この時代にSFブームが大きな盛り上がりを見せる中から、もうひとつのブームが静かに起こりつつあったことをご存知だろうか。それは「美少女ブーム」である。美少女とメカ、美少女と宇宙、美少女と超能力などから始まったブームはやがて映画やマンガ、アニメなどの枠を超えてあらゆるサブカルチャーエンタテインメントの世界へと広がっていった。
 手塚治虫はこのブームの中でどのような作品を描き、どのような美少女キャラクターを生み出したのか。次回はそんな80年代美少女ブームの潮流と手塚マンガの関わりを深堀りいたします。次回もぜひまたおつきあいください!!

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今月のおまけ。86年発表の『ミッドナイト』より、主人公のミッドナイトこと三戸真也がリーダーをつとめていた暴走族グループの名前「ダースベーダー」は、もちろん『スター・ウォーズ』の仇役の名前から拝借したものですね


黒沢哲哉


1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。
手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


手塚マンガあの日あの時+(プラス)

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