今月は、毎日寒いこの季節にぴったりの『シュマリ』をご紹介します!
時代は明治初頭、極寒の地・北海道の厳しい大自然を舞台にした波瀾万丈の物語。読み応えもたっぷりありますので、あえて寒い外にお出かけをしない休みの日などに、じっくり腰を据えて読んでみるのにピッタリですよ!
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『シュマリ』あとがき より抜粋)
ぼくには「勇者ダン」という、アイヌの少年を扱ったSF作品があります。
再び青年誌でアイヌ問題を扱おうと考えたのは、「北海道開拓誌」という本で、上川地方のアイヌ大集落の悲惨な歴史を読んだからでした。それもあくまでも内地人の立場から一方的にかいたもので、逆にアイヌ側からかけば、およそちがった内容のものになるだろうと思いました。それで明治初期に、堂々と侵略者である内地人と対決した架空のアイヌのヒーローをえがいてみたい気持ちになりました。
だから、主人公のシュマリは、はじめの構想ではアイヌと内地人の混血の青年だったのです。
それが、どたん場で急に幕府のもと旗本になってしまったのは、アイヌ問題は、かるがるしく漫画やフィクショナブルな物語では取り扱えない、複雑で、重大な問題を含んでいて、しかも征服者である内地人であるぼくが、被害者であるアイヌの心情などわかるはずがないと悟ったからです。
もちろん、この物語の予告を読んだアイヌのかたがたから、内容はきわめて注意をするように、と忠告されたことにもよります。
それまでにたてていた構想をすっかりひっくり返し、白紙に戻して、タイトルだけ残してあらたに筋立てをするのは、おそろしくやっかいなことでした。そして、まずそれはもとの構想よりも上等な作品に生まれるはずがありません。
そのうえ、連載をしつつも、編集部で何度もセリフの変更をされるのでした(編集部にも、アイヌのかたから注意があったそうです)。
で、結局完成した作品がこれです。シュマリはたいへんあいまいな性格の、ぼく自身乗らないヒーローになりました。
ウエスタン調の、この開拓裏面史は、中央政府が薩長によって確立される前後の、余震のような出来事といえます。
じつは、この物語をかく前は、ぼくはたった一回、それも漫画集団のサイン会のために北海道へ行ったきりなのです。ことに、石狩平野の一部である千歳あたりさえ、まっくらな夜中に通っただけでした。だから、画面はほとんど全部頭の中でデッチあげた当時の北海道です。(後略)
『シュマリ』は、明治初期の北海道を舞台にした大河ドラマです。
主人公は、野生的でありながら剣の腕も立つ男・シュマリ。彼はもともと内地人ですが、先住民のアイヌ人に敬意を持ち、親しく交流していました。ちなみに「シュマリ」とは、「キツネ」を意味するアイヌ語です。彼が北海道へ渡ってきた目的は、逃げた妻・妙(たえ)と、相手の男を探し出すこと。
しかし、その目的は、あっさりと物語の序盤で達成されます。そして、妙の心がすでに自分から離れてしまっていることを確信したシュマリは、彼女への想いをくすぶらせつつ、未開の地でさすらうように生きていくことになります。つまり、ここまではシュマリという一人の男の紹介エピソードであって、この後にシュマリが辿る波乱万丈の人生が、この物語のメインなのです。
隠匿された五稜郭の軍用金を偶然手に入れたことから、シュマリの運命はさらに大きく変わっていきます。騙されてネズミが大量発生する土地を買わされたり、殺されたアイヌ人の女性が連れていた赤ん坊、ポン・ションを育てるはめになったり、お尋ね者として収監され、炭鉱で強制労働させられたり・・・。
やがて時代は流れ、北海道にも文明開化の波が押し寄せます。それと同時に、物語は炭鉱会社の太財社長や、書記官の華本男爵、そして男爵の妻となった妙、成長したポン・ションなど、手塚作品らしく、さまざまな登場人物達のエピソードに枝分かれしていきます。しかし、そんな時代の大きな流れの中でも、シュマリの生き方だけはかわることがありません。まわりの人間達は、そんなシュマリの強情さに反発しつつも、抗し難い魅力を感じているのです。
どんな困難や逆境におかれても、自分の力一つで乗り切ってゆくシュマリ。その一本気で豪快な生き方こそ、この作品最大の魅力であり、ストーリーを前へと進める原動力ともなっています。あなたも一読すれば、きっと劇中の登場人物達と同じように、彼に魅了されることでしょう。