好評の『鉄腕アトム』に続いて、復刊ドットコムより、光文社版の復刊版第2弾として、『ジャングル大帝』が今春、発売予定です。
『ジャングル大帝』といえば、講談社版手塚治虫漫画全集のあとがきに、手塚治虫が「『ジャングル大帝』のもとの原稿を、半分近く紛失してしまったことです。それで、この全集に収録されたものは、はじめのほうはみんな最近になって描きなおしたものだということです。」とあり、紛失の顛末から、前半のほとんどを描き直したことが明かされていますが、「どうしても、以前の絵のような味は出ませんでした」と、書き残されているいわくつきの作品。2009年に実に60年ぶりに月刊誌「漫画少年」に連載されたバージョンの完全再現版が発売、その後2010年に普及版も発売され、私たち現在の読者にも比較的容易にオリジナル版が読めるようになりました。
今回発売される「光文社版」というのは、そのオリジナル版をもとの原稿として編集・刊行されたシリーズ。「漫画少年」の原稿をもとに切り貼りでコマの配置を組み替えた「学童社版」をさらに組み替えたものです。
この「光文社版」とはいったいどんなものか? 手塚プロダクション資料室・森に聞きました。
長編冒険漫画 ジャングル大帝 [1958-59・復刻版] 全4巻
(1巻あたり6,156円(税込))
http://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68324665
――今回のお話なのですが、光文社版の『ジャングル大帝』というのは、講談社版の全集版や、小学館クリエイティブ版の「漫画少年」復刻版とはどうちがうのでしょうか?
手塚プロダクション 資料室長 森晴路(以下、森) :『ジャングル大帝』という作品は、先生が単行本化されるたびに手を入れているので有名なんですよね。ほかの作品もそうなのだけど、『ジャングル』は特に何度もやっている。
大まかに言うと、まず、「漫画少年」の連載版があって、それの単行本が2種類、学童社版と光文社版があって――これが今回の底本ですね――。で、そのあとアニメになる前に小学館の学年誌で、初めから描き直しているんですよ。それをもとに、1965年12月からB5判雑誌タイプの単行本「サンデー・コミックス」が、小学館より発行されました。途中からは描き下ろしで、最後のほうは「漫画少年」連載版の原稿をもとに描きなおしています。いま全集になっているのは、そちらのバージョンなんです。
ところがこのリメイク版が「前の絵ではない」ということで評判が今一つだったので、小学館から出した「ゴールデン・コミックス」の「手塚治虫全集」では、光文社版をもとにして出しましょう、となったんです。
当時はコピーがないから、原稿をそのたびに切り貼りして編集しているんですね。だから、「漫画少年」用に描かれた原稿を、学童社版の単行本を出したときに切り貼りをして、さらに光文社版を出したときに切り貼りをして、それが最終的原稿として残っています。
――『ジャングル大帝』としては、現存する最古の原稿、ということになるんですね。なるほど、全集の『ジャングル大帝』って、確かにちょっと、絵が新しいなあ、と感じるところがありますよね。
――現在の文庫全集とか、電子書籍版というのは、では…。
森 :リメイク版ですね。『レオちゃん』などの別の系統の作品を入れなければ、『ジャングル大帝』という作品は大まかに言って、2バージョン描かれているんです。「漫画少年版」と「リメイク版」ですね。リメイク版が、今一番ポピュラーな版ではないでしょうか。
だから、「漫画少年」連載版や学童社版の単行本はすでに復刻されていて、「サンデー・コミックス」版は復刻はないけど同じバージョンがたくさん出ている。けれど、光文社版だけは出ていない、というところがポイントではないかと思います。
――だから、やる意味がある、と。
森 :そうです。まあ、「ゴールデン・コミックス」版にはなっているんだけれど、それももうとうに絶版ですからね。
――中身はかなり、当時らしさを感じますね。ページごとに刷るインクを変えてみたり、2色刷りになっていたり…。
森 :単行本には4色のカラーページというのはほとんどなかったんですよね。2色ページがあるというのは確かに独特かもしれません。
でも、実は「漫画少年」連載版の単行本である学童社版も光文社版も、両方とも最後までは収録されていないんですよね。
――そうなんですか? どうしてでしょう?
