今年、2013年は、『ブラック・ジャック』連載開始40周年、『鉄腕アトム』テレビアニメ放送開始50周年、『リボンの騎士』連載開始60周年……、といろいろ節目の年なんですが、実はまさに同じ今年、日本のSF作家が集う団体、日本SF作家クラブも設立50周年を迎えます。
手塚治虫も常連だった、という台湾料理屋山珍居(この『虫ん坊』でも、2002年10月、手塚るみ子さんによるエッセイ「グルメ・ド・オサムシ」で紹介しています)で11人のSF作家・評論家・編集者によって発足した、というこのクラブは、現在も瀬名秀明さんを会長に、小説家を初め評論家、翻訳家、マンガ家、イラストレーター、アーティストなど237人もの様々なSFクリエイターたちが名を連ねています。
今月の虫ん坊では、手塚治虫記念館で3月1日より開催される『手塚治虫と日本SF作家クラブ』展の概要をご紹介、この企画展についてSF作家クラブ事務局長・翻訳家の増田まもるさんにお話をうかがいました。
増田まもるさん プロフィール
翻訳家(英米文学)。訳書にJ・Gバラード『楽園への疾走』、リチャード・コールダー『デッドガールズ』、エリック・マコーマック『ミステリウム』など。
——今回の企画展ですが、発案のきっかけを教えて下さい。
増田まもるさん(以下増田):
もともとは評論家で、手塚治虫関連の著作も多数書かれている中野晴行さんの発案です。日本SF作家協会の50周年を記念して、何か出来ないかな、という提案から、手塚プロダクションとお話を詰めていきました。やはり、日本のSFにとって手塚治虫先生の存在は切り離せないものがありますし、ご自身が日本SF作家クラブの会員でもありますからね。
実際の企画展の内容の調整や、アイディア出しには僕も加わりました。会期間近の今も、準備に奔走しています!
——どんな展示内容になりますか?
増田:
増田:手塚治虫と日本SF作家クラブとのエピソード、ということですと、それこそ枚挙にいとまがないほどたくさんあるんですよ! その中でも手塚先生が小松左京ら作家クラブの面々と一緒に企画に参加した大阪万博については特に大きく取り上げます。大阪万博ではフジパンが提供した『ロボット館』という手塚先生がデザインしたロボットが展示されたパビリオンもありましたし、万博記念公園のデザインも手がけたりしていましたので、当時の万博会場のミニチュア模型なども展示して、可能な限り当時の雰囲気が伝わるような展示をしたいと思っています。掘り出し物というところで言えば、愛・地球博で展示されて以来見ることが難しくなっていた、手塚先生がデザインしたフジパンロボット館(注※)のロボットたちの中から何体かが展示される予定です。
また、手塚治虫の作品からはいわゆる初期SF三部作、『メトロポリス』『来るべき世界』『ロストワールド』をクローズアップして紹介します。
日本SF作家クラブについてももちろん、少しだけ展示をします。沿革などの他、日本SF作家クラブと手塚治虫についての写真や品物などを現在、いろいろかき集めているところです。
編注※フジパンロボット館については、以前この虫ん坊でも『手塚治虫と万国博覧会』という記事で紹介しています。
——手塚治虫は、SFのみにとらわれない、様々なジャンルの作品を手がけた作家ですが、今回は特に「SF作家」としての面にクローズアップする、ということでしょうか?
増田:
そうですね。初期SF三部作の他にもいくつかSF作品を取り上げます。
もっとも、僕個人の意見としては、手塚先生の作品はすべてがSFとも言えるんじゃないか、と思っているんですが……。
——と、いいますと?
増田:
そもそも、手塚先生の作品にはすべて、SF的なエッセンスが含まれているんですよ。
——そもそも、SFとはいったい、何でしょうか? 宇宙や科学といった分野の空想物語をSFというのかと思っていましたが、そうではないのでしょうか?
増田:
確かに、SFというジャンルの誕生期には、「科学」や「宇宙」をテーマにしたものが多かったと思います。しかし、それがなぜかというと、いわゆる普通の生活を描くような従来の小説の既成概念を粉砕するのに、当時最先端の哲学であった科学や、宇宙的な視点がぴったりはまったからなのだと思っています。
人間というのは、どこかで「世界にはある一定の秩序や法則がある」と信じていないと不安なところがあるものです。古い価値観で言えば、そうやって世界の成り立ちを説明したものには「宗教」がありますよね。「科学」もそういう価値観の一つですが、SFは科学の前提をフィクションとして変更してしまいます。人によってはそういうところに不安や不快感を覚えるものです。手塚マンガもそういうところがあるでしょう? それは、手塚マンガに、「世界には一定の法則なんて存在しないんだ」というような視点が備わっているからだと思います。
手塚先生は戦争を体験して、無意味に人が殺される現実を目の当たりにしていますね。そんなところから、心のどこかで秩序や法則を疑っているところがあったのかも知れません。
SFというのは、私は、そういう既存の世界観を根底から揺るがすフィクションである、と定義しています。それを美しい言葉で表現すると「センス・オブ・ワンダー」ということになるでしょうか。「あっ」という驚き、です。読んだあとに、自分を取り巻く世界がまるで違って見える……、そんな作品こそがSFなんですね。そういう意味で考えれば、手塚先生の漫画はすべて、SFとも言える、と思いませんか?
