今年も手塚治虫文化賞発表の季節がやってきました。
手塚治虫の業績を記念して、マンガ文化の発展に寄与することを目的に、朝日新聞社によって1997年に創設されたこの賞も、今年で20周年を迎えます。
今回は20周年を記念して特別イベントも催され、賑やかな一幕となりました。第20回手塚治虫文化賞受賞作は以下のとおり。
◆ マンガ大賞
「鼻紙写楽」(小学館) 一ノ関圭さん
「よつばと!」(KADOKAWA) あずまきよひこさん
◆新生賞
「町田くんの世界」(集英社) 安藤ゆきさん
◆短編賞
「じみへん」(小学館) 中崎タツヤさん
◆特別賞
京都国際マンガミュージアム
当日は、選考委員を代表して作家のあさのあつこさんより選評スピーチがありました。
マンガ大賞、「鼻紙写楽」につきましては、まず圧倒的な絵の力に選考員全員が打たれました。みなもと太郎選考委員から「一ノ関さんは、木綿と絹の違いを絵で描き分けられる」という実に秀逸なご意見が出され、選考員一同息をついた一場面もありました。
まさにそのご意見に代表されるように、「鼻紙写楽」では細かな江戸の時代背景だけではなく、人物ひとりひとりの心の表情までもしっかり描きわけられており、リアリティをもって読者に示してくださっています。その圧倒的な画力、ストーリーの面白さが高く評価されました。
それと同時に、「よつばと!」が候補に挙がりました。子を産んで育てた者として強く惹かれたのは、この作品には、大人と子どもの理想の姿がこの作品には描かれているということです。
よつばが「きょうもいちにち たのしかった」とつぶやいて眠りにつくシーンがあるのですが、そう呟いて眠りにつける、これほど幸せな子が現在の日本にどれぐらいいるのだろうか。まさに子どもと大人のしあわせを描いた、私にとっては非常にリアルなファンタジーの物語でありました。今までこういう物語を読んだことがなかったので、是非にという思いで推薦しました。
以上の2作品が最終選考に残り、多数決を取ったときに「鼻紙写楽」を推したのは男性、「よつばと!」を推したのは女性、ときれいに4対4に分かれました。
だからといって、「よつばと!」を推した方が「鼻紙写楽」を認めないかというとそういうことは全くなく、個々の魅力は高く評価されました。このふたつの作品のどちらが優れているかを決めることは全く無意味であると思いました。漫画という世界の果てない魅力というものを全く極端な形で、このふたつの作品が代表しているのではないか、それならば2つの作品を同時受賞にすることが相応しいのではないかという結果に落ち着きました。
新生賞「町田くんの世界」は、町田くんという少年の、個性のないような個性を描いています。地味で真面目で、分け隔てなく人を愛し愛される町田くんは、少女漫画に新たなタイプの主人公像を打ち立てたとして、高く評価されました。
「じみへん」につきましては、他の誰にも生み出せない、この人にしか生み出せない世界というものがたしかにあります。
それは道は違えど、私も表現者として、創作者として本当に焦がれるように望んできたことです。自分にしか描けない世界を自分で生み出したという、それは私にとっては未だ叶わない世界ですけれども、「じみへん」は見事にそれを現実のものにしたという、まさに短編賞にふさわしいという議論がなされました。
最終選考に残った作品はどれも素晴らしく、どういう風に選んだら良いか、選考員それぞれの思いや、思想、信念あるいは人生論をかけて熱い議論が交わされ、荒れに荒れた選考会となりました。受賞された作家の皆様、本当におめでとうございます。
マンガ大賞 「鼻紙写楽」(小学館) 一ノ関圭さん
「四半世紀ぶりの新作」とマンガの帯に書かれました、一ノ関圭です。
最近、テレビで一人農業という言葉を知りましたが、私は一人漫画家です。このような場に立つことももうあまりないと思いますので、せっかくですから、一人漫画家がどのようにマンガを作っていくのか、簡単にお話したいと思います。
漫画家は、頭の中に一つの場面が浮かびましたら、まず、小説家のようにとりあえずざっとストーリーを考えてみます。次に脚本家のように、場面と場面を繋いでもっと細かくシナリオにしていきます。そして映画監督のように、そのシナリオをもとにキャラクターと台詞を入れた絵コンテをこしらえます。これをネームといいます。
