手塚治虫の壮絶な現役時代のエピソードを関係者へのインタビュー取材で掘り起こし、マンガにした実録コミック『ブラック・ジャック創作秘話』。マンガ好きを中心に話題になり、2012年には、宝島社『このマンガがすごい!』オトコ編1位を受賞しました。
この『ブラック・ジャック創作秘話』の作者と“登場人物”が一堂に会するトークライブが、東京お台場・ニフティが運営するイベントハウス「東京カルチャーカルチャー」で5月17日に行われました! マンガの中でもさまざまな「手塚話」をご披露されている、手塚治虫の元アシスタントで現漫画家の、三浦みつるさん、同じく、わたべ淳さんと、『ブラック・ジャック創作秘話』の作者である宮崎克さん、吉本浩二さんが作品についての裏話や、ネット上で飛び交うさまざまな「手塚治虫のウワサ」について、トークを繰り広げました。
会場は「飲みながら楽しめる」がコンセプトのイベントハウス、ということで、終始まったりとした雰囲気でトークが楽しめました。
まずは、吉本浩二さん、宮崎克さんが壇上に上がり、『ブラック・ジャック創作秘話』についての裏話を披露。連載が始まった顛末や、宮崎さん、吉本さん 読者ならまず気になる、手塚治虫やもう一人の主役の風格を漂わせる壁村耐三編集長の描写についてや、手塚治虫のファンに対するスタンス、取材から分かった「弟子入り」志願をめぐる意外な人物と手塚治虫のマル秘エピソードなどが語られました。
司会進行は、東京カルチャーカルチャー店長・横山シンスケさん。「今回は話が面白すぎて、早めに始めようと思います!」当日の様子は、U-Streamで中継もされました。全体の雰囲気はこんなかんじでした。
「壁村さんと手塚先生のキャラクターデザインは、漫画のデフォルメのルールから外れているんですよ。ふつうデフォルメは特徴を強調して描きますが、お二人についてはかなり控えめに描いています。現実のほうがすごい、っていう」
肉体労働者のような姿で仕事をする手塚治虫、という描写は、元チーフアシスタント・福元一義のコメントから。「ダンディなアーティスト、というこれまでのイメージを覆されました」とは宮崎さんの談。このあたりのお話は、以前の虫ん坊のインタビューでも明かされていましたね。
『エコエコアザラク』の古賀新一さんが、かつて手塚治虫に弟子入りの手紙をだしたものの、当時の養い親であったおじさんに反対され、弟子入りに至らなかった、というマル秘エピソードも明かされました。古賀さんが手塚治虫に弟子入りしていたら、漫画史がまた変わっていたかも?
『エコエコアザラク』は『ブラック・ジャック』と同じ「少年チャンピオン」に掲載されましたが、古賀さんはそれがとっても感激だったそうです。
その後、三浦みつるさん、わたべ淳さんが登場。「週刊少年チャンピオン」のアシスタント募集を見て、『ブラック・ジャック』のころアシスタントとして活躍していた三浦さんと、『朝日ソノラマ』へ持込から、手塚プロダクションのアシスタント募集に採用されたわたべさん。採用期間は違えど、「キツかった」という記憶は共通、というすさまじい思い出話に花がさきました。
わたべさんは『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』『未来人カオス』『火の鳥』『ブッダ』『ユニコ』と、手塚治虫が連載を6本抱えながら、24時間テレビのアニメーションを作っていたころ、アシスタントをしていました。「ホテルのバスタブで寝てた先輩もいましたね」とわたべさん。
宮崎さんによれば「手塚治虫は月産600枚描いていた時期があったそうです。さらにアニメも作っていたそうですから、ありえない仕事量です」。
三浦さんの時代には、アシスタントが3班に分かれて3日ずつでローテーションしていたそうですが、「まずほぼ毎日徹夜ですね。仕事をしていると、松谷マネージャーがすうっと背後に立って、とん、と肩をたたくわけです。「どう?」って。……いまでは肩たたきというとリストラですけど、ぼくらのころはさらに仕事が増える合図、っていう(笑)」
司会の横山さんより、ネット上での「手塚治虫のウワサ」が紹介され、登壇者がそれにコメントするコーナー。
「手塚治虫は下書きナシでペンいれ出来た!?」とか、「担当編集者はくじびきで原稿の順番を決めていた!?」などのウワサの「真相」が明かされました。
また、三浦さん、わたべさんからとっておきの「手塚伝説」も。「手塚治虫はいつ寝るか?伝説」、「三時のあなた伝説」などなど、さまざまな伝説が紹介されました。
