手塚治虫について 手塚治虫について

手塚治虫のメッセージ

手塚治虫のメッセージ 自然 ここに森があり、山があった

自然というものを“思い出”としてさえ持っていない子どもたちに、他人の痛みや生命の大切さを説くのは、ひどくむずかしいのではないでしょうか。

人は森を切り開き、そこに都市を築いてきました。
それが文明の進歩でした。
神話では空へと高く伸びて行くバベルの塔ですが、その塔が空へではなく、 地平線へと向けて、横へ横へと拡大していったのが、 いまのこの世界です。
バベルの塔が結局は崩れ落ちたのと同じように、いまのこの世界も これ以上の拡張が出来ないところまで来ています。
このまま森を消し去り続けたら、地球という星そのもののバランスが崩れてしまう。
いや、もう崩れはじめている。
この星の断末魔の悲鳴があなたの耳には聞こえていますか?

手塚治虫のメッセージ 自然 懐かしい地球

人間がどのように進化しようと、物質文明が進もうと、自然の一部であることには変わりはないし、どんな科学の進歩も、自然を否定することはできません。
それはまさに自分自身=人間そのものの否定になってしまうのですから。

(『ガラスの地球を救え』より)

地球から遠く離れた辺境の惑星でたったひとりで生き長らえる運命となった彼女は、やがて異星人との間に子をもうけ、独自の文明を築き上げて行きます。
けれど彼女の心から愛する人と共に過ごした地球での日々の記憶は消えることがありません。
人間はたとえ宇宙へと進出したとしても、自分の命の源である地球から切り離されてしまうことはないのでしょう。
だれにでも安心して帰ることのできる故郷が必要です。
その故郷がいま、断末魔の悲鳴を上げている。
このままの世界が続くなら、私たちは未来の人類の、大切な故郷を奪い去ることになるでしょう。

手塚治虫のメッセージ 自然 人魚が泣いている…

自然や人間性を置き忘れて、ひたすら進歩のみをめざして突っ走る科学技術が、どんなに深い亀裂や 歪みを社会にもたらし、差別を生み、人間や生命あるものを無残に傷つけていくか──

(『ガラスの地球を救え』より)

マスコミに囲まれ、水槽の中で泣いている小さな人魚の女の子──。
人間たちは「珍しい」と言うだけで、平和に暮らしていた生き物たちを親や仲間から引き離します。
それだけではなく、バイオ技術などで遺伝子を操作し、新しい生き物を作り出してさえいます。
何のために?
人間の暮らしを豊かにするために。
けれど、こんなふうに自然に生きる生命たちに涙を流させてばかりいる暮らしが、本当に「豊か」だと言えるのでしょうか。