手塚治虫も大ファンだった宝塚歌劇で、『ブラック・ジャック』が再び新作として登場します!
手塚マンガが宝塚歌劇で舞台化された初めての作品は『ブラック・ジャック 危険な賭け』(1994年)。当時の花組トップスター・安寿ミラさんが主演し、大好評を博しました。今回は雪組気鋭のスター、未涼亜希さんが、全く新しいシナリオで再び『ブラック・ジャック』に挑戦します。
今月の虫ん坊では、主演の未涼亜希さんと手塚眞との『ブラック・ジャック』特別対談の模様をレポートします。
※この対談の模様は、宝塚歌劇専門チャンネル「タカラヅカ・スカイ・ステージ」、および宝塚歌劇専門情報誌『歌劇』でも紹介されます。
——宝塚歌劇での手塚マンガの初めての上演となった1994年の『ブラック・ジャック』について、手塚眞さんに伺います。初めて企画の内容を耳にされた時のお気持ちをお聞かせください。
手塚眞(以下、手塚):
1994年の作品はもともと、ここ、手塚治虫記念館の開館に合わせてご提案頂きました。宝塚歌劇の大ファンだった父が聞けば、きっと喜んだろうな、とほっとしたことを覚えています。
ただ、題材に『ブラック・ジャック』が選ばれたことを伺った時にはとてもびっくりしました。宝塚歌劇と言えば、華やかで色彩豊かなイメージですが、ご覧のとおり、『ブラック・ジャック』は主人公からしてモノトーンでしょう? ストーリーも、宝塚歌劇が得意とするような恋愛ドラマが主でもなく、医者の世界の物語です。宝塚歌劇にするには、少々地味ではないか、と思ったんです。
しかし、よくよく考えてみればだからこそ、誰も想像もしなかったような、全く新しい作品が生まれることになるのかも知れない、という期待に胸をふくらませてもいました。一体どんな舞台になるのだろう? と。
そして、実際に本番の上演は、とても素晴らしかったです! これまでも、テレビドラマなどで様々な俳優がブラック・ジャックを演じてきましたが、安寿ミラさんのブラック・ジャックは、これぞブラック・ジャック! という感じで、とても安心したものです。
——未涼亜希さんは、今回のお話を聞いて、どのように感じましたか?
未涼亜希さん(以下、未涼):
私は前作『ブラック・ジャック 危険な賭け』が上演された時は、まだ宝塚に入団する以前で、宝塚歌劇の一ファンでした。当時から安寿ミラさんの大ファンでしたので、今回のお話は、安寿ミラさんの代表作とも言われる『ブラック・ジャック』を私が演じることができる、ということで嬉しくもあり、また「まさか私が!?」という驚きの気持ちもありました。
——『ブラック・ジャック』を手塚治虫が着想したきっかけは何だったのでしょうか? 何かエピソードがあったら教えて下さい。
手塚:
本当のきっかけは手塚治虫本人でないと分かりませんが、当時虫プロダクションの倒産などで苦悩していた手塚治虫の起死回生の作品であったことは確かです。
今では医者が主人公の名作漫画もたくさん登場していますが、当時、少年誌で医者が主人公として登場する作品などなかったんですね。子どもにとってはお医者に掛かったりするのは正直それほど好きじゃないものじゃないですか。思い切った企画だったはずです。
その意気込みのかいあってか、初めは数回の短期連載の予定だったこの作品も人気を得て、結果的には8年もの間の長期連載作品となりました。キャラクターやストーリーに込めた思いは、8年の長期連載にも耐えうるものだったのだと思います。
未涼:
『ブラック・ジャック』の原作を改めて読んでみたのですが、医療マンガでお医者さまを主人公にする際に、なぜまた、こんな人物を思いつかれたのかな、と思うのですが……。ブラック・ジャックという人が、このような人物に育つには、相当壮絶な人生が背景にあるのではないか、と思うんですよね。なぜ、こんなニヒルなキャラクターになったのでしょう?
