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虫さんぽ+(プラス)東京・御茶ノ水、神田編 第1話:神田明神でお茶の水博士とともに疫病退散を祈る!!

2020/12/04

東京・御茶ノ水、神田編 第1話:神田明神でお茶の水博士とともに疫病退散を祈る!!

写真と文/黒沢哲哉 地図と絵/つのがい

 新型コロナウイルスがいったん落ち着きを見せた2020年9月、我らが虫さんぽ+(プラス)隊は、およそ半年ぶりに新たな虫さんぽに出かけた。行ったのは多くの出版社が集まっていて手塚治虫先生も仕事でひんぱんに訪れていた御茶ノ水、神田界隈である。この地域に新しくできた手塚スポットから、綿密な調査によって掘り起こした貴重な手塚スポットまで、3話連続でお届けするぜ~~~~!!


猛暑の9月にさんぽ強行!!

 残暑というにはあまりにも暑い9月のとある日、ぼくは気がつくととある駅前に立っていた。目の前にはJR中央線・総武線の御茶ノ水駅、そして振り返ると地下鉄千代田線新御茶ノ水駅の出口があった。

 ぼくはなぜここにいるのか......このままここにいたら暑さで倒れてしまう...そう思いながらわずかな日陰に避難し、そこから動けずにいると、初老の男性が向こうからがに股で体を揺らしながらこちらへやってきた。白髪で禿頭、鼻先にはヒゲをたくわえている。

 男性は昔風の東京弁でこう言った。

「お前(めえ)さん、こんなところでナニぼやっと突っ立ってんでィ、神田へ来たなら行くところがあンだろう?」

 行くところ? どこへ行けばいいのですか? まるで見当がつかないぼくは男性に正直に聞いた。すると男性は、

「ちッ、ちったァ頭を働かせろよ。ほらよ、こいつを見りゃあ分かるだろ!」

 男性はそう言ってぼくにこんな紙切れを手渡してくれた。

 それは......久々の招待状だった!!

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「とにかくあの橋を渡って北へ行ってみな!!

 男性はそう言うと、がに股でまたサッサと歩き去ってしまった。江戸っ子だろうか、かなりせっかちな男性である。

聖橋の向こうにはいったい何が!?

 男性が言っていた北の方を見ると、目の前に聖橋が架かっている。

 ぼくは日陰を出て、ゆっくりと橋を渡り始めた。

 橋を渡ると右手に樹木に覆われた建物が見てきた。「湯島聖堂」である。17世紀に建造された建物で、学問の神様・孔子が祀られているという。だが目的地はここではないらしい......

 湯島聖堂を過ぎ、さらに道を北へ進むと、間もなく片側2車線の大通りに突き当たる。これが国道17号線、昔の五街道のひとつ「中山道」である。

 確かこの中山道から少し入ったところに「神田明神」があったはずだ。ぼくはふと"あること"を思い出し、そこへ立ち寄ってみることにした......

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今回のさんぽは東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅がスタート地点だ。地上へ出るといきなり半端ではない暑さが襲ってくる

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聖橋を渡り湯島方面へと向かう。日陰のまったくない橋の上は数十メートルを歩くのにも決死の覚悟が必要だ

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聖橋の上から下を見下ろすと、ちょうど特急「あずさ」と東京メトロ丸の内線の電車が交差して通過するところだった。待っていてもなかなか撮れないシャッターチャンスである

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聖橋の北側に建つ湯島聖堂は人影もなくひっそりとしていた

ヒゲオヤジの氏神様「神田明神」に参拝!!

 神田明神は猛暑にもかかわらず多くの人でにぎわっていた。朱塗りの大きな門・随神門に圧倒されながら、境内へ入る。

 神田明神は、公式サイトによれば天平2年(730年)に武蔵国豊島郡芝崎村(現在の東京都千代田区大手町)に創建されたのが始まりで、その後、江戸幕府開府後の元和2年(1616年)、江戸城の表鬼門守護のために現在の場所へ移転したという。

 熱心な手塚ファンの皆さんならもうお気づきだろう。ここ「神田明神」は手塚治虫先生の代表的なキャラクター、ヒゲオヤジの氏神様なのである。ぼくはそれを思い出したのだ。

 ヒゲオヤジは手塚先生が学生時代に生み出したキャラクターで、元は関西弁で話す関西人だったが、戦後になり手塚先生が上京してからは、神田生まれの江戸っ子という設定に変わった。

 手塚先生が1957年から58年にかけて発表した『地球大戦』に、ヒゲオヤジが神田明神へお参りする場面が描かれているので紹介しよう。

 物語は世界征服を企む独裁国家「ウラメシア」の陰謀を知った日本人少年ドン太郎が、地下組織「人間細菌」に所属してウラメシアと戦うというものだ。

 ヒゲオヤジはドン太郎に味方する魚屋の主人としてこの物語に登場している。人情に篤くて気っぷのいいヒゲオヤジはドン太郎を全力で応援しようとする。しかしせっかちなので気持ちだけが先走り、実際はほとんど役に立たないという、なんとも江戸っ子らしい憎めない役柄である。

 まてよ......ということは、ひょっとして先ほどの男性は......

