小学館サンデー・コミックス「ジャングル大帝」4巻 表紙用イラスト 1966年
人間に育てられた白いライオンの子・レオの成長する姿を通して、自然と人間の関わりを描いた長編マンガです。
アフリカ、赤道直下のジャングル地帯。そこにジャングルの王・白いライオンのパンジャがいました。しかしパンジャはハンターに殺され、その妻は捕えられ、動物園へ送られる途中の船の中で、王子を産み、その子をレオと名づけ「アフリカへ帰り、父のあとをついで王になりなさい」と言いきかせて船から逃がします。そのあと、あらしで船は沈み、パンジャの妻は死んでしまいました。やがてレオが流れついたのは、アフリカではなく、アラビア半島の港町でした。レオはそこでケン一という少年にひろわれて育ちます。
それから 1年後、月光石というエネルギー原石を調べるための調査団が、アフリカにある幻の山・ムーン山へと向かうことになり、ケン一とレオもそれに同行することになりました。初めてアフリカのジャングルを見たレオは、そのやばんな殺しあいの世界をきらいます。しかしやがて自信をとりもどし、弱い動物たちを守る動物王国を建設して、りっぱなジャングルの王者として成長していくのでした。
1950/11-1954/04 「漫画少年」(学童社) 連載
たびたびアニメ化され、キャラクターとしても人気のあるレオ。かわいいレオが主人公のため、子どもたちにも親しみやすく、幼年向けのバージョン「レオちゃん」なども描かれた、まさに手塚治虫の傑作のひとつ。
基本となった作品が描かれたのは1950 年から54 年と、手塚治虫のキャリアとしてはごく初期の作品ですが、普遍的なテーマゆえに、今読んでも十分すぎる読みごたえを楽しむことができます。
ジャングルの世界の平和と文明化に骨身を削り、前人未到のムーン山の踏破を目指す、勇気と知恵、行動力に優れたレオの「人物像」はまさに英雄、「大帝」の風格です。大人になって読み返しても大帝レオの英雄譚としてのスケールの大きさと、起伏にとんだストーリー、レオの魅力に夢中になれる作品です。
『鉄腕アトム』と並ぶ、手塚治虫のもっとも有名な代表作です。
それまで大阪の出版社で単行本を中心に執筆をしていた手塚治虫が、活動の中心を東京の雑誌へと移すきっかけになった、初の本格的な長編連載作品です。しかし、掲載誌「漫画少年」を出していた学童社からは単行本が2 巻しか発売されず、長い間、未完のままとなっていました。
はじめて単行本として完結したものは、小学館のサンデー・コミックス版(1965年~1968年)で手塚治虫自身が描きなおしを加えたものが元になっています。さらにその後も、手塚治虫は単行本化のたびに描きなおしを加えていたため、『ジャングル大帝』の単行本には、内容の違ういくつかのバージョンがあります。
レオ
百獣の王としてアフリカの動物たちに君臨していた白いライオン・パンジャの息子。母ライオンが人間につかまり、ロンドンへ向かう船の中で生まれたが、航海途上で船が転覆し、アデンという町に流れ着き、ケン一らに助けられる。幼いころには人間のもとで育ち、文明にあこがれていたが、ふるさとのアフリカにもどり、次第に動物としての誇りをもつようになる。自らがジャングルの王となったのちはアフリカの動物たちに言葉を教えたり、動物たちで力を合わせて皆の憩いの場としての宮殿を創ったりと、ジャングルに文明をもたらした。
>キャラクター/レオレオ
ライヤ
レオがアフリカの村で出会ったメスライオン。代々、白いライオンが守っていた神殿で、リョーナという白いライオンにつかえていた。ジャングラ族につかまっていたところをレオに助けられ、のちにレオと結婚し、二匹の子どもを産む。
>キャラクター/ライヤライヤ
パンジャ
ルネ
レオの父。真っ白な毛並みが特徴で、土地の人々には魔獣と恐れられ、ハンターに狙われていた。賢く、大抵の罠はきかない。
>キャラクター/パンジャ
レオとライヤの息子。人間の世界にあこがれて家出をしたところ、アメリカに向かう興行師ダンディ・アダムにつかまり、ニューヨークでサーカスの花形となる。
ケン一
アデンに住んでいた日本人の子ども。おじのヒゲオヤジとともにアフリカの探険隊に参加するが、その旅の際に滞在したクプ・クプの村で現地人・ドンガ族に誤解されて襲われ、隊をはぐれてしまう。その後レオと動物たちの集落でしばらくすごし、友情を築く。
>キャラクター/ケン一
ケン一
ヒゲオヤジ
メリー
ケン一のおじ。アフリカへの学術調査に出資しアデンに残ったが、おいのケン一が旅先で行方不明になったと聞き、三年間探し求めた挙句に自らもアフリカの地へ足を踏み入れる。
>キャラクター/ヒゲオヤジ
ハム・エッグの娘。ケン一とともに探検隊に参加するが、ドンガ族に襲われた際にケン一、レオとともに逃げ、ケン一やレオの仲間たちと過ごす。後にジャングラ族につかまり、彼らの女王として君臨する。
ハム・エッグ
アセチレン・ランプ
ハンター。ドンガ族と手を組み、パンジャを仕留めた際に、報酬として首長の持つ宝石を手に入れる。それが、幻の山・ムーン山にしか出土しないという月光石であることから、アフリカの学術調査隊に加わる。実は元ナチスの捕虜収容所にいて、ランプに残虐な仕打ちをしていた。一人娘のメリーを溺愛している。
