虫ん坊

手塚治虫生誕90周年企画 スペシャルインタビュー第9回 さかなクン【前編】

2019/09/06

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さかなクン。所属する株式会社アナン・インターナショナルの事務所にて。

ギョギョギョ! 手塚治虫90周年企画スペシャルインタビュー第9回目のゲストは、さかなクンが登場!

"マンガの神様"と呼ばれ、自身のマンガ作品を通して、生涯、命の尊さや人間賛歌を描いた手塚治虫。
さかなクンも "お魚の第一人者"としてTVや雑誌、講演会と様々なメディアで活躍し、大好きなお魚についてのお話を通して、命の尊さや感動することの素晴らしさを伝え続けています。また、イラストレーターとしても、表情豊かでイキイキとしたタッチを持ち味に、現在「朝日小学生新聞」にてイラストコラムを連載、訪れた水族館へイラストを寄稿するなど、積極的に活動を行っています。

前編では、絵やお魚との出会いから、どのようにして現在の"さかなクン"に至ったのかを中心に伺っていきます。

プロフィール:
さかなクン
東京都出身、館山市在住。
2010年には絶滅したと思われていたクニマスの生息確認に貢献。さらに海洋に関する普及・啓発活動の功績が認められ、「海洋立国推進功労者」として内閣総理大臣賞を受賞。
2011年農水省「お魚大使」、2012年文科省「日本ユネスコ国内委員会広報大使」、 2014年には環境省国連生物多様性の10年委員会(UNDB-J)「地球いきもの 応援団」の生物多様性リーダーを務める。
2015年3月には東京海洋大学の名誉博士が授与された。
皆様にお魚の情報や正しい知識、美味しい食べ方や環境問題、漁業従事者の皆様とともに明日の漁業を考えて頂こうと全国各地で講演を行っている。


―――幼い頃から絵を描くのがお好きだったそうですが、マンガやアニメを見た影響など、なにかきっかけがあったのでしょうか。

さかなクン はい! 母と祖父の話によりますと、ハイハイをしていた頃から絵を描いていたそうです。
とにかく小さい頃から絵を描くのが大好きで、どんどん夢中になって描くようになったのが、トラックでした。ダンプカーやギョ(ご)み収集車、コンクリートミキサー車といった働く車が格好良くて、ずっと描き続けていたんですが、小学2年生の時に友達がノートに絵を描いていたので、「何を描いているの?」って見たら、タコちゃんだったんですね!
8本足の真っ黒い墨を勢いよく吹き出す、ノートから出てきそうなものすギョ(ご)〜く勢いのあるタコちゃんの絵だったんですけど、それまで、タコの存在って、たこ焼き屋さんの美味しい具という認識しかなかったので、本当はこんな不思議な生き物なんだ!とすギョ(ご)く衝撃を受けて、これは調べてみなきゃと思ったんです。
頭と思っていたあれは胴体だったんだとか、今まで自分が思っていたタコの概念とは全然違っていたということを知るたびにドキドキするような衝撃と感動を受けました。

―――タコによって、既成概念が覆されたんですね。

さかなクン それから、本物のタコちゃんに会いに行かなければ!と、まずは街のお魚屋さんにタコを買いに出掛けたんですけど、小学校2年生ではお年玉じゃないと買えないお値段だったので、お母さんに「タコが食べたいから、タコを買って」とお願いして連れて行ってくれたのが、スーパーの鮮魚コーナーだったんです。ところが、切り身になってパッキングされたタコしか売っていない。どうしても丸ギョ(ご)とのタコの姿が見たくて探し回っていたら、おでんの惣菜コーナーに小さいイイダコちゃんがいたんですね。「こんなに可愛いタコもいるんだ! しかも、1匹ギョ十(50)円!」早速買ってもらいました。

もう嬉しくて、手のひらに乗っけて、いろんな角度から眺めて。「吸盤は2列で、こんなにいっぱいあるんだ」と驚きながら、1時間2時間とずっと観察しながら絵を描きました。タコの香りが部屋中に充満してきて、観察して描いたあとは美味しくいただきました。