 ぼくはここで先ほど男性からもらった招待状を見返してみた。書かれているキーワードは「地、朱、詰」の3文字。しかしこの場所がそのどれに当たるというのだろうか......それともここは招待状が示す場所ではないのか?

 そんなとき、ぼくは境内の一角で、あるものが売られているのを見つけた。それは様々な種類の御朱印帳である。それらを見ていてぼくは「あっ!」と声を上げた。

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神田明神に到着! この門は昭和50年に再建された隨神門。総檜造りの立派な門である

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手水舎の竜は、新型コロナ対策のために水が止まっていた

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隨神門の外側正面には2体の隨神像が祀られている。これも見事な色彩の威厳ある像だ

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隨神門を境内側から見たところ。この門だけで何枚も写真を紹介していますが、いや、とにかく豪華な門なんですよ

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そしていよいよ境内へ! ここが社殿。江戸時代後期に建てられた社殿は大正12年の関東大震災で消失してしまい、昭和9年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された。太平洋戦争では境内の多くの建物が消失したが社殿は立派に耐えたという

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1957年から58年にかけて雑誌『おもしろブック』に連載された『地球大戦』より。神田生まれ神田育ちのヒゲオヤジが神田明神へお参りに! 画像は講談社版手塚治虫漫画全集より

お茶の水博士の御朱印帳を発見!!

 そこに売られていたのは、ヒゲオヤジと並ぶ手塚マンガの人気キャラクターお茶の水博士の絵がついた御朱印帳だったのだ。神田明神の境内でなぜお茶の水博士の御朱印帳が販売されているのか。

 そう思っていたところに、お店の中からぼくに声をかけてくださる男性がいた。その男性はこの「お茶の水博士の御朱印帳」を企画・販売されているJAPACON株式会社MD事業部の友岡康祐さんだった。

 男性は、ぼくがここへ来ることを最初から知っていたらしく、さっそくこの御朱印帳について教えてくれた。

「お茶の水博士の御朱印帳を販売開始したのは2019年の10月です。

 神田明神は、2010年ごろまでは、主に地元の方が参拝に来られる地元の神社という感じでした。しかしKADOKAWA(アスキー・メディアワークス)の『ラブライブ!』がヒットしたころから、アニメファンの"聖地"として多くのアニメファンが参拝に来られるようになりました。そこで私どももこちらでキャラクター御朱印帳など、アニメ作品とコラボした商品を販売させていただくようになったのです。

 そうした中で、ぜひ手塚先生の作品ともコラボさせていただきたいと思って企画したのが今回のお茶の水博士の御朱印帳となります」

 聖地巡りをされているアニメファンというのはかなり若い方が多いという印象ですが、手塚キャラの御朱印帳の評判はいかがですか?

「聖地巡りで来られる方は主に20代から40代の女性が多いですが、最近は30代以上の男性の参拝者も増えております。そうした方の声をうかがうと、自分の世代のキャラクターの御朱印帳が欲しいというご意見がありました。そこで手塚先生のキャラクターで御朱印帳を企画させていただきました」

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神田明神の境内で販売されているお茶の水博士の御朱印帳、定価2,000円(税込み)。画像では分かりにくいが茶色に見える部分はすべて金色のラメになっていてとてもきらびやかな表紙である

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お茶の水博士御朱印帳について取材に向かうぼく。マスクにフェイスシールドで感染対策も万全だ。シールドが白く曇っているように見えるのは、シールドに貼られていた保護フィルムを剥がすのを忘れているため

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JAPACONの友岡康祐さん。ご自身もアニメが大好きだそうで、この仕事には大変やりがいを感じておられるとのことでした

火の鳥よりもお茶の水博士!?

 引き続きJAPACONの友岡さんに話をうかがう。数ある手塚キャラの中からお茶の水博士を選んだ理由は何だったのか?