>キャラクター/ハム・エッグ
ハム・エッグの前に突然現れた男。かつてナチスの捕虜収容所でハムに虐待されていたことをネタにハムをゆすり、月光石を手に入れる。
>キャラクター/アセチレン・ランプココ
トミー
レオの友達のオウム。人間の言葉も少し話せる。物知りを自認しているが、そそっかしい性格。お人よしなところもある。
パンジャの時代に生まれたシカの若者。レオにジャングルに戻り、動物たちの王になってほしい、と頼んだ。レオからもらった麦わら帽子がトレードマーク。食堂や宮殿を作ろう、と提案するなど、アイディアマン。ココとは名コンビ。
プラス教授(左)、マイナス博士(右)
アムポロチャ大学の教授。南米アマゾンの上流と、アフリカのムーン山で見つかる月光石について調べている。地質調査のためにアフリカ探検隊を組織する。
>キャラクター/レッド公
エンテコルス博物館に所属している。南米アマゾンの上流と、アフリカのムーン山で見つかる月光石について調べている。プラス教授と共にアフリカ探検隊を指揮。
>キャラクター/ノタアリン
プラス教授(左)、マイナス博士(右)
「ジャングル大帝」については、もうかなりあちこちの記事に書いていますから、いまさら解説でもありますまいが、おわびをしなければならないことがあります。それは、「ジャングル大帝」のもとの原稿を、半分近く紛失してしまったことです。それで、この全集に収録されたものは、はじめのほうはみんな最近になって描きなおしたものだということです。
なぜ紛失したかというと、虫プロダクションで「ジャングル大帝」をつくることに決まったとき、スタッフが、本を読んで絵を練習したいといって、ぼくの図書室から、かなりの単行本を持ち出していったのです。そして、ある男は、原稿まで持っていってしまいました。ぼくはハラハラしながら、なかなか戻ってこないその原稿を待っていたのですが、そのうちに、その男がお酒に酔いつぶれて、自分のアパートで死んでしまったのです。
この突発事故にびっくりしたぼくは、あわてて彼のアパートを探してもらいましたが、アパートの部屋はすでに整理されてしまい、貸した原稿は結局行方不明になってしまったのでした。ぼくは、わが子のように大事な、この「ジャングル大帝」の原稿を失ったことで、声をあげて泣きました。(中略)
「ジャングル大帝」は、今までに、六回も本になっています。そのたびにストーリーが変わるので、どの本の筋書きが一番まともなのか、本人のぼくにもわかりません。テレビの「ジャングル大帝」にいたっては、毎回読み切り形式の番組のために、ずいぶんちがった話がつくられています。(後略)
(講談社刊 手塚治虫漫画全集『ジャングル大帝』3巻 あとがきより抜粋)
私が「ジャングル大帝」を描きはじめたのは、昭和二十三年のことです。それまでに「メトロポリス」「ロストワールド」「来るべき世界」のSF三部作を完成した私は、つぎに動物三部作を描こうと思いました。こうして考えたのが「恐怖菌」「魚型人間」と「ジャングル大帝」の三つです。しかし、そのころから雑誌の仕事がはいってくるようになり、じっさいに単行本用として描きはじめたのは、「ジャングル大帝」だけでした。(のちに「恐怖菌」は「タイガー博士の珍旅行」の中にその一部がつかわれ、「魚型人間」は「ピピちゃん」の題で『おもしろブック』に連載しました)
「ジャングル大帝」を描きだす準備として、私は一年間図書館へかよい、アフリカのこと、動物のこと、なぞの山・ムーン山のことなどをしらべました。イギリスの探検家スタンリーが見たというムーン山は、その後、長い間、探検家たちの興味のまとでした。私もこの山にすごくひかれ、この山を舞台に、自然にいどもうとする生きものの努力と、それをはねつけて永遠に立ちふさがる自然のすがたとを、探検隊とそれに協力するライオンのドラマとして描きだそうとしたのです。(後略)
(虫プロダクション友の会刊 『鉄腕アトムクラブ』1965年10月号 私と「ジャングル大帝」より抜粋)
(前略)
「ジャングル大帝」は、あまりストーリーが膨大なため、いままでかなり不運な目にあってきました。どの出版社も単行本化しようとして息切れして、未完のまま終わってしまいました。ですからこの物語の結末を知っている人は、意外と少ないのです。
この物語は、パンジャ、レオ、ルネ三代の白いライオンを主人公にした、一種の人生ドラマで、私が描こうとしたのは、大自然と生きものとの、絶えることのない闘争と征服と挫折の歴史でした。「国破れて山河あり」という言葉どおり、この物語のクライマックスでは、最後の舞台となるムーン山にいどんだ主役たちが、ほとんど死んでしまいます。しかし、それは宿命的な悲壮感よりも、未来への期待を歌い上げて終わりたかったのです。滅びても消え去っても、なおも新しい生命が自然に向かっていどむ力に敬意を表したかったのです。
(後略)
(日本コロムビア刊『交響詩ジャングル大帝』「ジャングル大帝」についてより抜粋)
学童社「ジャングル大帝」最初の単行本表紙1951年