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さかなクン 次は元気に動くタコが見たいと、初めて江ノ島水族館に連れて行ってもらいまして。ところが、タコのコーナーに行ってマダコちゃんを見るとタコ壺から出てこないんですね。1時間くらいしてからでしょうか、マダコちゃんの足がタコ壺からヒュルヒュルッと伸びてきて、直接握手しようにもガラスの壁に阻まれてできない。こうなったら、直接、海に行くしかないと、千葉の白浜にいる親戚の家に、夏休みの間は、ずーっとに泊まらせてもらいました。

朝日と共に海に行き、岩の隙間かな? 海藻の間かな? と探し続けてもなかなかタコちゃんには会えなかったのですが、すぐに会えないっていうのもまたよくて。なぜなら、様々な海の生き物に出会えるのです。イソギンチャクちゃんがいたり、アメフラシちゃんがいたり。アメフラシちゃんに出会った時は、つついたら紫色の液がゴワーッと出てきてギョギョッ!とびっくりしたとたんに雨がザザーッと降ってきたので、名前の通りだ!と強烈なインパクトが残っています。初めて見たカエルウオちゃんは、お魚なのに陸に上がって日向ぼっこしている姿に驚きました! 海に行くたびにお魚にも興味を持つようになり、どんどん夢中になっていったんです。

―――お魚との出会いはタコがきっかけだったんですね! 会いたいという気持ちを行動に移すのもすごいですが、実際に憧れのタコにあった時はいかがでしたか。

さかなクン はい! 磯の岩かげにいるマダコちゃんを見つけて服を着たままでしたがタコちゃーんと手をのばしました。海にひきこまれそうなほど強い力で、腕に巻きついた足の吸盤をバリバリ〜ッと剥がすと吸盤の跡がつくほどでした。
大きなマダコちゃんだったので、なんとかバケツの中に入れて、出てこないように蓋をして親戚の家に持ち帰ったんですけど、疲れ切っていたので、石をバケツの上に置いて蓋をして、そのまま眠ってしまったんです。バッと起きてマダコちゃんの様子が心配になり、見に行って蓋を開けたら、真っ白になって伸びているマダコちゃんの姿があったんです! 手を入れても吸盤が吸い付いてこない。後から知ったのですが、酸欠だったんですね。夏の炎天下、外に置いていたので水も茹だったように熱くなり酸素がなくなってしまった。海に持っていき、海水に浸けてもダメでした。生き物の生死を目の当たりにすることで、命の大切さを知ることができました。

―――そういった経験は現在の自分にどのように生かされていると思いますか。

さかなクン 実際に見て触れて、美味しくいただくという経験を通して命をいただいているんだと気付くこともできましたし、人との出会いもそうだと思うんですけど、生き物との出会いひとつひとつがありがたく尊いものなんだ、食べる時は感謝していただくという気持ちが強くなりましたね。

写真を撮って記憶に留めておくことも大切ですが、手塚治虫先生のひとつひとつの素晴らしい作品のように、お魚の感動を絵で表現したい!と思っています。絵を描くことでさらに理解を深めることができ、細かいところにも注目し、心を落ちつかせることもできます。もともと、絵を描くことは好きだったんですけど、自分にとって、お魚をじっくり見て絵を描くということは、本当に大切なことなんだと思っています。

―――イイダコを描いている時もそうだったのかも知れませんが、絵に描くことで観察眼も育まれ、知識も蓄積されていったように感じます。

さかなクン 多角的な角度から描くことで、生き生きとした表情ですとか、感動を豊かに表現できると思います。
図鑑の写真は、ほとんどのお魚が左を向いて載っているんです。でも、自分がお魚の絵を描くときは、なるべく、正面から描くようにしているんです。
両目が見えてかつ形もわかるような、斜め四十ギョ (5)度って言うんでしょうか。人と対話をするときって、向かい合って話しますよね。そこは、お魚も人も一緒。正面を向くことで、角形だったんだ!とか、こんなに平らだったんだ!とか、新しい発見があるんです!