——確かに、『どろろ』にしろ、『ブラック・ジャック』にしろ、「読んで目からウロコが落ちた!」というファンのかたは多いですね。
増田:
そうなんです! 『どろろ』だったら作り物の身体を持つ百鬼丸だったり、『ブラック・ジャック』であれば奇想天外な外科手術が行われたり、というような、現実に起こり得ないようなフィクションの要素をうまく取り入れてドラマを作る、というところもSFとも言えますが、やはり根底のところはまさに、目からウロコが落ちるような「固定的な価値観の粉砕」こそが手塚作品のエッセンスだと思います。そこが私達SFに携わる者にとっても、「まさにSF!」というところですね。
——漫画ファンとSFファンは共通するところがある、と手塚治虫もエッセイなどで語っていますね。
増田:
漫画ファンとSFファンの共通点には、やっぱり、現実の世界に対して、疑問だったり、不満だったりを抱えているところじゃないのかな、と思いますね。「もっとこういう、面白い世界だったらいいのに」というような。一方でそう感じない人も世の中には多くいるわけです。
でも、手塚ファンであれば、きっとSFファンでもあるはずですよ! たとえ今はまだ読んだことがなくても、どこかに素養があるはずです。価値観を揺さぶられるのに快感を覚える人、なんです。SFを一生愛するタイプの人ってもう、DNAに「SF」って書いてあるんですよね。
——「すべてがSF」とも言える手塚作品の中から、特にSFらしい作品といえば何ですか?
増田:
手塚先生が初めて『SFマガジン』に連載した『SFファンシー・フリー』ですね。あれこそまさに手塚SFの真骨頂を極めています。一つ一つはごく短いのですが、すべて切れ味の鋭い、「こう来たか!」というような、まさに従来の価値観を粉砕される感覚を楽しめますよ!
——1963年に発足した日本SFクラブですが、現在はどのような活動をしていますか?
増田:
日本SF作家クラブは、もともと「SF」という概念が一般的で無かった頃に、旗手となるような人々が集ったものです。先頭集団であると同時に、相互に助け合うようなところもあったんですね。小説といえば純文学が正当、という時代に、「SFを書きたい」といってもあまり理解してもらえなかったわけです。そこで、早川書房の編集者であった福島正実さんを中心に、啓蒙や発表の場、文壇での地位を築いていくという意味がありました。今は親睦団体と言われていますが、実は違うんです。戦う集団なんですよ。
当時の文壇にも、例えば安部公房さんや、三島由紀夫さんのような、SFに理解や関心を示している方がいましたので、作家クラブの頑張りと、そういった作家達の助けがあって、いまの日本SFがあるといってもいいでしょう。もっとも、他国と比べると日本のSFはもっと評価されてもいいとは思っています。ポーランドなどでは、スタニスワフ・レムが日本で言えば夏目漱石をも凌ぐような国民作家ですからね。
今では年に2回の総会をひらき、SF大会とタイアップしての交流会を開いています。また、「日本SF大賞・評論賞」の選考と発表を行なっています。SF作家クラブのみでの交流会も年に何度かやっています。
今年は50周年ということで、他にも今回のような企画展や、関連トークショーなどを開催していますが、今年は特別です。
——クラブに入会する基準などはあるのでしょうか?
増田:
現在では、原則として正会員3人からの推薦があることが条件になっています。読んだ会員みんなが「なるほど、この人の作品は確かにSFだ」と思えるものであれば、必ずしもジャンルその他は問いません。ですから「作家クラブ」といってもイラストレーターさんや、ミュージシャン、もちろんマンガ家の方も在席されています。
——増田さんはいわゆる「ニューウェーブ」と言われる、とても難解なSF作品の翻訳者でいらっしゃいますが、今のお仕事に進まれたきっかけはなんでしたか?
増田:
大学在学中に山野浩一さんの主催していた『NW-SF』のワークショップにたびたび参加していました。何度か参加しているうちに、「1冊翻訳してみない?」と言われて、ラングドン・ジョーンズという作家の作品を翻訳したのが始まりでした。
日本SF作家クラブに入ったのは実はそれほど早くなくて、2006年です。入るといつのまにか事務局長を任されまして(笑)。作家の方々は、自分の時間を大切にするというか、いってみれば「わがまま」な方が多いでしょう? その点翻訳者は原文を一つ一つ忠実に訳してゆく職業ですから、事務局長のようなマメなポストにはぴったり、ということで(笑)。
——手塚治虫作品で一つ、好きなものを上げるとしたらどのタイトルですか?
増田:
世代からいってもやはり、『鉄腕アトム』ですね。アトムの中では特に、天馬博士が大好きです。お茶の水博士のような良心的な科学者よりも、天馬博士のようなマッドサイエンティストが昔から好きでした。何しろ幼稚園児のころの将来の夢が、マッドサイエンティストになりたい、でしたからね。
——そんな増田さんが手塚治虫ファンの方に何か一つ、手塚治虫以外の方が書かれたSF作品を勧めるとしたら何を勧めますか?
増田:
そうですね……。先ほど申し上げたように、手塚先生は描くものすべてがSF、という人ですし、いわゆる著名なところはみなさんご存知でしょうからね……。
手塚先生の作品は、どんなに深刻なテーマの中にも必ずユーモアが交えてありますね。そんな呼吸を備えている作品で、今の日本のSF作品からあえて上げるとするならば、上田早夕里さんの『華竜の宮』をおすすめしたいと思います。
既存の価値観を凌駕してしまう圧倒的な世界観はもちろん、あの作品の「海上民」の描写などは、かなり「手塚的」だと思います! もし読んだことが無いのであれば、ぜひおすすめしたいですね。
——ありがとうございました!