ドラマイズム『アポロの歌』　二宮健監督×MBS上浦プロデューサー×手塚プロダクションライセンス部湯本　鼎談　その6

2025/03/25

2月18日から放送開始のドラマ『アポロの歌』。髙石あかりさん、佐藤勝利さんのダブル主演の本作は、タイトルの通り手塚治虫が1970年に『少年キング』に連載したマンガ『アポロの歌』を原作としています。

　手塚治虫の大ファンという映画監督・脚本家の二宮健さんを監督に迎え、全7話のドラマとして制作された本作は、どのような哲学の元に作られたのか。

監督、担当プロデューサー、手塚プロダクション翻案担当者の三人が話します。

プロフィール

二宮健

映画監督、脚本家。大学の卒業制作『SLUM-POLIS』(2015)が、第23回レインダンス映画祭に正式出品されて全国で劇場公開される。2017年、『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』で商業映画デビュー。2019年、岡崎京子原作の『チワワちゃん』が公開。2022年の『真夜中乙女戦争』では、第26回プチョン国際ファンタスティック映画祭にて最優秀アジア映画賞を受賞。そのほかの監督作品に『疑惑とダンス』(2019)、『とんかつDJアゲ太郎』(2020)、『Sleepless/米国音楽』(2023)など。また、映画監督同士が声を掛け合ってオーガナイズされる映画上映企画『SHINPA』の代表を務める。『アポロの歌』では監督、脚本を手掛ける。

第6回　髙石あかりの「シグマ」と、佐藤勝利の「昭吾」

湯本：ドラマそのもののお話もしたいと思います。事前に映像を拝見したのですが、大変感動しました。

二宮・上浦：ありがとうございます。

湯本：髙石あかりさんも、佐藤勝利さんもベストキャスティングで。佐藤さんの、不安定そうな、自分に自信のない、人生に迷いを抱えたような雰囲気は近石昭吾そのものですし、髙石さんも変幻自在で、"ばけもの"ぶりを発揮されています。

　おふたりとはどのように演技プランを組み立てていったのでしょうか。

二宮：髙石さんはおそらく、言語を操るのが好きな方なんですよ。発話をコントロールするのが好きで。自分がシグマを演じるにあたって考えてくれたプランを提案してくれて。予想の斜め上だったんですが、髙石さんのなかで一番整理がついているのが伝わったし、演技そのものも面白かったから、「それでやってみよう」と言いました。

上浦：本読みの際、髙石さんが提示された３パターンぐらいの内から、一番チャレンジされていたものを採用されていましたよね。

湯本：4話で初めて合成人のシグマ王が出てきたときに「これは誰だ？」ってなりますよ。

二宮：ご本人もシグマを演じることを主軸にして、ほかを演じていると思います。

湯本：まずシグマをたてて、そこからほかのキャラクターを演じ分けているんですね。

上浦：原作でも、シグマはすごくいとおしいキャラクターじゃないですか。何度殺されても「愛しているわ」って言いにくる、人ならざる者。怖いけど、やっぱりすごくけなげでいとおしい。髙石さんもその点を読解されたうえで演じていて、シグマが愛おしく見えるかを大事にしてくださったな、と思いました。

二宮：髙石さんご自身にも、若干人ならざる者の雰囲気がありますよね。

湯本：佐藤勝利さんの、昭吾が抱えた不安感が画面から感じられる演技も引き込まれます。マンガの昭吾に似せてくださって、運命に弄ばれている青年、という感じがぴったりで。お芝居もリアルでした。

　ただ、深夜ドラマという枠ゆえの、というのはあると思いますが、もう少し人をたくさん出したいカットもあったんじゃないですか？

上浦：エキストラが五千人ぐらい出せればよかったんですけれども、そこは確かに、お金の問題が...（笑）。シグマ王の宮殿では、わずかな衛兵でいかにかっこよく見せるか苦労しました。

二宮：シグマ王の宮殿での、昭吾と衛兵のバトルは派手にやりたかったですよ。ドラマの設定で言えば、歌手のひろみがド派手にライブするシーンもやりたかったです......。

湯本：お金のある映画なら、ほんの数秒のカットでも、そういうお金のかかったシーンで、ある程度の説明がつく、というのもあるじゃないですか。

　原作にもある銀座を埋め尽くすお墓のシーンとか、たとえゴールデンタイム規模の予算だったとしてもできないですからね。できる現状で一番いいものを目指すのも、手塚治虫に通じる精神ですよ。ただ、視聴者としては本編の映像がすばらしいので勝手に妄想をしちゃいます。

上浦：本作のテーマ自体はごくミニマムなもので、ひろみと昭吾のこころの旅を一緒に楽しんでほしいなと思っています。そうすることで、みなさんの誰しもに通じる普遍性を感じてもらえたらと願っています。

二宮：僕が現場に入るときに自分のなかのスローガンを決めておいたんです。近石昭吾と渡ひろみの関係の緊張感だけに作品のサスペンス性を作ろうと思っていたんです。そこをコンセプトにして、それで描ける話だけ、むしろそれ以外の要素に目が行ってしまってはこの話は空中分解しかねない。それが、この話の美しいところでもあります。本質的にはこのドラマは、渡ひろみと近石昭吾との関係性のみを、一秒逃さず描いてるともいえます。それが成立すれば、絵作りの規模の問題は乗り越えられる、という見立てがありました。

　もし、『鉄腕アトム』を撮るなら少年ロボットが空を飛んで、10万馬力で敵を投げ飛ばすシーンがないと、それは『鉄腕アトム』とは呼べないかもしれない。でも、『アポロの歌』はそうじゃないんです。

上浦：原作通りの合成人間編をやろうと思ったら、無限に予算があっても足りないですね......（笑）。

湯本：なまじ原作を知っていると、比べちゃうかもしれないですね。良くない事です。

二宮：幸い、今のところ僕が見聞きした範囲では『アポロの歌』をやるのならあのスケールでやるんだよな、と言っている人は見当たらないので、そこは大丈夫だと祈ってます。

　発想としては、この作品は第1作目の『ターミネーター』です。そう思ってもらえるとうれしいです。予算の問題を逆手にとっている、という意味で。

湯本：『ターミネーター』のような名作もよく、何度も見ます、という人がいますが、私は、この作品は通して三たび見て初めて作品と対等に対峙できるのでないかとすら思います。

　一度めはこの先の展開が気になり、作品のディティールに気付かず作品を追いかけるような視聴姿勢ですが、2度めは全ての世界観と結末を知った上で、各話の巧妙なしかけに気づくことができ、「そうだったのか」と感じながら見る視聴姿勢、3回目でようやく全てを理解した上でフラットに、または神の目線に近い状態で素直に作品を楽しめる視聴姿勢にもっていくことができる。

　それくらい、丁寧かつ濃密に楽しめる作品だと思っています。

（了）