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コラム:「虫さんぽ」第7回:杉並区荻窪・手塚ファン大会のルーツを訪ねる!!の巻 (写真と文/黒沢哲哉)
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手塚治虫先生と、手塚マンガにゆかりのある地をぶらりお散歩。どんな出会いと発見があるでしょうか…。

 先ごろ開催された『手塚治虫ファン大会』楽しかったぜ〜〜〜っ!! 参加された皆さんの感想はどうだっただカナ。参加できなかった人も次回はぜひ! ということで今回の虫さんぽは、そのファン大会のルーツともいえる「あるイベント」が開催された場所を歩いてきた。36年前、この街でいったいナニがあったのかっ!? さっそく歩いてみよう!!

 



路地の奥へ入っていくと……

 今回の散歩の出発地点はJR中央線の荻窪駅だっ! 11月中旬のある晴れた平日のお昼前、階段を駆け上がって駅を出たら、汗がじんわりとにじんでてきた。「明日はグッと冷え込みます」という天気予報を信じて厚着をしてきたのに、冷え込むどころかむしろ暑いくらいだ。どうしてくれるんだ森田さん! 森田さんって誰だよ!!
  と意味不明なことをつぶやいていたら、テスト期間中で午前中授業だったのか、ミニスカ女子高生が駅から続々と出てきた。その姿に癒やされて怒りも吹っ飛んだところで、今回の散歩の目的を思い出した。そうだ、こんなことをしてる場合じゃないのだ。


JR荻窪駅南口から出発。
女子高生にテンションも上がるぜ〜〜〜っ!!


  確かこの路地の奥だったはずなんだけど……。ぼくは記憶を頼りに駅前の商店街へと入っていった。もっとお店が少なくて静かな道だった気がするけど、考えてみたら、あれからもう36年近く経っているのだ。
  そう、今からおよそ36年前の1974年2月8日から17日にかけて、この路地の奥にあった小さな画廊で、手塚治虫のマンガ家生活30周年を祝うイベントが開催されたのだ。


『30年展』のレポートが掲載されたファンクラブ会誌1974年2月号


憧れの原画がズラリ!!

元シミズ画廊のあった場所。
自動販売機が置いてあるカドの部分が当時の入り口で、景品買取所のところは壁だった。

 着いてみると、そこには建物自体は昔のまま残っていたが、残念ながら画廊はなくなっていた。もう何年も前に廃業してしまったのだそうだ。
 現在はパチンコの景品買取所となっているその場所を眺めながら、ぼくは36年前のあの日に思いをはせてみた。
 1974年2月11日、高校1年生だったぼくはファンクラブからの案内状を見て、勇んでここへやって来た。だけど画廊なんて一度も行ったことがないからどんな服装で行ったらいいかわからない。迷ったあげく、よそ行きのブレザーを着ていくことにした。

  ところが来てみたらご覧のとおりの気さくな建物だし、スタッフもお客さんもみ〜んな普段着だし、糊がパリパリにきいたブレザーなんて着てるのはぼくだけだし!!
  そして画廊の中へ入ると、せ、狭い……!! 中は1階と2階があって、1階には受付カウンターがあり関係者が3〜4人。そこへお客さんが20人ほど入ったら、もう身動きが取れない。奥の急な階段を上がると2階がメインの展示スペースだが、こちらもほぼ同じ広さだ。
  その狭い壁面いっぱいに手塚先生の原画がズラリと並んでいた。大好きなアトムやマグマ大使やビッグXの原画はもとより、当時は絶版で名前だけが知られていた『来るべき世界』など、幻の初期作品の原画の数々。どれもが見ていて涙が出てくるほどの感激だった。

手塚先生の神業を目撃!!

 そして午後、手塚先生登場!!「どうもどうも、遅くなりました」という、よく通るあの声が響くと、会場が静かな興奮に包まれた。手塚先生は1階のカウンターに座り、あらかじめ本を買った人と色紙を買った人が並んでサイン会が始まった。
  最初のうち先生は、サインのほかにリクエストに応えてアトムやレオの絵を描き入れていた。ところが時間がかかり過ぎることを心配したスタッフが途中で「先生、絵はナシでサインだけでお願いします」と言い出した。すると手塚先生、そのスタッフにひとこと「それじゃ今までの人と不公平になってしまうし、申し訳ないから、もっと早く描くからいいでしょう。ただし難しいリクエストはなしということで」と言って、いきなり描くスピードを早め出した。まるでフィルムの早回しのように動く先生のペン先から、みるみるキャラクターの絵が生まれていく。
  ぼくはヒゲオヤジを描いてもらったのだが、ぼくが「ヒゲ……」と言ったときにはもう先生の手はクルッと半円を描いて頭の輪郭を描き始めており「……オヤジをお願いします」と言い終えたときには、すでにヒゲのギザギザのあたりを描いていた。
  このときぼくは、手塚先生が天才とか神様と呼ばれる、その本質の一端を垣間見たような気がした。


『30年展』で手塚先生にサインしてもらった本。
その後1か月くらい、本を開いてはニヤニヤしていた。


忘れられないサプライズ

 サプライズはまだあった。この日は夕方から虫プロが製作したアニメーションの上映が予定されていた。確か当初の予定は『ある街角の物語』と『展覧会の絵』の2本だけだった。ところがその上映が始まろうかという時間になって、何と! とっくに帰ったはずの手塚先生が再び会場に現れたのだ。

 

会場でファンに囲まれた先生。
狭くて天井が低いことがよくわかる
(ファンクラブ会誌1974年2月号より)
 

笑顔でサインしながらも、さりげなく時計を気にする先生
(ファンクラブ会誌1974年2月号より)

 驚くぼくらに手塚先生はこう言った。「実はさっき会社に電話をして、短編アニメやパイロット版のフィルムをいろいろ持ってきてもらったんですよ。終了時間をオーバーしちゃうけど、時間の許す人だけでもぜひ見ていってください」
  16mm映写機にフィルムがセットされる間、手塚先生はぼくらの前で、作品の裏話や失敗談などを楽しそうに語ってくれた。
  ぼくらは全員がじゅうたんの床にじかに座り、それらに聞き入った。画廊の営業時間は本来7時までだったが、上映が終わったときには午後9時を過ぎていた。
  手塚先生のファンに対するサービス精神の旺盛さはさまざまな人が語っているが、この日の出来事は、ぼくにとっていまだに忘れられない大切な思い出となった。


会場で上映されたアニメーションのリスト。11日だけ上映本数が異常に多い
(ファンクラブ会誌1974年2月号より)


 この『30年展』の成功が、後の『手塚治虫ファン大会』へとつながったことは間違いないだろう。
  ちなみに手塚先生の「終了時間をオーバーしちゃうけど、時間の許す人だけでもぜひ見ていってください」という言葉を、ぼくはこの5年後にもう一度聞いている。
  1979年4月30日、九段会館で第1回『手塚治虫ファン大会』が開催されたときのことだ。このときも手塚先生は、予定になかった大量のフィルムを持ち込み、ぼくらに対してこう言ってくれたのだった。手塚先生、ステキすぎます!!



続いてはみなさんお楽しみのグルメ情報。地図も2ページ目にあります。


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