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不二書房 「来るべき世界」宇宙大暗黒篇 表紙 1951年

ストーリー

地球最後の日をテーマに描かれた、手塚治虫の初期SFを代表する長編マンガです。

たびかさなる核実験の影響で、人類の知らないところでひそかに新人類フウムーンが誕生していました。山田野博士は、その危険を世界中に警告しますが、誰も耳をかさず、とうとうスター国とウラン連邦が戦争を始めてしまいます。

ところが、ちょうどそのころ、地球には恐ろしい暗黒ガス雲が迫っていたのです。すでにそれを知っていたフウムーンは、5万種類の動物と500人のおとなしい人間だけを円盤群に乗せて地球を去ってしまいます。

暗黒ガス雲はさらに地球に接近し、とうとう地球最後の日が迫ってくるのでした。

解説

1951/01/10,1951/02/20 単行本([前編]、後編[宇宙大暗黒篇])(不二書房)

手塚治虫が生涯をかけて漫画で訴えてきた大事なテーマの一つである、「反戦」のメッセージが込められた長編作品です。

この作品が上梓されたのは1951年。1945年の敗北宣言によって日本としては終えたはずの世界大戦でしたが、全世界がぱたりと戦争をやめたわけではなく、東アジアではその後も朝鮮戦争が1950年に勃発、またアメリカ合衆国とソビエト連邦は「冷戦」という形で当事国どうしの直接の戦火を伴わないまでも、諜報合戦や核兵器開発競争で相変わらずしのぎを削り合っている状況でした。

この作品には、そんな世界の状況への怒りと皮肉が込められています。

手塚治虫が大阪の出版社で描いた描き下ろし単行本で、『ロストワールド』(1948)、『メトロポリス』(1949)に続く、初期SF3部作の完結編です。

日本、スター国、ウラン連邦を舞台に、探偵のヒゲオヤジ、その甥のケン一、少年新聞記者のロックなど、20人以上にもおよぶスター・キャラクターがそれぞれに重要な役割をうけもつ群集劇で、これは当時のマンガとしては画期的な試みでした。

ヒゲオヤジ

ケン一

主な登場人物

ヒゲオヤジ

ケン一

ヒゲオヤジ

私立探偵。東京駅で山田野博士に怪しさを感じて尾行し、新人類「フウムーン」を目撃するが、フウムーンの力で空に飛ばされ、ウラン連邦に。不審人物としてとらえられ、地下工場に収容される。
>キャラクター/ヒゲオヤジ

ケン一

ヒゲオヤジの甥。行方知れずとなったヒゲオヤジを探している。山田野邸で発見したフウムーン・ロココを介抱し、友人となる。
>キャラクター/ケン一

ロック・ホーム

山田野博士

ロック・ホーム

スター国の新聞社の息子。新米の新聞記者であったが、ルンペンのランプから時限爆弾をあずかってしまったため、警察に捕まってしまう。保釈の条件に、ノタアリンからウラン連邦にスパイとして派遣され、連邦につかまり、地下工場に収容される。
>キャラクター/ロック

山田野博士

理学博士。フルネームは山田野可賀士。井の頭公園の近くに住む。スター国が原子爆弾の実験をしている馬蹄島で新人類「フウムーン」を発見した。原子爆弾が地球の生態系に大きな変化をもたらすことを危惧し、フウムーンについて国際原子力会議で発表する。
>キャラクター/花丸博士

