手塚治虫について

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年譜

1970年代
国内 海外
1970年

1970/S.45/42歳

2.17 
制作した「やさしいライオン」で毎日映画コンクール第8回大藤信郎賞受賞。

3.15 
プロデュースした日本万国博フジパンロボット館公開。

3.15 
原案、構成、制作のPRアニメ「おかしな一日」を日本万国博セイコー館に出品。

3.21 
劇場用アニメ「やさしいライオン」東宝系で公開。

4.25 
漫画集団の<宇宙一マンガ祭り>大阪万国博お祭り広場にて開催、参加。

5. 4 
「やさしいライオン」で第12回児童福祉文化奨励賞受賞。

5.11  
「火の鳥」で、第1回講談社出版文化賞児童まんが部門受賞。

6.   
虫プロ商事の社長に就任。

7.   
原案、構成、制作のPRアニメ「氷の国のミースケ」公開。

8. 6  
漫画集団の山形花笠まつり旅行に参加。

8.27 
福岡県児童福祉審議会「やけっぱちのマリア」掲載の『週刊少年チャンピオン』8月24日号を有害図書に指定。

9.15 
原案、構成、監督(山本暎一と共同)の劇場用長編アニメ「クレオパトラ」公開。

10. 9 
東京12チャンネルで「人に歴史あり 手塚治虫 −明日を描きつづけて−」放映。

1971年

1971/S.46/43歳

2.  
集英社『週刊少年ジャンプ』に新人の登竜門である手塚賞新設、審査委員長になる。

5. 4 
漫画集団博多どんたく隊に加わり、岩田屋デパートにてサイン会を催す。

6.  
虫プロダクション社長を退陣。

8.  
原案、構成、制作のPRアニメ「南へ行ったミースケ」公開。

8. 3 
名古屋市中区オリエンタル中村百貨店にて<手塚治虫漫画展>開催(〜8. 8)。

9. 7  
虫プロ商事より『てづかマガジンれお』創刊。

10. 3 
手塚プロ制作テレビアニメ「ふしぎなメルモ」朝日放送で放映開始(第1話ミラクルキャンデーをどうぞ!!は演出を担当 〜'72. 3.26)。

10.10 
絵コンテを描いた「ふしぎなメルモ 第2話ブラ子どこへ行く」放映。

1972年

1972/S.47/44歳

4. 1 
アニメ−ションスタッフルーム制作テレビアニメ「海のトリトン」朝日放送で放映開始(〜9.30)。

9.28 
漫画集団満腹スケッチ旅行で北海道へ(〜9.30)。この時のイラストは池袋西武の北海道物産展にて展示される(10.20〜25)。

1973年

1973/S.48/45歳

3.11 
漫画集団のチャリティー漫画大会のため沖縄へ。

3.17 
アイデアを提供した宝塚ファミリーランド<手塚治虫超人の世界>開催(〜6. 3)。

4. 2 
虫プロ制作テレビアニメ「ワンサくん」が関西テレビで放映開始(〜9.24)。

4. 7 
原案の東映動画制作テレビアニメ「ミクロイドS」がNETで放映開始(〜10. 6)。

6.27 
NHK総合テレビ「文化展望 日本アニメ−ション史」に出演。

8.22 
虫プロ商事倒産。

9.29 
NHK総合テレビ「テレビ討論−マンガブームをどう見る−」に出演。

11. 1  虫プロダクション倒産。 沖縄海洋博の政府館(アクアポリス)展示プロデューサーになる。

1974年

1974/S.49/46歳

2. 8 
荻窪シミズ画廊にて<手塚治虫30年展>開催(〜2.17)。

3.  
都内杉並区下井草に引っ越す。

4.21 
『週刊少年マガジン』巻頭カラーグラビアで「手塚治虫30年史」特集。

5. 5 
NHK総合テレビ「お笑いオンステージ 減点パパ」に出演。

5.31 
京王プラザホテルにて<漫画家生活30周年をお祝いする会>開催。

9. 2 
原案の人形劇「プルルくん」NHK教育テレビで放映開始(〜'76. 3.15)。

1975年

1975/S.50/47歳

1.  
漫画家の絵本の会同人となる。

3.29 
代々木の日本青年館ホールにて<虫プロ名画祭>開催(〜4. 6)。

5.12
「ブラック・ジャック」で、第4回日本漫画家協会賞特別優秀賞受賞。

6.18 
「ブッダ」「動物つれづれ草」で、第21回文藝春秋漫画賞受賞。

1976年

1976/S.51/48歳

2.27  
NHK総合テレビ「スタジオL 宇宙は輝く音楽だ」に出演。

5.  
手塚プロダクションが高田馬場に移転。

9.17 
小田急百貨店の古書即売会にて「新宝島」25万円の高値で売られる。

9.21 
