虫ん坊

手塚治虫生誕90周年記念企画 スペシャルインタビュー 第7回 田亀源五郎さん【前編】

2019/02/04

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手塚治虫90周年企画スペシャルインタビュー7回目のゲストは、マンガ家でありゲイ・エロティック・アーティストの田亀源五郎さん。

自身もゲイであり、過激ながら繊細に描かれる作風で国内外のゲイアートシーンで活躍。初めて一般誌で連載された『弟の夫』は、2018年3月にNHK BSプレミアムでドラマ化され、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。また、アメリカのマンガ賞・アイズナー賞では最優秀アジア作品賞を獲得、情報誌「The Hollywood Reporter」の2018年ベストコミックスに選ばれるなど話題となりました。

前半では『弟の夫』に触れながら、手塚ファンだという田亀さんに手塚マンガとの出会いや影響を受けたところ、ベースとなっているというマンガ表現などについて語っていただきました!



―――LGBTをテーマとした作品『弟の夫』は、原作もドラマも拝見したのですが、性の既成概念や家族とはなにかを深く考えさせられ、とても感動しました。やはり、ご自身の実体験も多く含まれているんでしょうか。


田亀源五郎さん(以下、田亀) やっぱり、あちこちに反映はされていますね。例えばノンケ*さんがゲイカップルに対してどっちが奥さん役なのか気にしたがるなどは、ここ数十年嫌ってほど聞かれてきましたし。

*ノンケ......異性愛者のこと。同性愛者から見て、同性愛の気がない人を指す言葉。


―――他のインタビュー記事では、「小学生でも読めるマンガにしたかった」と語っていましたね。


田亀 これは少し誤解を招いている部分があって、私が言う「小学生でも読める」って、内容的なことではなくてレーティング*の話なんですね。単純にセクシャルな表現におけるレーティングのラインを小学生に合わせたんです。中学生だったらもう少しお色気シーンが増えるとか、高校生向きだと少し性的な描写も入ってくると思うんですけど、障害になる要素があると「この本は読ませたくない」と付け込まれる隙になってしまう。つまり、「これは子供に読ませたくない」と誰かが言ったとしたら、「そう思うことが問題なんじゃない?」と話を持っていけるようにしたんです。

*レーティング......映画・テレビ番組やゲーム-ソフトなどの内容について、ある年齢以下の子どもの視聴・利用が適当であるかどうかを表示すること。また、その表示。


―――レーティングを小学生の基準に合わせた理由はなんですか。


田亀 私がいままで描いてきたアダルト作品は、その世界が好きな人だけに読んでいただくように、意図的にターゲットを絞り込んでいたんです。それが私のやるべきことだと思っていたので、その世界が好きじゃない人のことは全く考えずに描いていた。でも、「月刊アクション」(双葉社)の担当者から、一般向けになにか描きませんかというお話を頂いたときに、趣味的でクローズドな部分を持ち込む必要はないし、いままでとの一番の違いはターゲットの広さだと思ったんです。とにかくひとりでも多くの人に読んでもらいたいという思いで描きました。その中に、親子で読んでもらうという可能性も担保したかったので、レーティングは「小学生でもOK」にしました。


―――ターゲットを広げて描いてみていかがでしたか。


田亀 私は『弟の夫』を「ノンケ向けゲイマンガ」というコンセプトで描いていたんですね。ゲイ向けのゲイマンガじゃなく、ノンケ向けのゲイマンガがあったら、斬新で面白いなと。

作家としての自負があるので「ひょっとしたらミリオンセラー行くかも」ぐらいの気持ちで描いているんですけど、いつも評論家サイドの自分がいて、「お前ね、ノンケ向けゲイマンガって、それマーケットどこにあんのよ?」ってツッコむんですよ。


―――(笑)。


田亀 なんせ初めての試みなもんですから、私を含め、出版社側も編集者側もどう転ぶかまったく想像がつかない手探りの状態でやっていたんです。幸いにして良い具合に受け止めていただけて、ありがたい結果になったなとつくづく思っていますね。マンガとしても自分の考えるこれ以上でもこれ以下でもないという分量できちんと終わらせることが出来ましたし、ドラマに関しても素晴らしいものを作っていただけたので。