ロココ

ココア

ロココ

馬蹄島で発見された新人類・フウムーンの女性。人間の半分ほどの大きさしかなく、頭から触角のようなものがはえている。テレパシーや引力を操る力を持つ。

ココア

スター国原子力委員長・ノタアリンの一人娘。ロックの恋人。わがままな性格で世間知らず。

イワン

ポポーニャ

イワン

ウラン連邦の要人・ニコライ・レドノフの息子。地下工場の最高幹部として派遣されたが、本人の希望で一工員として働く。正義漢で優しい少年。

ポポーニャ

ウラン国の科学者。ウラン連邦科学省長官・ウイスキーの娘で、イワンのいいなずけ。自らも科学者で、地下工場の工場長となっている。ココアに生き写しの容姿をしている。

手塚治虫が語る「来るべき世界」

ケン一の住む長屋や近所に住む個性豊かな人たち

H・G・ウエルズの「来るべき世界」という映画は、戦前に封ぎられた、スケールの大きなSF映画です。
内容そのものは----戦後、新宿のちいさな名画座で見たのだけれど----あんまり、おもしろくなかったのでした。前半はことにつまらなくて、アクビを四、五回したのをおぼえています。
それも、この漫画をかいたずっと後の話です。
つまり、こんなことを書いたのは、この漫画がウエルズの映画のまねや盗作ではない、とことわりたかったからです。
(中略)

同様に、「来るべき世界」も、別段人類の未来をかいたわけじゃなし、(一度、どこかの雑誌に付録として再録したときなんか、「新人類フウムーン」というタイトルに変えたくらいです)題名からくるイメージと内容は全然ちがうのです(いいわけがましいなあ)。
とにかく、この漫画は、ぼくの関西時代の書きおろし単行本の最後の作品(※編注 先生の勘違いで、最後の単行本作品は1953年発行の『罪と罰』)なのでして、それなりにずいぶん時間をかけ、念を入れてかきあげたものでした。

その構想は、「メトロポリス」をかいた昭和二十四年頃にすでに立てていたようで、その構成ノートがこのあいだ見つかりました。
上下巻あわせて三百ページほどの作品ですが、じつは一千ページくらい原稿をかいているのです。
なぜ一千ページ全部使わなかったかというと、その当時、そんな長い物語は単行本にならないとことわられたもので......。
泣く泣くあっちこっちのページを抜いたり、話をはしょったりしたものですから、あのように(ことに上巻はひどい!)ダイジェスト的な、わかりにくい話になりました。

たとえば、ケン一のいる長屋連中のくだりなど、あの四倍はあったのです。そして、一人一人の性格のかきわけなんか、それこそディズニーの七人のこびとのようにたのしんでかいたものです。
そんな未使用の原稿なんか、軽薄にも、遊びに来るファンにあげたり、焼いたりしてしまったので、いまはほんの三、四枚しか残っていません。
(後略)

(講談社刊 手塚治虫漫画全集『来るべき世界』2巻 あとがきより抜粋)

ケン一の住む長屋や近所に住む個性豊かな人たち

「籠の鳥の刑」を受けるロック

「来るべき世界」は、スター共和国とウラン連邦の"冷たい戦争"から始まる。ウラン連邦は、スターリンまがいのウイスキー長官によって牛耳られ、辺境のツンドラの下には、膨大な秘密工場がある。

ここでヒゲオヤジと、スター国の諜報部員であるロックが強制労働をうけ、反抗すると「籠の鳥の刑」を受け、洗脳され、人格を破壊され廃人にされる。

一方、スター国では、ドルの力で一躍新興成金になった無頼漢のランプが、地球が破滅すると知って国中の技術を買い集め、ロケットを建造させ、自分と自分の一族だけで脱出しようとする。

いずれにせよ、かなり虚無的な気持ちでこれを描き、アンハッピー・エンドにするつもりだった。が、翌年、朝鮮がいったん休戦にはいり、まがりなりにも日本が講和条約に調印したので、「来るべき世界」のラストも、大団円にし、「もし人類が再び過ちをくり返すならば、危機はまたやってくるだろう」といった意味の、きざな警告をつけ加えた。こういうきざなしめくくりが、学生などにはわりと受けるのだった。そのころには、子供だけでなく、学生やサラリーマンにも、ぼくの読者はいた。

(毎日新聞刊 『ぼくはマンガ家』 より抜粋)

「籠の鳥の刑」を受けるロック

不二書房 「来るべき世界」宇宙大暗黒篇 裏表紙 1951年

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  • 来るべき世界 (1)
  • 来るべき世界 (2)

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