やまなし

1985年

宮沢賢治の短編小説『やまなし』を大胆に再構築しマンガ化。詩的で不思議な童話の世界と、戦時の恐怖や残酷さが、交互に、微妙にシンクロしながら描かれています。

マンガ「やまなし」より

マンガ「やまなし」より

【解説】

宮沢賢治が1923年に発表した同題の短編小説を原作として、1985年、雑誌『コミックトム』に掲載された読み切り作品。

 

原作小説をマンガ化するにあたり手塚は大胆な構成のアレンジを行っている。

物語の舞台を太平洋戦争中の小さな田舎町へと移し、さらにマンガのページを上段と下段に分けて、上下でそれぞれ別々のお話が進行するという構成を取ったのだ。

 

下段では戦争が激しさを増してゆく中、公民館で最後のお芝居の上演を成功させようと努力する幼い兄弟とその父親の姿が描かれる。

一方、上段ではその兄弟の演じる『やまなし』の舞台が展開してゆく。

 

上段で交わされているのは賢治の小説から引用された詩的で不思議なセリフの数々である。

だが下段では、アメリカ艦載機による突然の空襲や、友だちの父親がスパイ容疑で憲兵に射殺されるなどの過酷な現実が淡々と描かれてゆく。

上段と下段の出来事と言葉が互いに影響し合い微妙にシンクロしながら、戦争のはらむ悲しさや矛盾、空しさが少しずつ浮き彫りになってゆくのである。