手塚治虫について 手塚治虫について

手塚治虫のメッセージ

手塚治虫のメッセージ 動物 捨てられた赤ちゃんのために

ぼくたちは間違った道に踏みこんできたのかもしれないが、あの罪のないたくさんの子どもたちを思うとき、とても人類の未来をあきらめて放棄することはできません。

(『ガラスの地球を救え』より)

人間は罪深く、恐ろしい生き物だ。
鹿はそれを知っています。
けれど森に捨てられた赤ん坊を放ってはおけない。
だから鹿は精霊に頼んでその赤ちゃんのためだけに、自分を人間の姿に変えてもらう、という場面です。
この場面には大自然の優しさが溢れています。
「人間なんか」のために自分を犠牲にしてくれる動物たち。
この世界を我がもの顔で荒らし回っている人間は、もしかしたら歴史のはじめからずっと、動物たちのこんな無私無欲なやさしさに守られていたのかもしれません。
そういえば古代遺跡には必ず守り神としての動物が描かれていますね。
なのにどうして人間のほうは無私無欲で動物たちを守ることが出来ないのでしょう?

手塚治虫のメッセージ 動物 命の輪

やまなし

生命の尊厳と生きるということの価値を情報によって子どもたちに与える態度をとることが、ぼくたち大人の高度情報化社会に対する何よりの心構えではないかと思います。

(『ガラスの地球を救え』より)

生き物というのはそれ自体がひとつひとつ大きな輪の中に存在しています。
それぞれの種を繁栄させると同時に、それぞれが別の生き物の餌となる運命を負っている、ということです。
魚は鳥の餌になる。鳥はさらに大きな鳥の餌になり、その鳥の死骸を食べる獣がいて、獣の死骸は分解されて虫のえさとなり、そして花を咲かせる土壌となり・・・この食物連鎖の輪の中にけれど人間だけが加わっていませんね。
けれど、命の輪の大切さを理解し、積極的に生態系を守ることができるのもまた、人間だけです。

手塚治虫のメッセージ 動物 野蛮な猛獣

メタモルフォーゼ ザムザ復活

人間なんて、地球の歴史上では新参者もいいところということです。
それがどういうわけか、いまやわが物顔で、“万物の霊長”と自賛しつつ、欲望のおもむくままに自然を破壊し、 動物たちを殺戮しつづけています。
ほんとうに大切なもの、必要なものは何なのか、じっくり考えてみなければならないギリギリの地点に来てしまっています。

(『ガラスの地球を救え』より)

クジラやイルカを守りましょう! と訴える人たちもいれば、狩猟をスポーツとして楽しんでいる人もいます。
人間って本当におかしな生き物ですね。
やさしさと残酷さが平気で共存できてしまう、 それが人間という種の持つ個性なのでしょう。
そしてその個性ゆえに人間は動物たちをたくさん絶滅させてきました。
人間の営みがもたらした環境破壊のせいで、毎年何百という種が絶滅し続けています。
もういい加減、地球やそこに暮らす生き物たちの「恐ろしい敵」から卒業して「頼もしい味方」としての人間になりたいと、そう思いませんか?