ドラマイズム『アポロの歌』　二宮健監督×MBS上浦プロデューサー×手塚プロダクションライセンス部湯本　鼎談　その4

2025/03/11

2月18日から放送開始のドラマ『アポロの歌』。髙石あかりさん、佐藤勝利さんのダブル主演の本作は、タイトルの通り手塚治虫が1970年に『少年キング』に連載したマンガ『アポロの歌』を原作としています。

　手塚治虫の大ファンという映画監督・脚本家の二宮健さんを監督に迎え、全7話のドラマとして制作された本作は、どのような哲学の元に作られたのか。

監督、担当プロデューサー、手塚プロダクション翻案担当者の三人が話します。

プロフィール

二宮健

映画監督、脚本家。大学の卒業制作『SLUM-POLIS』(2015)が、第23回レインダンス映画祭に正式出品されて全国で劇場公開される。2017年、『THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY』で商業映画デビュー。2019年、岡崎京子原作の『チワワちゃん』が公開。2022年の『真夜中乙女戦争』では、第26回プチョン国際ファンタスティック映画祭にて最優秀アジア映画賞を受賞。そのほかの監督作品に『疑惑とダンス』(2019)、『とんかつDJアゲ太郎』(2020)、『Sleepless/米国音楽』(2023)など。また、映画監督同士が声を掛け合ってオーガナイズされる映画上映企画『SHINPA』の代表を務める。『アポロの歌』では監督、脚本を手掛ける。

第4回　手塚治虫は「活動家」である

二宮：手塚さんって、700作品というものすごい量で、すごいものをつくっていらっしゃいますけど、一つ一つの作品の精度を上げることを優先するなら、700作品も作らないと思うんですよ。どうしてそうなったのかというと、常に流通と、当時の資本に対して戦い続けた人だったからだと思っているんです。

　人には越えられない、抗えないものがこの世にはある、という自分の哲学を伝え続けるため、親しみやすい絵柄を武器に、流通や資本と闘った人だと。手を変え品を変え同じ主張を続けてきたから、700作品になったと思うんですよね。その姿勢が一人のマンガ家の範疇を越えているところだと思うんです。

　たとえば『上を下へのジレッタ』のような作品では、媒体や時代の要請に基づいて絵柄も柔軟に変えているじゃないですか。ということは多分、自分の絵のスタイルを押し通すことには、それほど興味なかったんですよね。変わっていないのは哲学なんです。『アラバスター』のようにご自身が「陰惨すぎる」と反省する作品もありますが、じゃあ、『鉄腕アトム』が明るい作品かというとそうではない。ご自身の厳しい哲学がエゴイスティックにならずに流通できていたか、という点を見ていたのだと、陰惨なものが陰惨なものとして人に届いてしまうのは良しとしなかったのではないかと思うんです。

　自分の中で変わらない哲学を大きな流通の中に紛れ込こませてゆくというのが手塚さんのミッションだったのではないか、というのが僕の勝手な解釈です。それでこそ、寝る時間も惜しんで、自らの命を削ってまであの数を描き続けたことに合点がゆくというか。

　マンガを描くこと自体が真の目的じゃなく、自らに与えられた時間と社会の中で、自分の哲学を広める活動家としてできることをやり続けた人なのかな、と思っていて。

湯本：もう一つ、手塚がそういうことをやり続けられた原動力の一つに、たぐいまれな負けず嫌いというのもあったと思います。私の知っているだけでもいくつかエピソードがあって、石ノ森章太郎さんに嫉妬して、マンガ「ジュン」に対して「あれはマンガじゃない」と発言してファンをがっかりさせたり、「AKIRA」の大友克洋先生が頭角を現した時に自分のパーティに呼んで、「僕は君より細かい絵が描けるんだ」って言いに行ったりとか......。大友先生も「ショックだった」っておっしゃってましたよ。いずれも後に謝ってはいるんですが、まるで子供ですよね。

二宮：戦争を経験されていたこともすごく大きいですよね。

生い立ちの中で一秒先に人が死ぬ、というのを肉眼で見てきて、そこから逃れられない記憶と、本人がもともと持っていた負けず嫌いという性格のポテンシャルと、絵を描くことが好きだということ、いろんなことが手塚さんの中で絶妙に響きあって、あまり自覚せずに邁進してきたところもあるんじゃないですかね。本人の中で説明しきれない、説明しようもないエネルギーと、逃れられない記憶みたいなものはあったのかもしれません。

湯本：テレビ番組の『手塚治虫　創作の秘密』のなかではアイディアだけはバーゲンセールするほどある、って言っていた割には、おなじくテレビのインタビュー『私の自叙伝』では人間が描けるテーマなんて、ひとつかふたつしかないですよ、そのひとつかふたつのテーマを、手を変え品を変え描いているんです、と言っています。あわせると、おそらくアイディアはいっぱいあるけれども、テーマはひとつかふたつだったのではないでしょうか。

　監督の言われたような戦争の体験、死を目の前にして命ってなんだろう、ということに向き合う。また、医学生のインターンの時に人の死に立ちあうんですよ。その時の日記に、なんて荘厳なことか、って書いているんですよね。目の前で寿命を全うした人が亡くなっていく姿が荘厳だった、と。

二宮：ただ謎なのが、あんなに一日中マンガを描いていた中でどうやってあれだけのインプットをされていたのか。

湯本：いくつか確認できる事実があって。まず、テレビ見ながら音も出して描いてるんですよ。それが事実だと分かったのが、ある時テレビでディズニーの特集をやっていて、その内容が間違っていたらしいんですよ。そうしたらすぐそのテレビ局に電話を入れて指摘したそうです。関係者の証言だから確かですよ。生放送だったので、番組中に訂正したそうです。つまり、見てるんですよね。

それから、速読がすごいんですよ。これから対談する相手の本を一冊も読んだことがないから、移動する車の中で著作物をマネージャーに買わせて、分厚い4，5冊の本を車の中で読んで行ってその場で、前から読んでいたかのような話ができる、という。

二宮：天才というより超人だったのかもしれないですね。

湯本：カメラの目を持っていて、幼少のころに見たSFのアメリカの雑誌の絵とかをすごく記憶しているんですよね。資料とかもない時代に。だからそういう技術があったんじゃないですかね。

二宮：でも、その膨大な情報のアウトプットの仕方はなんか軽やかなんですよね。すごい時間をかけて、自分の中で整理をされた人のアウトプットじゃないんですよ。なんかこう、条件反射的に出しているような。「手塚さんよく調べたな」ということじゃなくて、手塚さんにしかないある作用の中で出している気はするんですよ。にしても、そのしくみは理解できないですよね、とうてい。手塚さんにはいろいろすごいところがありますが、ほかの人には真似できないところはそこですよね。

湯本：よくアーティストは「充電期間」といってお休みをとったりしますが、手塚治虫は40年以上ずっと現役で、連載切らしていたこともないじゃないですか。

二宮：やはりちょっと違うんですよね。活動家なんですよね、たぶん。行動原理が、活動家のそれだったんじゃないかなと。活動家は充電しないですもんね。

次回につづく