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虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー


 火事で家族を失った悲しみを抱える青年と、弓道を通じて彼に惹かれる幼馴染のヒロイン―― 細やかな心理描写と巧みなストーリーの傑作少女マンガ『花に染む』。集英社「ココハナ」に連載され話題を呼び、2016年11月号にて完結となった本作が、第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞を受賞しました!
 長らく「別冊マーガレット」でご活躍され、少女たちの心をつかんできた「少女マンガの旗手」でもあるくらもちさんは、なんと、大の手塚ファンでもありました! 受賞作の話はもちろん、手塚治虫作品の思い出や意外なご縁まで、ほかでは聞けない秘話も飛び出しましたよ!



『花に染む』に描かれたメッセージ


――――このたびは手塚治虫文化賞 マンガ大賞の受賞、おめでとうございます! 『花に染む』を拝読すると、実は解かれていない謎がいろいろ残されているのでは? と感じました。


くらもちふさこさん :(以下、くらもち)

 私としては全て決着をつけたつもりなんです。しかし、実は読者の方々からも同じような感想を寄せて頂いていまして…、具体的にどのあたりに、決着がついていないな、と思われましたか?


――――『花に染む』や『駅から5分』では、どんな登場人物にも心があって事情がある、というふうに描かれています。比々羅木神社に火をつけた犯人にも何か事情があって、それが語られるのかな、と思っていました。


くらもち :

 実は、放火の犯人が誰だったのか、という点は、初めから特に詳しいところまでは考えておりませんでした。あくまで、主人公・圓城陽大えんじょうはるとの人生を形成する一つの事件、ということで描き始めたんです。
 ところが、読者の皆様の反響から、「犯人は誰それに違いない」という声が上がってきて、「これはまずいな」と思ったんです。犯人は全然、ストーリーには関係がないんです。でも、読者が気にしている、ということは少し触れておかなければならないかな、ということで、担当編集者の北方早穂子さんと相談しまして、ほんの軽く、触れる程度にエピソードを加えました。
 そうはいってもこれはとても大事な問題で、テーマの一つでもあります。近年、青少年犯罪や通り魔事件などで、あまりにも罪や命を簡単に考えてしまう傾向があることが、以前から気になっていて。
 話は少し変わりますが、たとえば「フリーター」という言葉がありますよね。
 自分は無職である、というときに、私たちが感じるいろいろな感情、いたたまれなさだったり、不安だったりというようなものが、「フリーター」という、まるで一つの職業のような名前が付けられると、なぜか気が楽になってしまう。本来はネガティブな意味が含まれていた「無職」というものが、言葉の言い換えだけでずいぶん、軽いものになってしまいます。
 ちょうどそのような感じで、「誰かを殺す」ということが、最近はずいぶん軽くなってしまってはいないか、という危機感を感じたんです。「殺してみたかったから、殺した」という犯人が実際に報道されたりすると、殺人に対する価値観が軽いものに変わっていってしまうのではないか、と。そういうふうになってしまうのは怖いことですよね。
 「殺してみたかったから」というような軽い気持ちで殺された人や、その周りの人々が、いったいどういう思いでいるのか? ということを『花に染む』では中心に描きたかったのもあり、作中の放火犯には事情はありません。「火をつけたかったから火をつけた」のです。
「想像力」というのが私の中では今ものすごく重要なテーマになっています。最近は、情報網が発達しすぎたのか、自分のことは一生懸命想像できるんですけど、相手のことを想像する、という機会がなくなってきているのかもしれないと思うんです。ネット社会の情報網というのは、「聞けばすぐ答える」的なものがあって、たとえば、本の感想とかでも、「みんなこういっているから、自分もそう思った」となってしまう。昔はそういうものがなかったから、自分でもんもんと考えるじゃないですか、いろいろと。ところが今は、そうやって多くを考える機会がすべての世代の人から失われてしまっているように感じるんです。
「被害者ってこういう気持ちでいるよ」とか、「被害者もやっぱり、自分と同じ人生を歩んでいるよ」とか、そういう事をもんもんと考えて、想像して、それを描きたいな、と。読者にはもしかしたら届かないにしても、私はとにかく、描きたい、と思ったんですよ。最後まで完結させたい! と。