―――田亀さんが性に目覚めた当時と現在とで、マイノリティを取り巻く環境というのはどう変化していると感じますか。


田亀 変わった部分もあるし、まったく変わっていない部分もありますね。

ゲイに関して言えば、ほんの10年くらい前までの日本では、一般のメディアや新聞に載るなんてことはまずありえなかった。海外からは私の作家活動についてテレビや新聞の取材がいくらでも来ていたんですけど、日本ではまったくありませんでしたから。それがごく当たり前に新聞に載るようになったのはすごく大きな変化だと思います。非アダルトものを描いたからというのもあるかも知れませんけど、世の中の人々の抵抗がなくなってきたのかなと感じますね。


結果として、そういったニュースや話題が世の中にでていく確率が高くなりましたし、『弟の夫』という作品に対して、編集者と出版社がOKしたこと自体、昔では考えられなかったことかも知れない。ましてや、それが話題作になったり賞を取ったり、ドラマ化するなんていうのはまったくなかった。それを考えるとゲイやセクシャルマイノリティをとりまくメディアの環境は日々新しく動いているなと思います。


一方で、じゃあ、高校生や若いゲイ、社会人のゲイの人たちがカジュアルに自分を隠さないで生きられるようになったかというとそんなことはないんです。

そこはまったく変わっていない感じがしますね。変えるべきところはまだまだいくらでもあります。


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―――田亀さんのキャリアについても伺いたいのですが、まず、マンガ家を目指そうと思ったきっかけを教えてください。


田亀 正直な話、マンガ家を目指したことはなくて、気が付いたらマンガ家が一番自分に合う職業だったという感じですね。

私は元々ゲイポルノをメインに活動していたので、その中のひとつの手段として、マンガがあったという感じなんです。小説も書きイラストも描いている中で、マンガというのはストーリー性がありつつ、視覚的にも刺激的だというので、ポルノ、エロティックアート全般を描くのにすごく向いていたんですね。そこから30年間、わりと集中的にマンガを描いていたら、いつの間にか世の中がマンガ家として扱うようになっていたという感じなので。


―――マンガとの出会いはいつ頃だったのでしょうか。


田亀 うちは基本的にマンガ禁止という家庭だったんです。ただ、その中で手塚治虫のマンガだけはOKというルールがありまして。自分のお金で買えるようになる中学生ぐらいまで、床屋で読むか、いとこが持っている少女マンガを読んでいたくらいで、家にあるのは手塚マンガばかりでした。


―――ご両親が手塚治虫ファンだった、と。


田亀 そういうわけでもなくて、うちの父はクラシック音楽がすごく好きだったんですね。父は、マンガやアニメーション文化というものを低く見ていた人だったんでしょうけど、手塚治虫のアニメーションに関しては、冨田勲さんが楽曲を手掛けていたこともあり、「手塚の作品はちゃんとしたもの」という印象があったんだと思います。

情操教育として良かろうということで、幼少の頃から『子どものための交響詩 ジャングル大帝』を聴かされて育ちました。実際、私もその交響組曲に夢中になって。その流れで、他のマンガはNGだけど、手塚先生のマンガだけは買ってもらえました。ただ、中身はチェックしなかったんですよ。きっと、手塚作品の全てが『ジャングル大帝』のような教育によいマンガだと思っていたんでしょうね。


―――大人向けマンガなどにはきわどい描写の作品もありますからね。


田亀 手塚先生ってなんでもお描きになるじゃないですか。読んでいると自ずとジャンルに偏りがなくなるというか。

私は子どもの頃、スポ根が嫌いだったんです。世間一般の男性像と自分の男性像の間に違和感がありまして、ああいう男らしさを押し付けられることにものすごく抵抗感があったんですね。幸い手塚先生はスポ根は描かれていなかったので(笑)。すんなり入っていけました。


―――なるほど(笑)。ご自身のHPのプロフィールには、『どろろ』に影響を受けたとありましたが。


田亀 きっかけはテレビアニメーションでしたね。幼稚園か小学校低学年ぐらいの頃にやっていて、原作を読んだのは2巻か3巻をねだって買ってもらったのが最初だったと思います。

アニメの方は怖かったんですよ。後になって調べてみたら、私がよく観ていたのは、子供向けに路線変更した中期以降のクールのものだったんですけど、それでもやっぱり怖かったですね。特に、「白面不動の巻」という回。お不動様の顔が奪い取った人間の顔に変わるという話なんですけど、いまでもよく覚えています。

アニメ『どろろ』(1969年4月6日~1969年9月28日放送)より「白面不動の巻・その一」の一部。モノクロなのもあり、おどろおどろしい


―――『どろろ』で好きなキャラクターはいますか?