森 :理由はいくつかあると思いますが、もしかしたら、先生がラストを描き直したかったのかもしれません。
ただ、完結していないから、単行本化されていない部分の原稿が残っていたわけです。
――「漫画少年」連載版ではラストまで描かれていますよね。
森 :はい。内容も講談社全集版とそれほど変わらないです。でも、……「ビランジ」という、竹内オサムさんが主宰されている雑誌がありまして、それの最近出た号で、みなもと太郎さんが「ジャングル大帝のことについて」という文章を書かれています。そこでも「何か違う結末になったんじゃないか」という推論を展開されています。
――ラストはけっこう、ショッキングだった、という人も多いですよね。その部分が変わっていたかもしれない、という可能性は…。
森 :それはないんじゃないかな。みなもとさんがおっしゃるには、「月光石」のお話が単なる山登りで終わってしまっているのがおかしいんじゃないか、ということでした。
――月光石を発見するシーンは全集版にはありますが、ちょっととってつけたような感じはありますね…。
森 :そのあたりはもう先生にしか分からないですよね。
まあ、もともとこの時代は、今と違って漫画の単行本はそれほど出ていない時代なんです。先生の単行本が多数出ているのは、珍しいことなんですよ。完結していない、といえば、当時ものすごいベストセラーだった『赤胴鈴之助』とか、『まぼろし探偵』といった作品がありますが、そういう作品でさえ完結までは発行されていませんから。完結しないことも珍しいことじゃなかったんですよ。人気があると本にするんだけど、ブームが去ったらもうやめちゃう、という。
――シビアだったんですね。今と比べても…。
――もっとも、装丁には描きおろしの絵が入っていたりして、力が入っている感じはしますね。
森 :これは「光文社全集」のパターンで。『ジャングル大帝』が全集の第1巻になっていますから、この時にデザインを決めたんでしょうね。
――通し番号も変則的ですね。『ジャングル大帝』について言えば、3巻が出た後すぐに4巻が発売されたわけじゃないんですね。
森 :そうですね。3巻発売のあと、『鉄腕アトム』の5巻が出てから、『ジャングル大帝』の4巻が出たのかな。だから、通し番号は復刊版ではすべて外しています。
当時は、「全集」といえば傑作選集のようなものだったんですよ。手塚先生の場合は、これと同時期に鈴木出版から「手塚治虫漫画選集」というシリーズも出ていますから。どちらかと言えば鈴木出版のほうはあまり有名じゃない作品が入っていて、こちらの光文社のほうは有名どころが入っている。『アトム』と『ジャングル大帝』、それに『西遊記』と、なぜか、『黄金のトランク』…。先生にとっては、当時の代表作だったんでしょうね。『西遊記』が入っているのは、東映動画の『西遊記』の劇場アニメをやった後だからだと思います。
――先生のあとがきによると、紛失したはずだった原稿ですが、あったんですか!?
森 :すべてが紛失したわけではないです。このシリーズでいうと、2巻目の原稿がまるごと紛失していますが、そのほかの巻は残っています。それゆえ、「ゴールデン・コミックス」版の2巻目の部分は、リメイク版を光文社版のコマ割りに切り貼りしています。
――見事に一コマずつ切り貼りされていますね。
森 :見たとおり、三段貼りになっていますよね。だいたい、こんな感じなんですよ。
――後年と違って結構分厚い紙を使っていたんですね。
森 :このころは画用紙を使っていますね。だから、切り貼りを重ねるうちにどんどん分厚くなっていきますよね。台紙のほうは薄い紙だから、ちょっとよれてしまっている。
分厚い紙を使うと、切り貼りするときに段が出来ちゃいますからね。そういう不便はありますが、このころは切り貼りも先生が自ら行っています。
――そうした試行錯誤の果てに、先生の原稿用紙は薄くなっていった、と…。ところで今回の本は、原稿があるページについては撮り直したんですか?
森 :いや、基本的には表紙も含めて本からの復刻です。復刻版の場合、原稿は使わないですね。ただ、この裏表紙に使用した絵の原画を複製して、全巻購入者特典になる予定です。
――この裏表紙の原画は絵によってサイズが案外まちまちなんですね…。
森 :その時の気分で決めてたのかも知れないですね。
――『ジャングル大帝』の全集版のあとがきによれば、虫プロダクション時代にスタッフが原稿を借りたっきり、『ジャングル大帝』の原稿は半分ぐらい紛失した、ということですが、最近また、『マグマ大使』の原稿が戻ってきたそうですね。いったいどういう経緯だったんですか?
森 :ある編集者が持っておられて、返す機会がなかったということですが、久しぶりに手塚プロと仕事をすることになり、それで「返します」とおっしゃって。最近そういうことがよくあるんですよ。もう、先生が亡くなって27年にもなるのに。3回目か、4回目くらいですかね。
――これからもちょくちょく、こういう事はありそうなんですか?
森 :これからもあるかも知れないですね。あと最近よくあるのは、昔ファンの人に先生があげたものを、その方が亡くなって、ご遺族から「引き取ってくれないか」というお申し出を受けることです。宝塚の記念館にも、結構いろいろ寄贈されています。少し前に、手塚先生の学生時代の演劇関連の資料なども、ずいぶん寄贈されました。それとは関係ありませんが、わらび座の元主宰の原太郎氏の奥さん、原由子さんが、学生時代の先生といっしょの劇団でした。集合写真を持っていらして、伴俊男さんが取材して、『手塚治虫物語』にその写真が掲載されています。
――このバージョンの一番の推薦ポイントはどこになるのでしょうか?
森 :うーん…それがちょっと難しいんですよ。単行本としての面白さはあるけれど、「漫画少年」連載版は小学館クリエイティブから復刊本が出ていますから。マニア的にあれがいちばん貴重ではあるんです。
何しろ、連載版は「漫画少年」を全掲載号そろえなければ読めなかったですからね。単行本はまだ、集めるのは楽ですから。
もっとも、古書流通でこの本を探そうとすると、光文社バージョンもきれいな本に出会うのは難しいと思います。当時としてもこの本は定価が150円で、高かったんですよ。お金持ちの子どもしか、持っていなかったんではないでしょうか。主に貸本屋に流通していたはずです。今出てくるのはほとんどが貸本屋から流れた本ばかりで、読みこまれた本ばかりです。当時はマンガ本を取っておく、という文化自体がほとんどなかったですからね。
――ということは、この編集のバージョンは、いまは手に入りにくい、とは言えますね。
森 :それは確かにそうですね。読み比べたら面白いかもしれません。まあ、ある意味『ジャングル大帝』の変遷が分かる、とはいえると思います。
――それは十分、推薦ポイントだと思います!
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