――――恋愛マンガとしても、ラストシーンは少し謎めいていると思いました。大団円の恋愛成就ではないですよね。


くらもち :

 本当は恋愛面こそ決着をつけたかったのですけれども、決着をつける、ということはつまり、誰かと誰かがくっつく、ということですよね。しかし、作品を読んだ方なら、それがとても複雑で、一筋縄ではいかないことがよくお分かりになると思うんです。
 作中では花乃かの楼良ろうらという、二人のヒロインが登場しますが、陽大がどちらかとくっつくような、決着をつけることを作者の私が行ってしまうと、読者が自由に想像する余地がなくなってしまうじゃないですか。実は私の中でもちゃんとした答えはあるのですが、おそらくどちらのヒロイン派も、ちょっとがっかりするかも知れないです。ここにいらっしゃる、虫ん坊スタッフさんだけに真相を教えちゃいますとね……、
(以下、ヒミツです! ごめんなさい! 皆さんも作品を読みかえして、いろいろ想像してみてくださいっ)


『駅から5分』と『花に染む』と


虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

『駅から5分』last episodeより。「想像してみろ」と言う陽大。「誰でもいいから…」といいかける沢田陽生さわだはるきの視点で描かれることで、読者としてはよりはっとさせられる名セリフになっています。


――――『駅から5分』のどのあたりから、『花に染む』の構想は生まれたのでしょうか?


くらもち :

 『駅から5分』を描き始めた当初は、『花に染む』の存在は当然頭にはまだなくって、とはいえ圓城陽大というキャラクターについては、どのように扱おうか、決めかねていました。こう言ってしまうと口幅ったいですが、陽大のようなミステリアスな青年というのは、私が得意とするキャラクター像とでもいうのか、描いてみたくなる男性像なんです。
 陽大も初めはいつもの私の描く青年にちょっと個性がついたみたいな感じのキャラクターだったんです。ところが『駅から5分』の語りの形式でいくと、いつかは陽大を主人公にした回が訪れるだろうし、読者もそれを期待しますよね。
 そのような、「彼の物語」が待たれているような雰囲気になってきた頃に、「そろそろ描かなければまずいな」と思い始めたんです。
 陽大の「ミステリアスさ」を保ったまま、彼を主人公にするにはどうしたらいいか。「なんだ、意外と普通の男子じゃん」となってしまうので、内面を暴露してしまうわけにはいきません。そこで、ひとまずは彼の事については、花乃というヒロイン兼語り部のキャラクターを出して一話のみではなく、三話なり六話なり、ボリュームのある連載にして描いていけば、ミステリアスさを残せるかな、と思ったんです。弓道をやっていて、神社の息子で…、という彼のディテルからしても、いろいろ説明も必要ですからね。これは一つのお話になるな、と。
 その構想が生まれたときに、『花に染む』が誕生した、と言えます。
 『駅から5分』は中断してしまうけれども、『花に染む』完結後、『駅から5分』の最終話を発表して、一つのお話として読んでいただける工夫もしました。
 具体的には、『駅から5分』の水野楼良が登場するEpisode5では、もう考えてあったと思います。

 この時点で実は始まってから1年以上が経っているんですよ。Episode4を描く前に病気療養をいただきまして、入院をしていました。頭を手術したんです。


――――え!


虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

『駅から5分』のEpisode5。プリンセス・ファッションに身を包んだ女性・水野楼良みずのろうらが登場する


くらもちさんの創作の秘密


くらもち :

 頭に良性の腫瘤が出来て視神経に影響が出てしまって、それを取ったんです。本当にもう、「ブラック・ジャック先生、助けて!」という気分でした!
 術後、どうも視神経に影響が出ていたらしく、目の見え方が何とも言えない、おかしな感じになっていました。
 まず、視野が狭くなって、手もとが全然見えなくなったんですよ。あとは、みなさんの動きがものすごくスローモーに見えたり…、それから、目をつぶると暗闇に写植がいっぱい浮かんでいるんです。全部、明朝体の。宇宙に星くずのように文字が浮かんでいるような感じで。みなさんの言っていることがそのまま、視覚化されている、という感じでしょうか。
 もう全快しましたが、その体験が『駅から5分』のインターネット内の表現につながりました。


――――『駅から5分』のEpisode4は、特殊な表現方法が印象的でした。


虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー


虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

   『駅から5分』より


くらもち :

 ちょうどそのころ、インターネットも始めたばかりで、「掲示板」というものがあることを知ったばかりだったんですが、その実体験から、この話が生まれたんです。復帰第一作から、「これは難解だ」という声もあったのですが…。
 このEpisode4から『花に染む』までがつながっている、ということを考えても、日々生きることも、なんというか、取りこぼしのないように生きていかなきゃな、と最近思うんです。


――――くらもち作品に漂っている、一見ありふれた風景がとても詩的に表現されて、素敵に見えてしまうあの雰囲気ですが、どのようにして生み出されているのでしょう?


くらもち :

 実は、私は自分でも時々、どうしてこう描いたのか分からない、という事があるんです。でも、そういうものを描くと、なぜか必ず、どなたかには通じるんですよね。「こういう理屈で伝わった」というものではなくて、感覚的に伝わるんです。「分からない」と言われながらも、最後まで読んでくださって、「なんだか分からないけどよかった」とおっしゃっていただけることが、私としては一番うれしいことです。
 もっと観察力があって、「こうだからここに惹かれたんだな」と、すぐ理解できる方のほうが多いのかもしれないのですが、それは私にはできないので、あえて言えば、感覚を伝える、ということだけが私の「技」なんだと思います。


――――『花に染む』は弓道が主軸となっている作品ですが、どのような取材をされたんでしょうか?


くらもち :

 実際に習ってみた体験は大きかったです。初めは、出ている本をとにかくいっぱい買ったり、ネットで調べたりしたのですが、メジャーなスポーツと違って資料が少なくて。高校生や大学生の参加する試合を見に行ったりもしたのですが、試合は客席から見るものですから、射手に実際にきこえている音なんかは良くわからないじゃないですか。


――――音、ですか。


くらもち :

 なぜ音が大事か、というと、マンガに描く擬音を、どう描いたらいいかな、って…。
 以前、私がアシスタントをしていた時代に、お手伝いさせていただいていた先生から、「ねえ、ふすまを開ける音って、どう書いたらいいだろう」って、相談を受けたんですね。引き戸が「ガラガラ」だから、「カラ」ですかねえ、なんて答えたんですけれども、先生の反応はいまひとつで。まさに自分が描くようになって「ああ、これかあ…!」ってずっと思ってます。いろんな音に対して、もっといい表現はないかな、と考え込むことが多くて。
 それで、音を聞くために担当さんと一緒に習い始めたのですが、始めのうちは何もかもよく分からなくてよく注意されました。「肩を上げない」、「ここは腕を曲げない」って。その都度一生懸命直すんだけれども、なぜそうしなきゃいけないのかは分からないんです。でもともかく、言われたとおりに毎日毎日、引き続けるんですよ。すると、たまたま、一度だけ、全てが正解だったことがあったみたいで、本当にふっと、何の力も入れずに引けたんです。
 それが出来た時、「あ、こういうことか!」ってすべてがつながって。一つ一つの動作がすべて、正しい形でないと、正しい引きは出来ない、ということが体得できた瞬間でした。それも作品に活かすことができました。


――――競技中に描かれる擬音では、たとえばどのようなものに活かされていますか?