ここに演出家のような役割である編集者が登場します。老練な編集者に、漫画家はこてんぱんにしてやられ、それでもすったもんだ丁々発止とやりあい、やっとOKがでましたら、次の段階に進みます。
美術監督のように走り回って各種資料を取り揃え、役者のように細かな演技プランを練りつつ、画家のように紙の上のひとコマひとコマに絵を入れてゆくのです。それからは毎日コマの中に絵を入れていく作業が続きます。消しゴムが飛んでどこか堆積物の中に潜り込んで二度と出てこなくなっても、踏み場のなくなった足元にカッターナイフが転がっていても、昨日貼ったはずの着物の柄のスクリーントーンがいつのまにか剥がれていても見てみぬふりをいたしますが、その着物の柄がありえない所にくっついていたりすると、歯軋りしながらはがします。
この頃になりますと、腕の良いパイロットのように、とにかく滑走路のうえにソフトランディングすることしか考えておりません。もしものことがあったらゾッとするわけですが、そういう事態を察知してか、ひっきりなしに編集者からの電話が鳴ります。
「今会社出ました。今そちらへ向かっています。」「喫茶店につきました。いつまでも待っています。」……怖いです。でもハートを強く持ち、震える手で最後のコマを埋めたら原稿をつかんで自転車を飛ばします。
一方、喫茶店の片隅で待ちくたびれ、これからが仕事の編集者はやっときた原稿をもぎ取り、血走った目で一枚一枚確認し、「こんな小さなフキダシの中に、この量のネームが入ると思ってるの?」と呟きます。やがて小さなため息と共に彼が原稿を小脇に抱え、目の前からいなくなり、そしてハッと我に返るのです。
喧騒の時は過ぎ、からっぽになって、もはや何者でもなくなった自分に気がつきます。こうして短編が一本出来上がります。これを何十年も続けていますと、目と不整脈と悪玉コレステロールと人間関係に問題を生じます。
私の原稿を長年待ち続けてくれた編集者のみなさん。皆さんの忍耐と辛抱と奔走が、何周も周回遅れだった「鼻紙写楽」を世に送り出してくれました。
漫画家が長距離ランナーなら、編集者は、ランナーより孤独な伴走するランナーだと思います。この賞は、皆様のおかげです。ありがとうございました。
マンガ大賞 「よつばと!」(KADOKAWA) あずまきよひこさん
私の場合は、シナリオなしでいきなり絵コンテを描き始め、絵コンテが未完成のまま作画に入り、途中で全てボツにして全部描き直しをすることがよくあります。
そのせいか、単行本がでるのが2、3年遅れてしまいました。次もきっと遅れると思います。でも、「よつばと!」ですから、この先展開がガラリと変わることもなく今まで通りよつば達の日常が続くと思いますので、どうぞゆっくりと次巻を待っていただければと思います。
いつも作業を手伝ってくれるアシスタントの皆さん、いつも原稿が遅れに遅れご迷惑をお掛けしている印刷所の皆さん、「よつばと!」を賞に選んでくださった選考員の皆さん……とくに女性の選考員の方々、本当にありがとうございました。
新生賞 「町田くんの世界」(集英社) 安藤ゆきさん
短編賞 「じみへん」(小学館) 中崎タツヤさん
特別賞 京都国際マンガミュージアム 館長・養老孟司さん
「対談・漫画家という仕事〜描線ということば〜」
手塚治虫文化賞20周年記念イベントとして、漫画家・浦沢直樹さんと「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰の糸井重里さんによる対談が行われました。
浦沢さんが手塚治虫に影響を受けた描写や、手塚治虫の描く目の形の変遷など、その場でイラストを描きながら、トークを繰り広げました。
「対決・画力対決7番勝負」
また、しりあがり寿さんと西原理恵子さんによる画力対決コーナーも。
2人の画力対決は、2006年度の手塚治虫文化賞 10周年記念イベント「マンガ未来世紀」でも行われ、10年越しの因縁の対決でした。
今回の受賞作をはじめ、「鉄腕アトム」「孤独のグルメ」「ポーの一族」など、幅広いジャンルの作品をお互いに記憶を頼りに描くというこの画力対決。
「10年経っても絵柄がなにひとつ進化していない……。」と呟きながら、両者のシュールテイストが効いたイラストが炸裂。スクリーンに作品が映し出されるたびに、会場は笑いに包まれました。
スペシャルトーク「マンガとミュージアム」
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