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さかなクンの白衣の裏側には、今にも動き出しそうなハコフグやエビスダイ、サクラダイが正面顔やななめ45(ギョ)度で描かれています。エビスダイは、その特徴的な口元から、通称「オバQ」と呼ばれているそう

―――さかなクンのイラストから伝わるイキイキとした表情は、そうやって生まれていたんですね。お魚と出会い、お魚に携わるお仕事がしたいという気持ちはいつ頃芽生えたのでしょうか。

さかなクン 大人になったら、大好きなお魚の絵を描いたりしながら、お魚の素晴らしさを伝えていきたいという思いはずっとありました。小学校の卒業文集を書く時には、「東京水産大学(現:東京海洋大学)に入って、お魚のことをしっかり勉強して、自分の絵で描いた図鑑を作って、みんなにもっとお魚のことを知ってもらいたい」というような内容を綴っていました。
ところが、中学の頃......、思春期の真っ盛りですね。実は、自分に自信がなくなっちゃったんです。

―――え......! いったい、何があったのでしょうか!

さかなクン 頭のなかはずっとお魚ばっかりだったので、周りからはそんな自分のことを変わっているなぁという雰囲気がありました。「やい、タコタコ!」なんて呼ばれても逆に喜んでいたのに、これはもしかしてからかわれているのか?と気付いてからだんだん元気がなくなってしまって。

すると、母が、「お魚を見ているときはあんなに笑顔で幸せそうにしているんだから、笑顔でいた方が良いよ。その幸せそうな顔を見て、みんなも幸せになるんだよ」と言ってくれたんです。それまでは全然気付かなかったのですが、お魚屋さんのおじさんたちも、自分がお魚を見るたびに大喜びしていると「お前よく知ってるな、じゃあ今度は知らない魚仕入れとくぞ!」と、喜んで協力してくださっていたんです。その時から、だんだん笑顔でいなきゃという意識が芽生え始めました!

高校生の時に、「TVチャンピオン」という番組に出演しました。焼き魚のにおいやレントゲン一本の骨で魚の種類を当てるような、とても当たりそうにない難しい問題ばかりだったんですけど(笑)、ほかの参加者はポンポン当てていくんです。だから、この人スギョ(ご)イなぁ~と拍手していると、「あの子は他の人が当たっても拍手をして、なんてイイ子なんだ!」と言われたり(笑)。純粋にすごいな~と思ったんですけどね。もちろん、自分が正解したら、「当たったーー!!!」と飛び上がって喜んでいたんですけど、周りの皆様も一緒に喜んでくださったんです。その時に、「そうか、喜びってこうやって身体で表現していいんだ!」ということに気付き、それが今も変わらず続いているのかなと思っています。

―――そんなエピソードがあったんですね! 高校卒業後はどのような道へ進まれたのでしょうか。

さかなクン 高校3年生の時、「東京水産大学に入学するぞ!」と意気込むも、お魚ばかりで勉強そっちのけになってしまっていたので、全然入れるレベルではありませんでした。卒業後の進路に悩んでいると、担任の先生が、渋谷にある動物の学校を紹介してくださり、そこに入学しました。希望していた水産生物科が定員割れで廃止になるというハプニングもありましたが、アニマルケア科という、動物全般を学ぶ学科で学ぶことになり、水族館で実習を学べる「水族館概論」という授業を受けることにしたんです。

―――はじめの一歩は水族館からだったんですね。

さかなクン 2年間のうち最初の1年は、静岡県清水市にある東海大学海洋科学博物館、次の2年は、池袋にあるサンシャイン国際水族館(現:サンシャイン水族館)で勉強させていただいたんですが、自分の考えが甘かったことを思い知らされました。水族館の仕事というのは、掃除から始まり、餌作りをして、さらに、どのポンプがどのコックをひねるとどうやって水が流れてくるか? など全部覚えないといけないんですけど、これが全く覚えられないんです! 本当に失敗ばかりくり返していました。そして、落ち込むたびに口元が笑っているような可愛いエビスダイというお魚の水槽に行き、「そんなこと深海では些細なことだよ。ボクなんか、サメに食べられそうになったよ」と励ましてもらっているような気持ちになっていました。

