故郷を追放された人魚族の姫・ルーナの数奇な運命を描いた、ファンタジーです。エンゼル島の掟を破ったために、貝がらに入れられて海に流されたルーナは、人間の船に拾われ、奴隷として売られました。記憶を失い、ひどい仕打ちを受けていたルーナは、草原家の御曹子・英二に救われ、日本へとやってきます。そこで出会った英二の妹のあけみは、偶然にもルーナにそっくりだったのです。ひねくれた性格のあけみは、ほんの気まぐれでルーナと入れ替わったために、間違われて英二と共に、エンゼル島へ連れ去られてしまいました。あけみは女祈祷師のピョーマによって、女神の祭壇の生けにえにされそうになり、一方、英二はルーナの姉・ソレイユに会い、ふたりとも、エンゼル島の秘密に深く関わっていくことになるのでした。
1960/01-1961/12 「なかよし」(講談社) 連載
人魚は作者の好みのテーマで、『ピピちゃん』(1951-1953年)や『リボンの騎士』(1963-1966年)を初め、色々な作品に登場しています。しかし、人魚を主人公とした本作品では、人魚の描き方が特に複雑になっています。上半身が人間で下半身が魚という、いわゆる人魚は、この作品ではすべて女性として描かれています。一方、男性の人魚は、上半身が魚で下半身が人間なのです。ところがその人魚が、噴火で出来たエンゼル島の丘のガスを浴びると、見かけはまるで人間の人魚が生まれ、これが島に王国を築いたルーナたちの一族で人魚族というのです。そしてこの人魚族は、陸上でも水中でも生きられます。一方、人魚族でない本来の人魚たちは陸では生きられず、いつしか人魚族と縁を切り、エンゼル島の周辺の海の中で生活をしています。そして、この双方を巧みに操って、自分の息子をエンゼル島の王にしようとしたのがピョーマでした。ピョーマは、人魚族ですが体に鱗(うろこ)があり、息子ピレーネは更に人魚に近く、一応人間の姿をしていますが、鱗だけでなく体中に鰭(ひれ)があって陸では生きられないのです。ひとつの作品の中で、これだけさまざまな人魚が登場するのは驚きですが、それだけ、手塚治虫の人魚に対する思い入れが強かったということなのでしょう。