田亀 当時、アニメーションで観ていた時は百鬼丸が好きだったんです。ところがマンガ版では、格好良いなとは思うけど、ものすごく好きって感じはしないんですよね。で、大人になってからアニメーションを観返したら、アニメ版の百鬼丸ってマンガ版より年上なんだなと気付いたんです。絵的にもアニメ版の百鬼丸って胸の真ん中に一本線が入ってるんですよ。つまり、胸筋の割れ目がある。

でも、マンガ版はそれがないんですよね。だから、子どもの頃にアニメの格好良い大人の百鬼丸を見て、ちょっとエロティックなモヤモヤは感じていたんだと思います。まあ、マンガ版でも、どろろの親父さんの火袋にちょっとドキドキしたとかはあるんですけど。私、わりとゴツイ男が無残に死ぬのが好きなんで、火袋の死に方は印象に残っていますね。

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戦に巻き込まれ、生きていくために夜盗となった火袋。最後は敵である侍に槍で刺されてしまう......


田亀 手塚先生の作品の場合は、キャラよりもストーリーの方に頭が行ってしまって、キャラに思い入れというのは全般的にないんですね。そこはひょっとしたら、自分のマンガの読み方や描き方にも影響を与えているかも知れません。 私の作り方というのは最初にストーリーありきで、それからキャラが出てくるという感じなので。読む時もキャラで読むというのはあまりしないですし。

あと、『どろろ』は子供向けのマンガにしては内容に容赦がないので、そういうハードな世界観に惹かれてた部分はありますね。未完だったというのも私にとっては大きかった気がします。人間やっぱり未完だと続きが気になるものじゃないですか。実際、小学校の四年生くらいの頃かな。ノートに描くようなレベルですけど、「あの続きはなんとかしなくちゃいかん!」みたいな話で友達と盛り上がって、二人で続きを描くという無謀なことをやったことがあるくらい(笑)。結局、2ページしか描けなかったんですけど(笑)。


―――(笑)。どんな話なのか気になります。


田亀 まったく覚えてないですけどね(笑)。


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―――絵を描くことはもともとお好きだったのですか?


田亀 幼稚園の頃から好きでした。周りが褒めるから増長してっていうパターンで、身近なものを描いたり、落書き的なものをひたすら描いていて。
親の情操教育の一環で、子どもの頃からピアノを習ってたんですけど、引っ越した際、近所にピアノの先生がいなかったんですね。私がふてくされていたら、絵の先生を探して来てくれて、そこに行かせてもらうことになりまして。小学校の時にはその先生の所で油絵などを描いていました。


―――そこで絵の土台が築かれたんですね。例えばコマ割りや擬音の使い方など、手塚マンガのマンガ表現に影響を受けた部分はありますか。


田亀 昔もいまも変わらず、レタリングはかなりオシャレだと思いますね。セリフの描き文字も含めてタイトルデザインもご自分でされているのを後々知って、ますます素敵だなと。意識的に手塚マンガや他のマンガを読み始めた高校生の頃は、手塚先生の描きおろし単行本時代の表紙デザインに夢中になっていました。


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『月世界紳士』の表紙。田亀さんが高校生の頃にSFブームが起こり、SF系のムック本によく手塚作品の表紙絵が掲載されていたそう


田亀 でも、じゃあ私が自分のマンガの中で手塚的な描き文字を使うかというと、デザイン的にオシャレ過ぎて逆に使えないんですよ。心象表現もそう。『人間昆虫記』や『きりひと讃歌』では、ものすごくアバンギャルドなことをやっていて、いま見てもスゴイなと思うけど、そんな冒険心は私にはないし、もう少しわかりやすい方向に持っていく。

手塚作品って、マンガ文法の基礎みたいなポジションにあると思っていて。マンガ表現の影響という意味では、いまもその基礎に基づいて描いていますし、意図的にインスパイアを受けたページとか構図をイメージして、取り入れたりすることがあります。