くらもち :

 矢が的に当たるシーンなどでしょうか。的に当たった時には、ほんとに「タンッ」っていう気持ちのよい音がするんですが、実はそれよりも、外したときの描写が気に入っていて。


――――「もすっ」「のすっ」っていう…。



虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

外した音の擬音


くらもち :

 あれはすごく考えたんです! 実際はほとんど音がしないんです。だから、自分の感覚から想像して描いている部分も多いのですが、私の中ではあの音しかないな、と思っています。ふざけてる、と思われるかもしれないけど、しょうがないな、と(笑)。
 どうしてもこだわりがあるシーンの描き文字などは、アシスタントさんから原稿を奪って、自分で描いたりもします。手塚マンガに出てくる描き文字とかにも、すごく影響を受けてるんです。手塚先生の擬音の文字って、カクカクしてとがっているものでも、よく見ると先が丸くなってるんです。


――――現役の弓道部員へのインタビューとかは、なさらなかったんですか?


くらもち :

 二校に取材の申し込みはしたのですが、お返事が返ってこなくて。
 三重で行われる大会の取材に行った際に、そこでトーナメント表に張り付いて、必死の形相で写真を撮りまくっていたら、よほど不審だったのか(笑)、ある大学の弓道チームの監督にお声掛けをいただいて、とてもよい場所で試合を見せていただきました。学生さんの事もいろいろ、教えてくださったんです。「キャプテンの彼は、弓を引いている時はすごく良い顔をしているけど、道場から出てくるとほんとにチャラい子なんですよ」とか。その時にその先生にお会いできたことで、私の中で固かったイメージがかなりほぐれました。やはり取材は大事だなあ、と思います。
 ただ、お恥ずかしい話ですが、その時には私、正体を明かせなかったんです。正式に取材をしてしまうと、「せっかく応じて頂いたんだから、ちゃんと描かなきゃ、まじめに話を考えなきゃ……」と無意識に自分を縛ってしまうところもあって。マンガを描くにあたって、いい子ぶっちゃだめだな、と。
 やはりマンガって、芸術になっちゃいけないと思うんです。あくまで娯楽でなきゃ、と。だから、時には無茶ぶりも必要だと思っています。昔のマンガでは割と無茶も許されていたのですが、今は読者からリアルさを求められる面もありますから、無茶な展開をどうリアルっぽく描くか、というところが勝負なんですよね。


「花染町」の面影


――――二つの作品の舞台となる花染町の舞台を選ぶにあたり、どのようなことを大切にされましたか?


くらもち :

 私の場合は、全て身近な実体験がストーリーのヒントになるんです。『駅から5分』で舞台設定を考えるにあたって、自分の好きな場所で、アイディアが浮かびやすいところが良いな、と思ったんです。そうするとやっぱり、自分が住んでいた街になるんですよね。特に幼年期に過ごしたところって、思い出が多く残っていますから。
「花染町」のモデルは実は、駒込なんです。小さいころに住んでいて、同級生に神社の息子がいて。そういうところから、陽大のキャラクターも生まれました。
 それに、駒込はソメイヨシノの発祥の地でもあるんです! ソメイヨシノの「染」と、桜の「花」をとって、「花染町」という名前を考えました。
『駅から5分』が始まった当初は、先ほどお話した通り、まだ『花に染む』の連載は考えていなかったのですが、そのあとしばらくして、西行法師のあの「花に染む…」という歌に偶然出会ったんです。



虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

西行法師の歌と、陽大の姿が重なる


 これはもう、陽大のストーリーに使うしかない! と思いました。歌の内容があまりに陽大の心情とかぶるんですよね。そんなことも私を後押ししてくれたんだと思います。この歌と出会うことで、「花染町」という名前とストーリーのすべてがつながった気がしました。
 ……いま、この話をしていて思い出したんですけれども、駒込時代の古いお友達仲間が、春の桜の季節になると、いつも連絡をくれるんです。六義園にお花見に行こうよ、って。
 その仲間の一人の女性が、「『花に染む』手塚治虫文化賞にノミネートされたんだってね!」って連絡をくれて。「拝んどくね!」っていうから、なんだろう、と思っていたんです。その時はもう、ノミネートされただけで十分だ、上出来だ、と思ってたので…。
 その後、大賞をいただけることになった後、また彼女から連絡が来て、「大賞おめでとう! 私お墓参りの時に一緒にお願いしておいたんだ」ってまたいうんです。彼女のお父様はすでにお亡くなりになっているので、そのお墓参りというのはお父様のお墓参りなんですが、「え? 誰に? お父様に?」って聞いたら、「実はね、言ってなかったんだけど、私の父のお墓の二基となりが、手塚治虫先生のお墓なの」って!


――――えええ! すごい偶然ですね!


くらもち :

 そんな話をしたのが実はつい、昨日なんです! 本当にびっくりして。
 だから、今度、そのお友達と二人で、先生のお墓にお礼にお参りに行こうと思っています。なんだか、長いこと掛かって、思わぬご縁で先生のお墓に導かれたような気持でした。


手塚治虫について


虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー


――――手塚治虫作品と初めて出会ったのは、いつで、どの作品でしたか?


くらもち :

 子どもの頃は、お金がなかったので、本が買えなくて。男の子のいとこの家で『少年ブック』を買っていて、遊びに行くたびに読ませてもらっていました。最初に読んだのは確か、『ビッグX』だったと思うんですよ。それも、途中からで。
 ちょうど、万年筆型の注射器を腕に刺して、主人公が大きくなるシーンで、建物も、家もどんどん壊して、大きくなっていくんです。「うわあ! 面白い!」と思って。大人になってから単行本になったのを読んで、初めてああいうお話だったことを知りました。
 そのあと、お小遣いをコツコツためてカッパコミクスというシリーズで『鉄腕アトム』を買っていたんです。それを5冊ぐらいかな、一生懸命集めて。おまけにシールが付いているんですけれども、それをまた、宝物のように大事にしてました。普通、子どもってすぐにいろいろなところに貼っちゃいますけど、それもせずに。そのころから、オタク気質だったんですね…。
 ところが、引っ越しかなにかのタイミングで、母親にすべて捨てられちゃったんですよ!


――――それはショックですね…!


くらもち :

 本当に、ショックで…。今でもショックなんですけど、もう泣きわめいて大喧嘩して。初めて親に歯向かいました。
 今は、オークションなどもあって、ネットで買い直そう、ということもできるけれども、その時はもう二度と手に入らない! という思いでしたので…。

 あとはやっぱり、アニメなんですよ。ある日、どこで知ったのか、……当時のことですから、雑誌か本か何かに載っていたんだと思うんですけど、『鉄腕アトム』のアニメが始まることを知って。テレビでも宣伝をしていたのかもしれないです。とにかく、放送日と時間をすっかり覚えていて、始まる当日はもう、「今日は鉄腕アトムが始まる日だ!」となってもう、頭の中はそれいっぱいでした。時間のかなり前から、テレビの前に正座して、待っていました。


――――放送日は、1963年1月1日、元旦だったんですよね。


くらもち :

 もうお年玉とかも何もかもきっと、忘れてたんです。正座してたことははっきり覚えています。小学校低学年、1年か、2年だったと思います。
 ところがそうして待っているうちに、関係者でもない、ただの子どもなのに(笑)、緊張してきちゃって。いざ始まる、というときになってお腹が痛くなってきちゃって、トイレにも行かずにお腹を抱えながら、一生懸命見てました。
 アニメの歌が入っているソノシートも何枚か持っていて、それをわざわざ扉を開けてボリュームを大きくして掛けていました。たくさんのひとに聞いてほしかったんです。今思うとよく近所から文句がでなかったな、と(笑)。本当に、凄かったです、アトムに対する思いが。
 『ジャングル大帝』の歌もそうですし、『悟空の大冒険』の背景の色彩や、演出の新しさも、すごく印象に残っています。『悟空』のころはもうかなり大きくなっていたけれども、すごく斬新だな、と思っていました。手塚先生はアニメでも、日本では「初の試み」という事をいろいろ成し遂げられた方だと思うのですが、それにまんまと載せられた子どもでしたね。あの時代に子どもでよかったと思います。今のようにいろいろなものはないけれども、あの年頃に、ああいう素晴らしいものを見聞きできたことは幸せなことだと思います。ごく自然に、子どもだから素直に邪念なく体内に取り入れることが出来たわけですから。



虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

『駅から5分』last episodeの群衆シーン。一人一人のキャラクターがここで一堂に会する


――――手塚マンガから影響を受けたところとかはありますか? 子ども時代でも、大人になってからでも構わないのですが…。


くらもち :

 ストーリー的な部分では、たとえば『空気の底』のような、少し暗い面が出ている作品がありますよね。私は手塚先生のそういった部分がまた好きで、時々、受けた影響を出しているかもしれないな、と思います。手塚先生のようにはうまく描けないんですけれども、全面的に元気に明るく、とはならない面があって。『鉄腕アトム』もそうじゃないですか。作品には出せていなくても、自分自身の思想の中に、手塚先生のシビアな視点の影響は受けているなあ、と常々思っています。


――――くらもち先生は1972年デビューで、手塚治虫の現役時代から、同じマンガ家として活躍されています。同業者にとって、手塚治虫はどんな存在でしたか?


くらもち :

 たしかに同じマンガ家なんですが、先生と同業者でございます、なんて絶対言えないです! うまく言えないんですけれども、……なんというか、歴史上の人物です!


――――なんかこう、音楽家にとってのベートーヴェンみたいな。


くらもち :

 そうですね! たとえば私が、作曲家をやっているとして、「ベートーヴェンさんも作曲家なんですよ」と言われても、いやいやいや、…、とそういう感じなんです。ですから、先生の作品を拝見するときも、何か参考にしようとかそういうことは一切なくて、完璧に読者になっていますね。
 
 ただ、お会いして、お話したりしたことはないのですが、私自身は手塚先生の孫弟子のような気持ちもあります。
 というのも、私がデビューした頃の「別冊マーガレット」の審査員だった鈴木光明先生には、なにかとご指導を頂いたのですが、鈴木先生は手塚先生の推薦で「おもしろブック」に連載をされるなど、手塚治虫先生ともゆかりが深く、鈴木先生を通じて手塚作品の真髄をたたきこまれたように思っています。

 先生が亡くなられた年齢が60歳じゃないですか。その年齢を越えちゃった、というときにはなんだか自分としては非常にショックでした。先生と同じ年月、生きているのに何もしてないな、と思って、泣きそうになりました。作品の数は勿論、内容もまた、手塚先生の1冊にも及ばない、という思いです。
 ですから、今回の賞はどれほど私にとって重みのあるものか、言葉には言い表せないくらいです。「うれしい」とか最初に出てきませんでした。
 担当編集者の北方さんから受賞の報せを受けても、「どうしよう」しか出てこなくて……。
 運を全部、使い切っちゃたかも……。


――――いやいやいや! これからもどうか素敵な作品を楽しみにしています! このたびは本当におめでとうございます! インタビューにお答えいただき、ありがとうございました。



虫ん坊 2017年6月号 第21回 手塚治虫文化賞 マンガ大賞受賞『花に染む』くらもちふさこさんインタビュー

『花に染む』の陽大とアトムのツーショット、というここでしかありえない?!色紙を描いていただきました!



 お知らせ


くらもち先生と担当編集の北方さんの、伊勢道中を描いたエッセイ! 
 手塚作品でもおなじみのあの神様へお参りに行かれたお二人のお話が軽妙に描かれた『とことこクエスト』は、「ココハナ」2017年6月号から掲載されています!

ココハナ公式サイト:http://cocohana.shueisha.co.jp/now/


 関連リンク

第21回 手塚治虫文化賞についてはこちら




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