今年で第17回となる、手塚治虫文化賞の贈呈式が、5月31日、朝日新聞東京本社・浜離宮朝日ホールにて開催されました。
今年の受賞作品・受賞者は以下のとおり。
◆ マンガ大賞
『キングダム』(集英社) 原泰久さん
◆ 新生賞
山本美希さん 『Sunny Sunny Ann!』(講談社)
◆ 短編賞
『機械仕掛けの愛』(小学館) 業田良家さん
虫ん坊では、毎年恒例・贈呈式のレポートをお届けします!
来賓を代表して、手塚眞が登壇、受賞者、受賞作への祝辞を述べました。
毎年受賞作を拝見いたしますが、やはり読むにつれ、改めて思うことは、日本のマンガというもののレベルの高さ、表現の幅の広さ、何よりも内容の深さということです。
手塚治虫は生前、「マンガは国際語である」と言っておりました。マンガは言葉が分からなかったとしても、絵を追っていけばだいたいの意味は伝わるんだ、ということだと思いますが、今年の受賞作にはまた別の意味で国際的な視点を感じずにはいられません。
原泰久さんの『キングダム』では、中国の古代の歴史を大変自由な活劇にしており、マンガとして非常に楽しいものになっています。しかしここには当然、日本人の影は現れません。こういう歴史漫画は他にもたくさんありますが、改めて考えてみますと、たいへん面白いことだと思います。
新生賞の山本美希さんの『Sunny Sunny Ann!』は、具体的には書かれておりませんが、絵柄から察すると、アメリカの片田舎のような印象を受けます。主人公たちの名前がすべて日本人の名前ではないので、多分日本ではないのだろう、と思って読んでおります。その感性の中には、日本人である山本さんの考え方が表現されているのですが、やはりこれは、日本人が出てこないマンガだ、と読むことができます。
業田良家さんの『機械仕掛けの愛』の舞台は架空の日本で、たくさんのロボットが登場いたします。そういう意味では鉄腕アトムに似たような部分もありますが、このマンガの中心は人間ではなくロボットなわけです。そしてまたロボットの人情が描かれる……ロボットの人情というのは変でしょうか、さしずめ「メカ情」とでも言うのでしょうか(笑)、人情に変わるものをロボットが表現しています。
この、たまたま並んだ3作品のどれも中心になるものが日本人ではないんですね。それなのに私達日本人は当たり前のように楽しむことができる。そこに、日本の漫画というもののある不思議なレベルの高さ、読み手の感性の柔軟性を感じずにはいられません。
そう考えていくと、日本の漫画というのは、はじめから国際的なスケールと内容、普遍的な人間の文化、社会というものを自然に描いていく点で稀有な文化である、そして今年選ばれました3作品が、まさに日本のマンガである、というところに、改めて驚くのでございます。
手塚治虫が「国際語である」というふうにマンガを捉えたことの先には、いつの日かこの「マンガ」というものを通して、世界の人々が戦争のない幸せな社会というものについて語り合える、おたがいのメッセージをちゃんと伝え合える時代が来てほしい、という願いも込められていたのではないか、と思います。今年の3作品が海外に紹介された上で、どのような評価を受けるのかが、大変楽しみでもあります。
そのようなことを感じさせていただきました今年の受賞作品は、改めまして本当に、素晴らしいものが選ばれたのだ、と嬉しく思っています。受賞差の皆様には、これを励みに、これからますます普遍的な人間、そして世界を描いていくような作品を届け続けていただきたい、と思います。そのような希望を持ちまして、お祝いの言葉に変えさせていただきます。
本当に今日は、おめでとうございました。
当日は、選考委員を代表して、コラムニスト・ブルボン小林さんより、選評がありました。
選考経過自体が一つのマンガのようなミラクルのある、面白い、エキサイティングな選考になりました。
マンガ大賞の一次選考では、大賞ノミネート作品として7つの最終候補作が選ばれました。その中にもちろん、大賞の『キングダム』も候補に入っているのですが、7つの候補作の中で5点、つまり、最終候補に残った中では最低点から最終選考が始まりました。
「マンガ大賞」の選考では、各選考委員が持ち点15点を配分して、推薦候補作品に入れるシステムです。最高で1作品5点まで入れられ、のこり10点を他の作品に割り振って入れてそれぞれの合計得点を算出します。そうした中、最高点をその時点で取っていたものは『キングダム』ではなく、いずれ劣らぬ優れた候補が揃っていた中、『キングダム』を押していたのは、最初の時点では中野晴行さんだけだったんですね。
ちなみに言いますと昨年の手塚治虫文化賞の一次選考でも中野さんは『キングダム』に5点入れていて、その時は、最終候補が6点から最終候補入りだったので、『キングダム』はその時点で1次選考に残らなかったんですね。それでも、翌年も『キングダム』に迷わず5点をぶちこむ中野さんの蛮勇(笑)! これに僕は非常に心をうたれまして……(笑)。
選考委員といえども候補作をすべて読んでいる人は少なく、僕も『キングダム』は最終選考に残ったことで初めて読むことになりました。他の選考委員の方々も初読の作品がある中でのディスカッションになります。