手塚:
手塚治虫の長いマンガ家人生の中で、ブラック・ジャックというキャラクターは一朝一夕に思いついたわけではなく、時間を掛けて暖められてきたのではないか、と僕は考えています。手塚治虫は、少年向けのものから、大人向けのシリアスな作品まで、いろいろな作品を描いています。その中で、「正義」とは、または「悪」とは何か、ということをずっと考え続けていたのだと思うんです。
ブラック・ジャックという人物は、医者という、人の命を救う職業にありながら、時に医者らしくない、あるいは全く反対のことすら言ったり、やったりすることがありますよね。またこういうとても個性的な見かけの人物でもあります。そういう主人公のキャラクターに医者・医療の本質を描き表そうとしていたのではないでしょうか。
未涼:
『ブラック・ジャック』は少年向けに描かれた作品、ということですが、読んでいると、ブラック・ジャックという人物の人柄や人生が、とてもリアルに伝わってくるんですよね。私のように大人になってから読んでみても、大人向けの作品として充分、考えさせられる作品です。一話ごとに噛み締めるように読みたいので、読むのに結構体力のいる作品だと思いました。軽く読み流す、という読み方ではもったいないと思います。
手塚:
確かに、一つのお話は18ページから24ページほどなのですが、それぞれ長編にも出来るほど密度が濃くて、さまざまなバリエーションの物語が詰まっています。『ブラック・ジャック』は、お話作りのお手本のような作品だ、とおっしゃる方もいます。
また、主軸のストーリーとは別に、キャラクターの内面や苦悩が存在する、という多重構造も『ブラック・ジャック』のみならぬ手塚マンガの特徴といえます。かつてのマンガの世界では、キャラクターの内面を描くような作品は意外と少なく、もっとストレートにストーリーを描いていることが多かったんです。ですから、未涼さんのように深く読み込んで、じっくり楽しめるのだと思います。
一方でどんなシリアスな作品でもちょっとしたギャグが挟まっていたり、キャラクターや絵柄は可愛らしいですから、さらりと読んでも面白いんです。
未涼:
確かに、シリアスな中にも時々挟み込まれるシャレにはほっとさせられますね!
——ブラック・ジャックという人物を演じるにあたり、役作りはどのようなことを考えながら取り組んでいますか?
未涼:
頭であれこれはあえて考えないようにしています。その時その時の自分の感性に忠実に表現したいですね。ブラック・ジャックが歩んできた壮絶な人生を、台本のセリフからどんなふうにお客様に伝えようか? というところが難しいです。
手塚:
未涼さんのような舞台人もきっとそのようにしていらっしゃると思うのですが、普段はきっとブラック・ジャックも、自分の苦悩や人生の苦労をお客さんや患者には見せないようにしているのではないでしょうか。それでも、ふとした一瞬、深い内面が覗けるようなシーンがあれば、私達観客は充分、感動できると思います。
——手塚眞さんにとって、ブラック・ジャックの人間的魅力はどこにあると考えますか?
手塚:
確固たる信念を持っているところですね。私もアニメーション『ブラック・ジャック』を演出させていただきましたが、作品に取り組んでいく中で、ブラック・ジャックと言う人は、強い信念を持っている人物だな、と常に感じていたんですね。
現代の社会で自らの信念を貫き通す、ということは難しいことだと思います。しかし、誰もが信念を持ちたい・持つべきだ、と憧れているんですよね。実際にブラック・ジャックも、信念を通すあまりに時には社会とずれてしまうようなこともあります。それでも、信念を貫いて生きる、というところがカッコいいんですよね。
未涼:
私もブラック・ジャックに一番共感し、また憧れを抱いたところは、まさに信念を貫いている、というところでした。私自身、今まで宝塚歌劇という場でやってきて、自分の信じている道を貫いて行く、だからこそ今、ここにあるんだ、と感じていて。それを体現しているブラック・ジャックという人物には、憧れるところがありますね。
手塚:
ブラック・ジャックのコスチュームにも、そんな彼の信念が現れています。
普通、医者と言えば白衣じゃないですか。そこをあえて黒い服を着ています。患者さんの信頼を得たいのであれば、白衣を着たほうが良いと思うのですが、自分をよく見せようとは全く思っていないですよ。彼にとっては、この格好が一番自然なのでしょう。
人というのは、自然体を貫くのも難しいものです。ブラック・ジャックはそこをさらりとやってのけていますよね。
未涼:
ところで、ピノコというキャラクターはとても印象的なキャラクターですよね。初めて読んだ時には、正直なところ、私には彼女の存在意義がよく分からなくて。読み進めるうちに、もしかしたら、ピノコとブラック・ジャックは表裏一体なのかな、ブラック・ジャックの人間性を表すためにいるのかな、と思えるようになりました。
ブラック・ジャックって、なんだか神様のような人物、というイメージがあったのですが、読み込んでいけばいくほど、そうではない、ということに気付かされて。特にピノコといる時の彼は、結構どなったり、ドタバタとしたり、人間くさいですよね。
ブラック・ジャックという人は、ピノコを通じて、人間として訴えてくる、そんなふうに感じました。
手塚:
確かにピノコの存在感は、ときに主役をさらいかねないですよね。実はこれは、手塚マンガのひとつのスタイルで、例えば、アトムとお茶の水博士もそうですし、『どろろ』のどろろと百鬼丸もそんなコンビの代表です。彼らはただのコンビではなくて、二人で補いあい、支えあっているんですよね。
ピノコというキャラクターは絶妙で、中身は18歳の乙女なのに、成り立ちのせいで見かけは小さな女の子です。それなのにブラック・ジャックの奥さんを自称している。男性と女性なので、普通であればヒーローとヒロイン、当然恋愛要素も入ってきそうなものですが、うまくそうならない、というところは潔いですよね。
未涼:
ピノコの出てくるエピソードには、心が暖かくなるようなものが多いですね。受験勉強を頑張るピノコの話とか……、ほろりとさせられるところもあって。
手塚:
ピノコというキャラクターはいわばアトムの変奏だと思います。アトムはロボットですから、部品を組み立てて作られていますが、ピノコもある意味、ブラック・ジャックの手で人間として組み立てられた存在です。だから、ピノコの苦悩も、アトムのそれと重なる部分が多いんですよ。アトムも、お茶の水博士に時々「僕も人間と同じような心を持ちたいんです」なんていう無茶を言いますが、ピノコも「普通の女の子になりたい」という望みを持っているんです。
——ところで、『ブラック・ジャック』を他のメディアで表現する際にどのようなことに気をつけていますか?
