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虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

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◎ マンガ家・手塚治虫について

—— 冨永監督が好きな手塚マンガは?

T:特に晩年の作品、70年代以降の作品が好きで、SFぽいのじゃなくて、リアリズムの漫画が好きです。特に『アドルフに告ぐ』はすごいですね。また、南米に進出した商社マンを描いた『グリンゴ』とか。絶筆なのが残念で、ものすごくつづきが読みたいですよ。あと、ちょっとまえに映画化された『MW』なども好きな作品です。


—— 映画好きだった手塚治虫ですが、手塚漫画の特徴はなんだと思いますか?

T:作品内にしばしば出てくる、一ページ全部ロングショットで群集を描く独特なコマがあるじゃないですか。奥のほうの無名の人物にもわざわざ吹出しをつけてしゃべらせたりして、名前もないような人物にもちゃんとキャラクターを与えていて。そういうのがすごく面白いな、と思っています。映画でいうモブ・シーンですよね。そういうのを見ると、ああ、映画だな、と思いますね。よく、言われていると思うんですけど、黒澤明くろさわあきらに近いな、という。


虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

手塚治虫晩年の作品より、『グリンゴ』商社に勤める日本人(ひもと・ひとし)が南米で日系人のいわゆる「勝ち組」村をみつけ…… 絶筆の作品。

虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

『ネオ・ファウスト』より。ロングショットで群集を見せるシーン。それぞれに職業や考え方がわかるようなセリフをしゃべっている。よく見るとどこかに手塚治虫が!?


虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

『MW』より

 それと、……これもよく言われていることだと思うんですけど、性描写が独特ですよね。特に、劇画の時代の手塚マンガって、セックスの描写もどんどん取り入れていると思うんですけど、そこで描かれるセックスが二種類しかなくて。男に蹂躙じゅうりんされる女性か、男をおとしいれる女性、どっちかなんですよね。幸せな性愛というのが一切描かれず、いずれにしろ悲劇として描かれる、という。それをよむとね、キツイなあ……と思います。
 それは、手塚治虫自身の感覚なのか、時代の空気なのか、そこは興味があります。なんでこうなってしまうんだろう、って。そんなところも、ちょっと黒澤明に近いんじゃないかなと思います。黒澤明も性愛の表現を意識的に避けたり、何かの手段として描いたりしていますよね。たとえば『羅生門らしょうもん』なんかそうですよ。
 そんなところは、映画監督で言うと、スタンリー・キューブリックにも似ていますよね。キューブリックが『2001年宇宙の旅』のスタッフに手塚治虫を招聘しょうへいした、というエピソードがあると聞いたことがあるのですが……。


—— アニメ『鉄腕アトム』を見て、美術デザインを依頼した、という話ですね。

T:やっぱり、アニメーションのほうを見たんですね! となると、大野松雄の仕事も、キューブリックに何らかの影響を与えたのかも知れないですね。


—— 漫画を原作にした映画も撮られていますが、漫画と映画の違いはどこにあると思われますか?

T:正直なところ、手塚マンガに限らず、マンガというのは、実写向けではない、と思っているんですよね。
 たとえば、漫画と映画では、セリフの温度がぜんぜん違うんです。漫画のセリフを生身の人間に話してもらおうと思っても、俳優も出来ないと思います。反対に、映画のストーリーを仮にセリフもそっくり同じにマンガにしようと思ったら、マンガにならないと思いますよ。
 漫画と映画では、言葉がになっている役割が違うんだと思います。
映画は、俳優一人一人の声が違うじゃないですか。声色はもちろん、声の大きさや、話し方も。一方、マンガの場合、吹出しの中に描かれている書体って、基本的にはすべて同じですよね。描き文字を加えたり、吹出しの形をかえたりなど、なんとかして別のニュアンスを組み込もうという実験の痕跡はありますが、映画の場合はその音を聞かせなきゃならないし、人間が口でしゃべらなきゃならない。あと、……当たり前のようなことを言いますけど、日本のマンガである以上、何語をしゃべっていてもフキダシの中身は基本的に日本語ですよね。そうしないと読者には読めないですし。

『アドルフに告ぐ』などでドイツ語の描き文字をかくような表現はみられますが、漫画は基本的に、セリフはすべて、吹替え済みのものなんです。あれを仮に実写化しようとしたら、基本的にはそれぞれ現地語になるでしょうから、だいぶ別物になるでしょうね。


虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

『グリンゴ』より

虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

『アドルフに告ぐ』より


◎ 冨永昌敬監督について

虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

—— 漫画を原作にした映画も撮られていますが、漫画と映画の違いはどこにあると思われますか?

