虫ん坊

手塚治虫生誕90周年企画 スペシャルインタビュー第8回 上田啓太さん【前編】

2019/07/18

90th_interview_201907_01.jpg

いよいよ8回目となる手塚治虫90周年企画スペシャルインタビュー、今回のゲストは鋭い視点で日常からマンガ・音楽までを斬るブロガー・ライターの上田啓太さんです。

「マンバ通信」の「マンガ再々々々々々読!」で書かれている漫画についてのエッセイは、いずれも主にネット上で多大な人気を博しています。「ドラゴンボールのヤムチャが、ザコとしての地位を確立できた理由」「わずか13ページの心理劇 さくらももこ『永沢君』」など、タイトルを見ただけでも、いったいどんな記事なのか、気になるのではないでしょうか。

 前編の今回は、上田さんの主なお仕事や、バズる文章を生み出す秘密について伺いました。


◆選んだつもりはないけれど

――上田さんの主な活躍の場はネットメディアでのコラムが中心ですが、『GINZA』などのファッション誌などにも文章をよせていらっしゃいます。ライターになったきっかけは何だったのでしょうか。

上田啓太さん(以下、上田) じつは、選んだつもりはないんですよ。もともと、「真顔日記」というブログを個人で自由にやっていて、その流れで徐々にネットで記事を書いてみないか、というふうに声を掛けられるようになりました。いわばなし崩し的にライターになった、という感じです。

 ただ、この仕事ぐらいしかできないかも、という感覚はあります。あまり人と会わずに、家で一人でできて、昼夜逆転してもいい。人と話さなくてもいい。文字だけで完結できる仕事ですから。

――人とのコミュニケーションはそれほどお嫌いじゃないのかな、と思うのですが。

上田 苦手ではないんです。でも、人と会わなくても全く平気なんです。多分素質的に、人がいなくてもストレスを感じないんです。

 みんなよく「一人じゃさびしい」って言いますけど、あれがよく分からない。

――初めは、オモコロ(編注:現在は株式会社バーグハンバーグバーグが運営するWEBメディア https://omocoro.jp/に在籍されていたということですが。

上田 23歳から25歳ぐらいまでですね。大学を卒業したてのころですよね。フリーターをしながら、オモコロで3年ぐらい書いていました。

――そのころは取材仕事とかもなさっていたんですか?

上田 いいえ、今のオモコロは写真もいっぱいあって、記者も顔写真付きで載せていたりしますが、当時のオモコロは、個人の運営する趣味性の強いサイトだったんです。シモダテツヤさんというリーダーのような立場の方が、面白いことをネットでやっている人たちを集めて書かせているだけみたいな感じでした。だから記事といっても、みんなが勝手に妄想みたいなことを書いたりするだけで、今みたいにきちんとはしていなかったんですね。僕もブログの延長のような気持ちで書いていたので、仕事感覚はなかったです。

 その後、僕が2010年以降引きこもって、人の家で居候していた時期に、オモコロのほうはビジネスとして整っていった感じですね。

90th_interview_201907_02.jpg

――昔から文章を書くのは得意だったのでしょうか?

上田 実は高1の時にホームページを始めるまで、特に日記をつける習慣もなかったです。ホームページを作ってみたのも、パソコンを買ってもらったからで。だから、自主的に紙の原稿用紙に字を書く、というような経験もないです。

 学校の友達にパソコンを持っている奴がいて、最初はネット上でチャットみたいなのを初めて、全然知らないところの高校生と毎晩チャットをするようになって、そこからホームページを作ってみようと。

 設立し始めのころはテーマみたいなものもなくて、単なるホームページでした。ホームページを運営していると、たとえば「BBS(編注:「Bulletin Board System」の略。いわゆる掲示板)設置しました」とかそういうホームページの運営に関する報告みたいなものを書き始めたのが最初です。設置したBBSに、「新しく作ったので、書き込んでみてくださいね」と書いたりして。そこからちょっとずつ、自分の日記を第三者に読まれる前提で、面白く書こう、みたいな感じに意識が変わっていったんです。

――文体やスタンスで影響を受けた作家はいらっしゃいますか?

上田 橋本治には影響をうけています。これは後で知ったんですが、橋本治の作風や視点って、テキストサイトとかのルーツみたいな感じなんですね。80年代のエッセイは今のブログに通じるものがあります。短い文章――1000字から3000字ぐらいで、ポップに書かれている。「ロバート本」っていうエッセイがあるんですが、ベートーヴェンとか、谷崎潤一郎といった難しそうなものを気軽にしゃべってるんですよ。ポップな語り口なんだけど、中身は深いんです。そういうところから徐々に、テキストサイトのような文化にもつながっていったのかな、と思います。

 文筆の世界では、80年代あたりに文化的な切断線があるように思いますね。村上春樹や糸井重里が出てきたのもそのころですし。僕自身は84年生まれなので、後追いなんですけれども。

  • ◆「2000連休」を経て

  • ――ジモコロで連載されていた「京都ひきこもり大演説」では、6年ほど何もしていない時期を「2000連休」と表現されて、その間にご自身に起こった変化を克明にまとめていらっしゃいますね。

    上田 25歳ごろにオモコロを一度離れて、312の頃まで、人の家に居候していました。

    ――そのころにずいぶんたくさんの本を読まれたそうですね。

    上田 はい、かなり短期間に。本格的に本を読み始めたのがそのころ以降でしたから。大学時代も読んではいましたが、とにかく読む量がぐっと増えた。時間はたくさんある時期でしたから。