実習が終わる頃に、飼育員のトップの方が「水族館の仕事というのは、魚もそうだけど、海の生き物全般、自然科学への理解を伝える場所なんだよ。ただ魚が好きなだけじゃやっていけないぞ」と仰ったのですが、まさにその通りでした。
水族館でお魚の担当になれば良いですが、イルカやラッコなどの海獣類の班になる可能性もあり、機械担当のエンジニアになることも。そうなると、大好きなお魚の絵を描いて素晴らしさを伝えたいという気持ちとかけ離れてしまう。自分にはちょっと無理なんじゃないか? と思いました。

―――お魚だけに関わるわけじゃないですもんね。やりたいことともかけ離れてしまうとなると......。

さかなクン それから、熱帯魚屋さんやお寿司屋さんで働いてみたんですけど......。全部、自分に向いていないなと。一体、何が自分に向いてるのか、本気で悩んでいたんです。

そんな時、お寿司屋さんの大将の川澄さんが、「君の絵は見ていて癒されるし、俺たちも君の絵は大好きだから、俺の店の壁に思いっきり絵を描いていいよ」と言ってくださって。画材や脚立も揃えてくださり、時給も1000円出してくださることになって、「これで生活ができる!」と来る日も来る日も、雨が降っても雪が降っても壁に絵を描き続けました。となりの工事現場のおじちゃんが「こっちの脚立がいいよ」って声を掛けてくれたり、通りかかる幼稚園児の子たちも「あ! マグロが増えてる!」と反応してくれたり。絵を通じてとても楽しくて嬉しい経験をさせていただきました。

すると驚いたことに、ドキュメンタリー番組のディレクターさんが「面白い!」と言って、テレビで取り上げてくださいました。放送された番組を今の所属事務所の会長さんが観てくださったことがご縁となって、イラストのお仕事やTV出演のお仕事がだんだん増えていき、現在に至ります。ですので、お魚や周りの方が気付かせてくれて、今があるという気持ちが自分のなかに強くあります。

―――なろうとしてなったわけではなく、いろんな方が才能に気づいてくださって現在がある、と。

さかなクン 自分がやりたいことは、"さかなクン"という活動じゃないとできないということにだんだん気付いていきましたし、テレビや新聞、そして講演会など、"さかなクン"という活動を皆様が作ってくださったという感じです。

そして、ずっと東京水産大学に入って学びたいという気持ちを持ち続けていたところ、2006年に東京水産大学の先生方が、マグロについて語るシンポジウムにゲストとして招いてくださいました。そこで、自分のマグロに対する想いをお話させていただいたところ、「うちの大学と一緒に研究していこう」と声を掛けていただき、2006年から客員助教授(現:客員准教授)として就任することとなりました。夢じゃない!こんな奇跡があるんだ!!と感激したことを覚えています。
小さい頃から、絵を描くのが大好き、お魚が大好きという気持ちをずっと持ち続けてきて良かったなぁ、ずっと好きであり続けるということは素晴らしいことなんだなぁと心から思いました。

後編に続きます。マンガ好きというさかなクンに、好きな手塚マンガやマンガ表現についてはもちろん、お仕事への姿勢、今後新たに挑戦してみたいことなどについて語っていただきます。

公開日は、2019年9月20日(金)を予定しています。お楽しみに!


●バックナンバー

 生誕90周年企画 スペシャルインタビュー

・第1回 松浦だるまさん

・第2回 大塚明夫さん

・第3回 中村佑介さん

・第4回 [ALEXANDROS] 庄村聡泰さん

・第5回 最果タヒさん

・第6回 横尾忠則さん(前編)

・第6回 横尾忠則さん(後編)

・第7回 田亀源五郎さん(前編)

・第7回 田亀源五郎さん(後編)

・第8回 上田啓太さん(前編)

・第8回 上田啓太さん(後編)


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