三浦さんが明かす「三時のあなた」伝説。「朝、急に先生が『布施明って知ってるか? ヒット曲は何?』っていうんですよ。まあもちろん、『知っています』と答えますよね。『有名どころは、「シクラメンのかおり」ですかねえ』なんて答えたら、その日の3時、仕事場でついているテレビに、上の階で仕事をしているはずの手塚治虫がゲストとして、布施明といっしょに出ているんです。もう、編集者も、僕らものけぞりましたねえ」
手塚治虫はいつ寝るか? については、三浦さん、わたべさんともに、「少しは寝ていたと思います」という証言。「手塚治虫の仕事場に、指定などを受け取りに行くときに、すこしだけ開いた扉の隙間から、学生みたいな万年床があるのを見たことはあります。天下の手塚治虫が、あそこで寝るんだなあ…となんだか感慨深かったですね」とわたべさん。
『ブラック・ジャック創作秘話』でも紹介された、『MW』の著名なエピソード、締め切りに間に合わず、背景をアシスタントが描き込む前の原稿を、編集者が掲載用に持ち去ってしまったという問題のページに、38年ぶりに三浦さん・わたべさんが背景を書き入れよう、という特別企画。
三浦さんの解説によれば、「ぱっとみると、充分書き込まれているじゃないか、と思われるかもしれませんが、数コマ、背景がまったくないページがあります。特に結城が車の扉を開けるシーンと、車内のシーンが顕著です。普通、手塚先生は単行本化するときに手直しを入れるのですが、このページだけはこのままにされました。今発行されている単行本でもそうなっています」ということで、三浦さんはじめアシスタントの間では、忸怩たる思いがあったそうです。
「ぼくら至らないアシスタントへの叱責なのか、無理に持っていった編集者への無言の抗議なのかは、わかりませんが…。それからいままで、ずっとこのコマは、背景が描かれぬまま、単行本に収録されています」と三浦さん。
このコマも背景が描かれていません。「夜景のシーンですから、いくつか町明かりを抜いた上で「Z」でしょうね」と、三浦さんは指定を推測。「Z」とは、横線を手描きで細かく加えるもので「作業中、あまりに退屈で眠くなるからZという」という説があります。下のコマにも支店長と結城が乗り込んだ車内の描写が描き足されていますね。
会場に来ていた高見まこさんも飛び入り参加。「私たち女性社員は、あまり背景は描かせていただけなかったのですが、背景の線などはよく書きましたね。私はZは好きだったので、眠くなりませんでしたよ」『ブラック・ジャック創作秘話』でも、石坂啓さんが「Z」を描くシーンが出てきましたね。
わたべ淳さんによる「生Z」。三角定規の穴に指を入れてすこし傾けると、「インクもはみ出さないし、動かしやすいし、なによりみためがかっこいいですよね。これは手塚プロで先輩から教わったテクニックのひとつです」。さくさくと横線が引かれていきます。
会場では2コマのペン入れが完成! 拍手があがりました。車のシートの線は、手塚作品独特のテイスト。「あまりパース通りにまっすぐ引かず、ゆがみをもたせるほうが、パースのゆがみもごまかせるし、手塚作品らしいテイストになります。スクリーントーンもあまり使わず、なるべく手描きにすると、味も出ます」。背景を描きいれながらも、三浦さん、わたべさんによるマニアックな手塚漫画のテクニックについてのトークが繰り広げられました。
三浦さんがお持ちになった「秘蔵」手塚治虫没原稿! これは『I.L』の「フーテン芳子の物語」のワンシーンでしょうか?? 没になった原稿は無造作にゴミ箱に捨てられていたそうで、アシスタントはそれをそっと持ち帰ったのだとか。
あっという間の2時間でしたが、最後は登壇者からの告知で締めくくられました。
宮崎克さん、吉本浩二さんの『ブラック・ジャック創作秘話』は最新作が6月5日・6月12日発売の『週刊少年チャンピオン』にて2号にわたって掲載予定、単行本第5巻は8月5日に発売予定です。
三浦みつるさんは、石巻の復興支援を目的とした漫画雑誌『マンガッタン』に『かぼちゃワイン』の最新作を連載中。『マンガッタン』は石ノ森萬画館などで購入可能のほか、WEB通販も対応しています。
また、わたべ淳さんはモーターマガジン社の『オートバイ』にて、『ホウキとオートバイ』を連載中。わたべ淳さんは、pixivでも随時近況を告知中とのこと。
ぜひチェックしてみてください!