    ――2000連休は想像がつきません。ただ怠けてしまいそうですが、上田さんは図書館に行ったり、本をたくさん読んだりと有意義に過ごされています。

    上田 2000連休なんて大抵のかたは未体験じゃないですか。怠けるっていうのは100日ぐらいまでの話じゃないかな、と思うんですよね。たぶんどこかの段階で働いてしまいます。社会と2000日ほとんど接点を持たずに生きていく、というのは向き不向きがあるかもしれません。

     今、ライターを再びやるようになったのは、もう一人で考えるのは充分やったかな、という感覚があるからです。本当に完全に人との関わりを断っている2年ほどの間は、ブログの更新もやめていました。一人になって考える時期を持ったことで、ある意味納得した、というか。じゃあそろそろ、社会とどう接点を作っていこうか、と思って、徐々にブログなども更新するようになって、ライターの仕事にも復帰しました。

     2000連休の後半で離人症のような状態になっていくことを書きましたが、僕にとっては子供の頃に持っていた感覚なんですよね。離人症的な感覚がまずあって、その後10代で社会化されていくプロセスがあったものの、うまく社会化されず、ずっと違和感が残っていたんです。一度社会から離れてみると、子供のころの感覚が思い出されてきて。

buddha_uedakeita.jpg

人との交わりを完全に断ってみて見えてきたことを綴った「人は2000連休を与えられると、どうなるか?」で書かれているプロセスに似ているな、と記者が思ったのが、「ブッダ」のこのシーン。人は休みすぎると「空」を悟るのか。

◆「バズる」ことの不思議

――上田さんの文章はよくバズって(SNS等で話題になり、沢山の人に引用されること)いますよね。何が原因だと思いますか?

上田 なんか、考えてもよく分からないんですよ。最近、内容は関係ないんじゃないか、と思っています。つまり、バズりやすい内容だとか、切り口だとかいうものがある、という発想は実は正しいようでそうではなくて、筆者がそれを書いているときの状態の方が大きな影響を与えるのではないかと思っています。

 僕の場合、完全に「抜けている」ときですね。日常的な意識が抜けているとき。書いた文章を、結果的に自分でもあまり覚えていない、というような。

 事前に内容について何も考えていないのに出てきたというようなときのほうがネットで多くの反響をいただくのですが、そういうのって再現出来ないんですよね。抜けていれば当たるかというと、それも違ってて、あくまで「当たりやすい」だけで。

 偶然に当たったとして、なんかこういうパターンだから受けたのかな、と思って同じようにやってみても、次はそこまでは行かなかったり。

 だから僕は「ヒットの法則」的なものをあまり信用していません。本屋でも「ハリウッド脚本術」みたいな本が出ていますが、あれってどちらかというと70点ぐらいの平均値を取る、底を上げるための技術で、トップを伸ばすためのものじゃないんです。ある意味プロとしてやっていくなら、そういうものも大切なんでしょうけれど。

 頭一つ抜きんでるためには「抜けて」いるべきで、今はそっちに興味があります。

――それでもたまに野心のようなものが出ちゃうことはないですか?

上田 人と比べて自分が偉いかどうかとかあまり興味がないんです。そもそもあまり、人に興味ないかもしれない。

 逆に言うと、そこが僕の欠点かもしれません。もう少し、普通の野心があったほうがいいのかな、と。例えば手塚先生があれほどのすごい作品を残せたのは、そういった世俗の野心が強烈にあったからなんじゃないか、とも思いますし。手塚治虫の、新しいマンガが出てくるとそれに対抗して描くみたいな姿勢って、ある意味ものすごい強いエゴがあるってことですよね。そういうものがもともとあんまりないんですよね。

――では、こんな仕事を残したい、みたいなのはありますか?

上田 そういうのはあるかも。でも、それが実はよくないんじゃないかと今は思っていて。

 さっき話したように一番良い仕事ができる精神状態の「抜けているとき」って、あまり未来のこととか考えてないんですよ。「いい仕事を残したい」みたいな欲って、仏教でいう「執着」みたいなものですよね。それすら捨てるべきかどうかがまだ分からない。

 僕のタイプ的にそういう執着で文章を書くタイプじゃないのかもしれないな、と。世の中には、ピカソみたいに世俗的にも欲が大いにあって、作品もガンガン作れるみたいな人もいますよね。ああいう人はどうしているんだろう。作品を作るときだけ、パッと「抜け」ちゃって、またすぐ戻って来られるのかなあ。

後編につづきます。後編では、上田啓太さんはどう手塚治虫を読むか? を伺います。お楽しみに!


上田 啓太

 文筆業。ブログ:http://diary.uedakeita.net/


●バックナンバー

 生誕90周年企画 スペシャルインタビュー

・第1回 松浦だるまさん

・第2回 大塚明夫さん

・第3回 中村佑介さん

・第4回 [ALEXANDROS] 庄村聡泰さん

・第5回 最果タヒさん

・第6回 横尾忠則さん(前編)

・第6回 横尾忠則さん(後編)


CATEGORY・TAG虫ん坊カテゴリ・タグCATEGORY・TAG虫ん坊カテゴリ・タグ

TAG