『ワンサくん』、『ジャングル大帝』に続き、手塚流ナンセンス風刺マンガの決定版『人間ども集まれ!』も舞台化!
長野県にあるまつもと市民芸術館のレジデントカンパニーTCアルプが公演を手掛け、脚本・演出は舞台『アドルフに告ぐ』の木内宏昌氏が担当します。
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今月のオススメデゴンス! では、タイトルからしてインパクト絶大な『人間ども集まれ!』をフィーチャー!!
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『人間ども集まれ!』2 あとがき より)
劇画ではなく、いわゆるアダルト(おとな)ものの長編コミックをかいた最初は、昭和三十年の「第三帝国の崩壊」です。
これは、当時おとなむけの漫画雑誌の最右翼だった漫画読本(文芸春秋増刊)に掲載したのです。そのあと、「昆虫少女の放浪記(漫画読本)」「週間探偵登場(別冊週刊漫画TIMES)」「よろめき動物記(サンデー毎日)」などがつづいて、週刊漫画サンデーに「タダノブ」「人間ども集まれ!」「上を下へのジレッタ」などが連載されるのです。
そのころの週刊漫画サンデーは、今みたいな劇画誌ではなく、漫画集団の作品を中心としたユーモア・ナンセンスものの専門誌でありました。
なぜこういう画風でこれらの作品をかいたか、という点については、たしかに漫画集団の人たちの画風の影響をうけていることは事実ですけれども、なによりも、それまでのぼくの漫画の画風に限界を感じていたからです。子どもむけの、あかぬけしない、ごちゃごちゃしたペンタッチから、ぬけだしたいとも思っていたからです。
それが成功したかしないかは別として、手塚治虫の漫画にしては、どうも荒けずりな、かきなぐりのようなペンタッチである、と批評されたりしました。
漫画家もだんだん年をとっていくと、若いときのようなこまかな線がなかなかかけなくなるといいます。ぼくの場合、たしかに目がわるいせいもあって、こまかいペンタッチにはしだいに苦痛を感じてきたわけで、この「人間ども集まれ!」や「フースケ・シリーズ(漫画サンデー)」のようなかき方は、たいへん気らくに、気をはらずにかくことができました。ただ、たくさんの子どもむけ連載漫画をかかえているなかに、ひとつやふたつこのように画風をかえてかくと、どうしても劇画ふうのペンタッチがまぎれこみます。この「人間ども集まれ!」にも、そんなゴタゴタした部分があちこちにでています。
この漫画のラストは、単行本むけにすこしかきなおしてあるのです。連載の最終回は、もっとハッピーエンドでした。それを、このようなつきはなすような結末にしたのは、カレル・チャペックの「山椒魚戦争」のラストに感銘をうけた影響があると思っています。こんどの全集の上梓のさいにもとにもどしたら、という話もあったのですが、あえて単行本の形のままで再録しました。ぼくはこういう終わり方のほうがすきです。
手塚治虫は、かつて「漫画は風刺である」と語っていますが、この「人間ども集まれ!」は、手塚治虫の中の風刺精神がうみだした作品だといえます。
東南アジアの独裁国・パイパニアでは、ゲリラとの戦いが繰り広げられていたが、日本人の自衛隊員・天下太平は、兵役を拒否して戦場から脱走。その後、つかまった天下太平は、人工授精で兵隊を作るための実験材料にされるが、彼の精子が世にも珍しい突然変異の物※であったため、これを利用しようとする人間たちの思惑に巻き込まれていく…という物語です。男でも女でもない「第3の性・無性人間」を生み出すことのできる精子という、医学的だが奇抜なアイディアが軸になっています。
人間としての権利を与えられずに迫害される「無性人間」は、かつての黒人や第二次大戦下のユダヤ人を連想させますし、彼らを兵隊として輸出したり、戦争ショーを行うというアイディアも、戦争、権力、エコノミック・アニマルなど、人間の醜さや愚かさを徹底的に風刺したもので、そのテーマ性の高さは、まさに「漫画=風刺説」をとなえる手塚治虫の面目躍如と言ったところ。また何より、自らが考案した「無性人間」の設定を掘り下げつつ、ときにはSF的な味付けも加えながら物語を転がしていくのは、作家・手塚治虫にとって楽しい作業だったに違いありません。
「性」という題材に正面から取り組み、ナンセンスなギャグの形式をとりながらも、風刺をピリリと効かせたこの「人間ども集まれ!」は、そのシンプルな描線を含めて、まさに「大人むけ」に用意された作品です。もちろんこれから大人になる人たちにも読んでほしい作品ですが、手塚ファンの読者には、ラストで人間たちに対して反乱を起こす無性人間たちと天下太平の関係が、名作「ロック冒険記」の鳥人とロックの関係を彷彿とさせる点にも注目してほしいと思います。
なお、解説中にふれられている、単行本におけるラストの描き直しについては、1999年に実業之日本社より「人間ども集まれ! 完全版」として連載バージョンが単行本化されていますので、機会があれば読み比べてみるのもいいのではないでしょうか。
見た目は平凡だが、世にも珍しい突然変異のアレ を持つ天下太平と爆弾ゲリラ女闘士・リラとの間に生まれた、無性人間第一号の未来(ミキ)。
「無性人間」は生まれつき生殖機能がなく、本能的に主人の命令を忠実に実行することで満足する性質を持っています。
このシーンでは、陰謀により母親を殺し屋に殺害された直後、憎しみにかられた天下太平が「パパの命令だ、殺せ!!」と未来に命じます。今までの中二病を患わせた展開から一変、未来の中にある「無性人間」としての本能が覚醒するのです。
いとも簡単に2人の殺し屋を絞殺、単独で逃亡。時には男に、時には女になりながら、まるで呪いをかけられたかのように「何年かかってもママの仇を討つ」という気持ちを胸にその後の人生を歩んで行きます。
「とうちゃんは 誰にも 渡さ…ねえ ………」
天下太平の がラオスのヤミルートで売買され、「無性人間」の自覚がないまま女として生まれ育ったミンミンが力尽きるその直前に口にするセリフです。
マッサージ、囲碁、将棋、ギャンブル全般、ゴルフのキャディからヌードモデルなどなんでもこなせる上、尋常じゃない戦闘スキルまで持ち合わせているミンミン。途中、ジャングルで行き倒れになっていた天下太平と出会い、自らが「無性人間」だと知ります。
太平を"とうちゃん"と呼びながらも、太平をひとりの男として愛していきますが、生殖機能のない「無性人間」だけに人間と同じようにはいきません。
切なさでやりきれないそんな中、4万人の「無性人間」を集めて殺し合いをさせる"戦争ショ—"が行われるという情報を聞きつけた天下太平は、なんとしても阻止すべく、ミンミンに工作隊を組織し、サボタージュを起こさせるよう命じますが……。
潜伏していた島に打ち上げられている瀕死のミンミンを救出したのは未来でした。ミンミンが天下太平の居場所を知っていると分かった未来はミンミンを問いただしますが、ミンミンはそれを拒みます。「誰にも渡さない」という言葉には、天下太平に対する強い愛情と「無性人間」の中で一番特別なのは自分だという気持ちが感じられます。
最期の最期まで、まっすぐな愛に生きたミンミンと復讐心の中に生きている未来。
名前を与えられた「無性人間」どうしでありながら、真逆な運命を辿った二人が出会うところもポイントです。