―――それは具体的にどんな作品や構図だったりするのでしょうか。


田亀 私の長編で『外道の家』*というのがあるんですけど、これは完璧にベースが『奇子』なんですね。
手塚先生が、横溝正史的なものと松本清張的なものを合わせて新しいもので作ろうとなさったのが『奇子』なのかなって思いながら読んだんですけど、私はその中でも横溝正史的な部分がすごく好きだったので、横溝正史作品に代表されるような、田舎の封建的な日本の家の中で起こるドロドロ劇というのをゲイ・ポルノで描いてみたいなっていうのがあって。

『外道の家』は最初、旧家を畑越しで、引きのロングで見ている大ゴマから始まるんですけど、これは完全に『奇子』に出てくる屋敷の絵をモチーフに自分なりに翻訳して描いています。

ラストシーンのクライマックスも、主人公が去って行くのを副主人公が追いたいけど追いかけられず見送る、というのを俯瞰で大ゴマで描いてるんですけど、これを描いた時に頭の中にあったイメージは『どろろ』のラストシーンでしたし。そういう意味では手塚的なものを意図的にオマージュとしてやりたいなと思って描いた作品でしたね。

*『外道の家』......2007年に完結した全3巻からなるゲイ・ポルノ作品。現在入手困難。

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上は『奇子』、下は『どろろ』の該当シーン


―――昔と今とで画風の変化などはあったりしますか。


田亀 絶えず変化していますね。絵を描いている以上、より良い絵にしたいとブラッシュアップすることを意識しています。
私の場合は線なんですけど、自分が描きたいカタチを再現するのに最適な線というのを求めるわけです。

線を突き詰めていくと、限界なのか完成なのかわからないけど、あるとき、これ以上がない段階に至る。そうなると、その線の方法では打開策がないので、一回壊して逆のアプローチをする。自分の気持ちもリセットされるところもあるので、それを繰り返しています。こんな個人的な話つまらないんじゃないかなあ(笑)。


―――(笑)。体毛の描き方もとても細かく、思わず触りたくなるような質感のある描写をされていますが、線を追求した結果だったんですね。どんな道具を使って描かれているのかも気になります。


田亀 手描きで丸ペンですね。体毛は、どの程度フワフワでゴワゴワなのか、自分のなかのイメージで描き分けて描いています。
私の場合、エロティックアートを描くときに、どこまで質感を感じさせられるかということがとても重要なことだと思っていて。陰影もないただの線画なのに、触ったときの肉の感触とか重みとか指のめり込み具合とかを感じさせることができたらいいなと。

ただ、一般向けの作品を描くときになるとそこが弊害になってしまって(笑)。肉体の重さとか描く必要がないのについ出してしまっていて、自分でも描きながら、もう少し軽い絵の人にお願いした方が......と思ったりはするんですけどね(笑)。



後編に続きます!! 後編では、よりディープな手塚マンガの話や田亀さんがリメイクされた手塚作品、現在連載中の『僕らの色彩』などについてお送りします。
公開日は、2019年3月4日(月)を予定しています。お楽しみに!



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田亀源五郎
1964年生まれ。日本のゲイ・コミック作家を代表するひとりで、自らを「ゲイ・エロティック・アーティスト」と称している。
多摩美術大学卒業後、アート・ディレクターをしつつ、86年よりゲイ雑誌にマンガ、イラストレーション、小説等を発表。94年から専業作家となり、ゲイ雑誌「G-men」(ジープロジェクト)の企画・創刊にも協力。同時に、日本の過去のゲイ・エロティック・アートの再評価および研究、また、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツなどのゲイ・メディアでも活動を開始する。作品は国内外で出版され、フランスでの個展や様々な企画展への招聘参加など、美術家としても世界中で高い評価を得ている。『弟の夫』では賞を多数受賞。現在、「月刊アクション」にて『僕らの色彩』を連載中。

http://www.tagame.org/


●バックナンバー

 生誕90周年企画 スペシャルインタビュー

・第1回 松浦だるまさん

・第2回 大塚明夫さん

・第3回 中村佑介さん

・第4回 [ALEXANDROS] 庄村聡泰さん

・第5回 最果タヒさん

・第6回 横尾忠則さん(前編)

・第6回 横尾忠則さん(後編)


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