ブラック・ジャックは医療とは何か、人間の幸福とは何かという問いを繰り返すのです。
(『ガラスの地球を救え』より)
生命には目的がある。
その目的を終えた生命はさっさと死の向こう側へ旅立ってしまう。
それを何とかこちら側に引き留めようと奮戦するブラック・ジャックの姿はもしかしたら、生者の勝手な傲慢なのかもしれない。
死ぬよりも生きている方が幸せなはずだと考えるのは、生きている者たちであって、死に行く命(魂)にはそれとは違う見解があるのかもしれない。
生と死の境界線上で必死にメスをふるうブラック・ジャックも、そんな医学の限界を知っています。
医学は魂の領域には踏み込めない。
それを知っているから、ブラック・ジャックは常に苦悩の中で生きなければならないのです。
いちばん大切なものは何か、それを忘れない医療でありたい。
人間は誇りなしには生きていけない動物だからです。
(『ガラスの地球を救え』より)
全身が膿んでしまった女性を救うため、ブッダは口でその膿を吸い出そうとしています。
そんな、何としてでもこの人を救いたい、という真摯な想いが、医学に携わる者にとって「いちばん大切な」想いでしょう。
この命を救いたい。この人を助けたい。その気持ちを失い、そのほうが儲かるからと患者を薬漬けにしたり、空きベッドがないからと救急車をたらい回しにしたり。それが現代医療の現実です。
目の前の命のために、自分のすべてを投げ出してあげられる。
そんな医療の大切な基本がこの場面には描かれています。
医学界という社会を舞台にしたとき、権威とかキャリアという要素をぬきにしてドラマが作れないのです。
それほど封建的な対人関係にしばられています。
(『きりひと讃歌』についてのコメント)
医師としての名誉のためなら、患者の人権など二の次にしてしまう。
悲しいけれど、そういう医者もたくさんいるのが現実です。
移植手術で名を挙げたいばっかりに正しい手順で脳死判定をしなかったり、名誉を守りたいばっかりに明らかな医療ミスを闇に葬る。
毎日のようにそんなニュースを目にします。
人間を無視し、自分たちのプライドだけを守ろうとする医者たち。
同じ医学博士だからこそ、手塚治虫の描くこの物語には、医者たちの権威主義に対する厳しい視線が光っています。