「当初は、神田明神には鳳凰殿もありますから『火の鳥』が良いのではないかと思っていました。しかし手塚プロさんの方から「御茶ノ水が近いのでお茶の水博士はどうですか?」というご提案をいただきまして、それは面白いということで決めさせていただきました。

 じつはこれにはもうひとつの思惑もありましてね。先ほど神田明神はアニメファンの聖地だと申しましたが、アニメファンの方々は皆さん秋葉原の方から歩いて来られるんです。秋葉原の方から来るとずっと上り坂なんですが、途中にある明神男坂を駆け上がってこちらへ来るのが一種のお約束となっているんですよ。

 しかし本当は歩いてくる場合は御茶ノ水駅から来ていただいた方がずっと近いんです。秋葉原から神田明神までは徒歩7~10分ですが御茶ノ水からだと5分ですので。

 そこでぜひ御茶ノ水の方からも参拝にいらしていただく方が増えますように、という意味も込めまして、お茶の水博士を選ばせていただきました」

 友岡さんありがとうございます!

 ぼくは友岡さんにお礼を述べ、御朱印帳に御朱印をいただいて神田明神を後にした。

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売り場にはお茶の水博士以外にも様々な種類の御朱印帳が何種類も並んでいた

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そしてたくさんのアニメグッズ。取材中にもアニメファンらしき人がたくさん訪れていた

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御朱印はこちらの窓口でいただく。その場で書いてくれるのではなく、あらかじめ書かれたものを手渡してくれる方式だ。御朱印は2枚セットで300

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ということで、ぼくもありがたい御朱印をいただいた。今まで御朱印を集める趣味はなかったんだけど、こうして一度もらうとハマりそうですね

さて次回、丸くて硬いモノとは!?

 招待状の示す1つ目のキーワード「朱」は、御朱印帳の朱だったのである!

 1つ目のキーワードを見つけて勢いづいたぼくは、すぐに御茶ノ水駅方面ととって返した。そちらの方向に2つ目のキーワード「地」に関係する手塚スポットがあると聞いたことがあるのを思い出したからである。

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 ぼくの推理がただしければ、迷わずそこへたどりつけるはず......なのだが果たして。

 ではまた次回の虫さんぽ+(プラス)にも、ぜひご一緒してください!!

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黒沢哲哉

1957年東京生まれ。マンガ原作家、フリーライター。

手塚マンガとの出会いは『鉄腕アトム』。以来40数年にわたり昭和のマンガと駄菓子屋おもちゃを収集。昭和レトロ関連の単行本や記事等を多数手がける。手塚治虫ファンクラブ(第1期)会員番号364番


sanpo_tsunogai.jpgつのがい
静岡県生まれ。漫画を描くこと、読むこととは無縁の生活を送ってきたが、2015年転職を境にペンを握る。
絵の練習としてSNSに載せていた「ブラック・ジャック」のパロディ漫画がきっかけで、2016年手塚プロダクション公式の作画ブレーンとなった。
web:https://www.tsunogai.net/
twitter:http://twitter.com/sunxoxome/


■バックナンバー

 虫さんぽ+(プラス)

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・大阪編 第2話:大阪・中津の軍需工場跡地で、辛かった戦争時代の想い出を歩く!

・大阪編 第3話:大阪・十三で戦争の悲惨さを残す文化遺産を訪ねる!

・奈良編 第1話:火の鳥に誘われて巨大大仏を見る!!

・奈良編 第2話:写楽くんの足跡をたどりつつ古代史ミステリーを探る!!

・奈良編 第3話:その時が来なければたどり着けない!? 伝説の神社!!

・洞窟探検編 第1話:盗まれた名画の行方を追ってアトムが向かった場所は!?

・洞窟探検編 第2話:荒涼とした大地で手塚治虫が見たものは!?

・洞窟探検編 第3話:手塚治虫、大洞窟の中を命がけの逃亡!!

・北海道・道南-道東横断編 第1話:標高550メートルの山頂でヒグマに囲まれる!?

・北海道・道南-道東横断編 第2話:北海道東端の駅で子グマとSLの物語に思いを馳せる!!

・北海道・道南-道東横断編 第3話:財宝が隠されている神秘の湖はココだった!!

・ミッドナイト 東京タクシーさんぽ 第1話:早稲田で乗せた老女は幽霊だったのか!?

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・北海道・道東-道央-津軽海峡編 第3話:海峡の歴史を物語る"あの船"を訪ねる!!

・マイ・ベストさんぽ【東京編】第1話:四ツ谷の下宿はどこにある!?

・マイ・ベストさんぽ【東京編】第2話:幻の地下ホテルを探せ!!

・マイ・ベストさんぽ【東京編】第3話:手塚先生の仕事場へタイムスリップ!!

・マイ・ベストさんぽ【大阪編】第1話:手塚マンガの原点となった町、松屋町を歩く!!

・マイ・ベストさんぽ【大阪編】第2話:手塚少年がアニメと出会った文化施設とは!?

・マイ・ベストさんぽ【大阪編】第3話:手塚少年の夢と空想を育てた幻の科学館!!


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