東京12チャンネルで「われらの主役 手塚治虫vs西河克巳」放映。

9.26 
TBSテレビ「オーケストラがやって来た 有名人指揮者大会」に出演。

6.19 
アメリカへ旅行。サンリオのロスアンゼルススタジオ開設を見学(〜6.25)。

1977年

1977/S.52/49歳

2. 3 
原案の東映動画制作テレビアニメ「ジェッターマルス」がフジテレビで放映開始(〜9.15)。

3.21 
NHK第1ラジオで「火の鳥−黎明編」放送(〜3.28)。

3.29 
NHK第1ラジオで「火の鳥−未来編」放送(〜4. 2)。

6.15
講談社より『手塚治虫漫画全集』全三百巻刊行開始。

7.22 
「三つ目がとおる」「ブラック・ジャック」で、第1回講談社漫画賞受賞。

8.15 
急性肝炎で日本医科大学病院に入院。

9.15 
<手塚治虫の世界展>京都KBSレザリアムセンターにて開催。

9.19 
NHK総合テレビ「この人と語ろう」に出演。

10.29
石上三登志監修の<手塚治虫展=その人間的考察>が池袋西武にて開催(〜11. 2)。

10.31 
日本テレビ「11PM ケッ作集中!! 手塚治虫マンガ大全集」に出演。

10.31
ラジオ劇画「ブラック・ジャック」第1話〜第20話 TBSラジオで放送(〜11.25)。

11.26
「ブラック・ジャック/春一番」が「瞳の中の訪問者」のタイトルで東宝映画化。

6.20
メキシコ、ペルー、イースター島へ取材旅行(〜7. 8)。

12.26 
「スター・ウォーズ」「未知との遭遇」を観にアメリカ、ロスアンゼルスへ旅行(〜12.31)。

1978年

1978/S.53/50歳

1. 4 
NHK第1ラジオで「火の鳥−鳳凰編」放送(〜1.15)。

1.30 
「ブラック・ジャック」第21話〜第30話 TBSラジオで放送(〜2.10)。

2.19 
新発足の日本アニメ−ション協会の初代会長となる。

4.  
厚生省で生命と倫理に関する懇談会が設けられ委員となる。

4.24 
FM東京「音の本棚」で「SFファンシーフリー−炎症」を放送。4.25「同−うしろの正面」 4.26「同−ぜんそくの男」放送。

7.31 
「ブラック・ジャック」第31話〜第35話 TBSラジオで放送(〜8. 4)。

8.19
大スターに囲まれて 東宝映画「火の鳥−黎明編」(市川崑監督)公開。

8.27 
原案、絵コンテ、演出、総指揮の日本初の二時間スペシャルテレビアニメ「100万年地球の旅 バンダーブック」を手塚プロで製作、日本テレビで放映。

11.
北海道有珠山へ旅行。

12. 5 
レオが西武ライオンズのペットマークに採用される。

3. 9
オサムインハリウッド
レポーターをつとめるテレビ朝日「ワールド・ナウ 素顔のハリウッド」の番組収録のため渡米(〜3.23)。4.16、4.23、4.30、5. 7の4回にわたって放映。

9. 5 
火の鳥・エジプト・ツアーでエジプトへ旅行(〜9.13)。

12.15 
渡米し(〜12.22)、バーバンクのディズニ−スタジオ及びディズニ−・アニメ−ションの作画監督ウォード・キンボール氏のロスアンゼルス郊外の自宅を訪問。「指輪物語」を観る。

1979年

1979/S.54/51歳

1. 1
NHKFM年始特集ステレオ劇画で「安達が原」が翌1. 2と二回にわかれて放送される。1. 3、1. 4には「コラープス」が、1. 5、1. 6には「百物語」が放送。

2.21 
テレビ朝日「水曜スペシャル ロボット特集」に出演。

3.29
日本ビクター株式会社主催<第1回東京ビデオフェスティバル>の審査委員をつとめる(以後毎年つとめる)。

4.15 
<国蝶オオムラサキを護る会発足大会>に出席。

4.30
<手塚治虫ファン大会>が東京の九段会館にて開催され、手塚治虫ファンクラブが新発足。「ユニコ」のパイロットフィルムなど上映。

5.10 
NHK総合テレビ「私の自叙伝」に出演。  

6.29 
児童漫画の開拓と業績により、第二回巌谷小波文藝賞受賞。

8.26 
原案・絵コンテ・演出の手塚プロ制作スペシャルテレビアニメ「海底超特急 マリン・エクスプレス」日本テレビで放映。

11. 8 
青二プロのシンフォニックドラマ「火の鳥−黎明編」公演。 

11.15 
ニッポン放送 ラジオカプセル'79「ドン・ドラキュラ−吸血鬼ハンターの巻」放送。11.26「同−吸血列車の巻」放送。

11.18 
TBSテレビ「オーケストラがやって来た−手塚治虫の語るモーツァルト」に出演。

8. 5 
アメリカ旅行(〜8.10)。フロリダのNASA、ディズニ−ワールドを見学。