手塚:
原作の完成度が高いので、ちょっとやそっとのことでは揺らがない、ある意味大船に乗った気持ちで取り組めると思っています。先ほども話題に出ました、ブラック・ジャックの確固たる信念の部分を崩さなければ、細部はメディアに合わせていくらでも変えていいと思います。
アニメの『ブラック・ジャック』でも、時間帯やメディアの性格から、小さな子どもたちもご覧になるものだと考え、よりブラック・ジャックの人間性を強調するような演出にしました。ピノコを必ず全話に登場させたのもそういう配慮からです。一部の原作ファンには「なぜ手術シーンを描かないんだ?」というお声もいただきましたが、露骨に描かないようにしました。
実はアニメ化以前には、原作の『ブラック・ジャック』は手術シーンのせいで怖くて読めない、という方もいらっしゃったんですよ。でも、アニメ化以降は特に若い世代にアニメを見て作品を知り、原作に手を伸ばしてくださる方も増えました。
——今回の舞台は宝塚歌劇ですから、当然歌って踊るブラック・ジャックということになります。
手塚:
元々の原作も、現実と違うところがたくさんあります。例えば彼の持っているメスですが、今やこんなかっこうのメスは現場では使われないそうです。でも、この形のメスじゃないと構えた時に格好がつかないでしょう?
そういう、現実と違うところはあっても良いと思います。
未涼:
やっぱり、歌と踊りは宝塚歌劇ならではの要素ですから外せませんよね。確かに普通で考えたら、突然歌い出したり踊りだしたり、っていうのはありえないと思いますが、そこを演じる私自身としてはやはり内面や気持ちの表現方法の一つとして受け止めています。ただ話すよりももっとブラック・ジャックの内面や気持ちがより伝わりやすくなるのかな、と。
踊りのシーンも、今回は手術のシーンで表現方法として登場するんですけれども、先ほど手塚眞さんがおっしゃったように、リアルな手術をアニメでオブラートに包んだ表現にすることと同じなのかな、と思います。
舞台上でまさか、実際にメスを持ってオペをすることもできないですし、そのかわりとなる表現の一つなのかな、と思います。
——宝塚歌劇の舞台に立つ醍醐味について、教えてください。
未涼:
私の場合は、やはり、男役を演じられることだと思います。いろいろな演劇の形式はありますが、女性が男性を演じられる舞台は、宝塚ならではです。そんなところに、演じる方はもちろん、ご覧になるかたにも醍醐味を感じていただけているのでは、と思っています。
私自身、ここまでやってこれたのも、この道を選んだのも、男役を演じられることが大きいですね。
——舞台人として気をつけていることは何かありますか?
未涼:
やはり、宝塚の生徒である、ということを忘れないことだと思います。こんなことを言っては、「ほんとうに自分に身に付いているのか?」とも思いますが……やはり、宝塚歌劇の「品格」は無くしてはならないと思っていますし、歌劇団のモットーでもある「清く 正しく 美しく」を常に意識すべきだと思います。
——ところで、未涼さんはこの間、手塚治虫記念館にいらっしゃったそうですね。
未涼:
はい。……実は以前から、訪れたいな、と思っていたのですが、なかなかきっかけがなくて……。このお話をいただいた後、お稽古の空き時間ができた時に、これは「今しかない!」と思ってお邪魔しました。
地下1階にブラック・ジャックの像があるじゃないですか。あそこで、同じポーズをして一緒に写真を撮ったり、エントランスの手形と一緒に写真を撮ったりしてきました(笑)。
——では、最後になりましたが、『虫ん坊』読者向けに一言お願いします!
未涼:
手塚眞さんと対談させていただくという機会を作っていただいて、大変ありがたかったです。たくさんお話を聞かせていただいて、身が引き締まる思いをしましたし、少し、自分が演じる上で、大丈夫だ、と安心できたところもありました。皆さんが素敵だと感じられる、私なりのブラック・ジャックを創れるようにがんばりますので、みなさんもどうぞ、劇場のほうに足をお運びください。よろしくお願いします!
手塚:
今年は『ブラック・ジャック』の連載40周年という記念すべき年です。その今年、また宝塚歌劇で『ブラック・ジャック』を取り上げていただけるということで、ダブル記念の年になりました。前回の皆さんも素晴らしかったですが、今回の未涼亜希さんの舞台では、さらに磨きのかかった舞台になると思いますので、ぜひとも皆さんに足を運んでいただきたいと思います!
——ありがとうございました!