他の作品も交え、とてもシリアスな議論になったんですけれども、『キングダム』の話になると、みんなどこか顔つきが和やかになるんですね(笑)。話しながらどの選考委員からも笑みが漏れる。『キングダム』についてももちろん、欠点が指摘されないわけではなかったんです。むしろ他の候補作に比べてより荒唐無稽だったり、現実味がなかったりとか、首がポンポン飛ぶとか(笑)。でも、そういった欠点が他の作品の欠点を指摘する時と比べると、なにか、欠点を指摘していることになっていない、欠点を言ってもしょうがないな、みたいな感じになって。筋書きや、キャラクターだけではなく、漫画自体にチャーム、愛嬌のようなものがある、ということだと思うんです。これは、短編賞や新生賞を受賞された作品にも共通して言えることです。
例えば、手塚治虫の描いたマンガというのはそれこそ、哲学的であったり、人間の奥深さを描く作品である、ということで高く評価されていますが、どのマンガも、手塚マンガはものすごく愛嬌がありますよね。とてもシリアスに悩んでいるブラック・ジャックの顔が突然ヒョウタンツギになったり、というような遊びというのは、手塚治虫は、終生絶対に手放さなかった。
それで、いつのまにか、最初は中野さん一人の情熱で、最終選考に滑り込んだ『キングダム』がみるみる、「案外いいんじゃない?」というふうになっていって、しまいには——これはコラムにも書きましたけれども、僕も最初から『キングダム』を押していたような顔で(笑)。選考が終わった後も、新しく出た30巻を買って読むほどのファンになって。とても痛快な大逆転劇を見たような思いです。
新生賞と短編賞はこれとまた違うルールで、各選考委員が1作ずつ、最終選考にいきなり持ち込むという仕組みですから、8人いたら8作そろう、ガチンコのバトルロイヤルなので、かなり大変な議論があって、脱落した作品ももちろんどれも甲乙つけがたいもので、4対4の同点決勝ということも何度もあったのですが、最終的には、この2つがとった理由というのは、ほんのちょっとの愛嬌があったからだ、と僕は思っています。素晴らしい3作が、結果としては選ばれたなと、個人的には思っています。
この度は身に余る大きな賞をいただきまして、本当に驚いております。当人の僕はもちろんのこと、家族、スタッフ、関係者一同、本当に喜んでおります。選考委員の先生がた、本当にありがとうございました。去年から押していただいていた中野先生、ありがとうございました(笑)。
『キングダム』には、僕は、いくつか大きなテーマを込めて描いているんですけれども、その一つに「受け継ぐ」というものをテーマに描いています。主人公の信は、多くの偉大な人物や、それほど上に出てこないけれども、下の方で頑張っている人たちとも触れ合いながら、彼らの生き様と想いを受け取り、受け継いで前に進んでいきます。そして信も、そうして成長して、周りの人間達、次の者たちへと何かを伝えていくものだと思います。そのつながりこそが、人の歴史だと思っています。今回、マンガの父と呼ばれる手塚治虫先生の名を冠する賞を頂きました。すべてのマンガ家が、手塚先生から直接的、間接的に、世代を超えて、いろいろな物を受け継いで来ていることは間違いないと思います。そして今、僕もマンガ家の一人です。受け継ぐ者として、これからもいい作品を描き続けて行けるよう、努力して行きたいと思います。
新生賞をいただきました、山本美希と申します。
このたびは、このような素晴らしい賞をいただきまして、本当にありがとうございます。
大学院生の頃に第1話を描いた時には、まだ世に出せるかどうかも分からず、いろんな方に見ていただいたり、展示をしたりということを繰り返していまして、このような形で評価していただけたことにはとても驚いていまして、すごくうれしく思っております。家族や、先生方や、いままでお力添えいただいた多くの方々にお礼申し上げます。
まだ経験も浅くて、この先どのような人生を歩んでいくのかわからないんですけれども、本日のことを励みにしまして、今後の人生を切り開いて行けるように頑張りたいと思います。
本日はありがとうございました。
このたびは、たいへん名誉ある賞をいただきまして、まことに嬉しく、光栄に思っております。
私、デビューしたのが1983年、30年間ずっとマンガを描いてきまして、初めて賞というものをいただきました。ですからこの重みを、すごく感じております。
そうして長くやっていますと、やっぱり、何かの賞をいただくというのはすごく難しいことです。日本の漫画界には、才能のある方が何百人、何千人といらっしゃるので、その中で選ばれて、このような立派な賞をいただくということは、本当にありがたいことだと思っています。
ブルボン小林さんの、先ほどの選考の話を聞いていても、僕にも奇跡が起きたのかな、と(笑)。
尊敬する手塚治虫先生のお名前が冠された賞をいただけたことで、手塚先生から直接ほめられたような、一人前のマンガ家として、認めていただいたような気がしておりますし、そう信じて、これからも頑張って行きたいとおもいます。「人情」と「メカ情」を描いて(笑)、すばらしい作品にしていきたいと思います。
(了)
手塚治虫文化賞の詳しい情報は、朝日新聞社 手塚治虫文化賞のWEBサイトをご確認ください!
URL:http://www.asahi.com/shimbun/award/tezuka/