T:決心、とかがないんですよね。もともと、映画ファンだったのは事実ですが、入った大学が日大の映画学科だったので。それもじつは、第一志望だったわけじゃなく、いくつか受けた中でたまたま受かったのがそこだったんです。映画ファンで、映画が好きだったからとりあえず受けておこうか、というつもりだった。それで、成り行きで4年間映画を勉強することになり、実習などで作品をつくることになりますよね。そうこうするうちに卒業制作で賞をもらったりしたものですから、卒業してからも自主制作で映画をつくるようになって。
 そうしたらそれ以降もいくつか賞をいただいたりして、なんとなく続けていたのが結果が出てきたんです。そうすると、「少しはものになるかもしれない」というふうに意識するようになっていくうちに、今度は自分が思う以上に周りが「次なにやるの?」って僕のことを放っておかなくなるんですよね。「こんどはこういうことをやろう」って言ってくるわけですよ。それでまたみんなで映画を作ったりしたら、作品を劇場でやってもらえるようになって、商業映画に結びつきました。恵まれていると思いますね。
 ある意味、挫折はしていないんですよ。ところが、商業映画をやるようになると、いままでやってきたことが初めのうち、通用しなかったんですよね。そのときに「難しいな」と思うようになって。

 最近はそれにもだいぶ慣れてきたので、こういうと言葉がわるいですけど、いままで自主制作の時に適当にやってきた部分も、ヌケヌケとできるようになってきて、そうなるとだいぶ楽になりましたけどね。
 たとえば、立ち技系総合格闘技のK?1で、空手出身の選手が伸び悩むような。これがキックボクシング出身の選手なら、ルールが近いから、すぐ対応できるんですよね。空手家は当初すごく苦労するようですが、徐々に慣れてくると、自分の持ち技を出せるようになる。ちょっとへんなたとえですけど、自主映画から商業映画に移行するということは、僕にとってはそんな感覚でした。


—— 大野さんが、「プロフェッショナルの心得」について口にされるシーンが映画の中にもありますよね。あの言葉は、印象的でした。

T:僕自身も、大野さんと同じようなことを考えていたんです。でも、ああして大野さんに言葉にされるまでは、自覚できていなかったんですよね。すごく勉強になりましたね。
 初めのうち、被写体だ、対象物だ、と思っていた頃は、そんな言葉なんか出てこないんですよね。付き合いが長くなっていくと、ぽろっとそういう言葉が出始めたんです。このドキュメンタリーをつくることで、いろいろな経験ができました。今後劇映画を作るうえでもものすごく役に立つでしょうし、影響が大きいんじゃないかな、と思いますね。


虫ん坊 2011年5月号 特集2:『アトムの足音が聞こえる』監督 冨永昌敬さんインタビュー

『アトムの足音が聞こえる』より

—— ご自身の今後のキャリアにも役に立つ体験だった、と。

T:いま振り返るとそう思えるんですが、受けたときは「撮れて当然」と思ってましたからね。「ドキュメンタリーなんて撮れて当然」だと。そうしたら大野松雄にぼこぼこにされた、というか。それはまあ、格闘家が、「オレは誰と戦っても勝てる」と思うのにも似ていますよね(笑)。


—— そもそも、映画ファンになったきっかけは何ですか?

T:ぼくが映画好きになったのは、15歳のころなんですよね。そのころ、母親が衛星放送に加入してくれたので、家でBSが見られるようになって、その翌年ぐらいに今度はWOWOWが見れるようになって。VHS120テープに3倍で録画すると、約3本の映画が取れますよね。それで録画しまくって。そういうのをためて。
 そうしていくと、今度は映画の雑誌を買うになりまして。WOWOWから送られてくる番組表にもいろんな記事が載っているのですが、それだけだと飽き足らなかったんですよね。といっても田舎だったので、『ロードショウ』などですが、買って読んでいたら、いわゆる「古典映画」などについても特集などで紹介が載っているんですよ。当時は記憶力も優れている年代ですから、いろいろな作品の名前を覚えて、番組表に覚えた名前があると全部録画したりとかして。
 近所に住んでいたいとこの家もBS・WOWOWに入っていたんですよ。それで、録画しあって交換していました。いとことぼくとふたりで映画好きになって。


—— 具体的に、作品などは覚えていらっしゃいますか?

T:これ一本、ということはなくって、たまたま続けて見たものが面白かったんですよね。それで見るようになったんだと思うんですけど、その1本目が確か『アンタッチャブル』だったと思います。


◎ さいごに

—— 最後に、映画を見に来る方へなにかメッセージがありましたら。

T:この作品は、大野松雄さんが主人公なので、若干、手塚治虫先生が悪役のように描かれていますが、すみません、気にしないでください。手塚先生も尊敬しています(笑)!


—— お忙しい中、ありがとうございました!


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<関連情報>

『アトムの足音が聞こえる』の主人公である大野松雄さんの新作アルバムが、映画の公開にあわせて発売されます。
映画の中でも登場する、草月ホールで2009年7月に行われたライブ・パフォーマンスで試みた表現を再構築した音源を使用した作品です。
上映劇場では21日から先行発売予定!

タイトル:   YURAGI#10
アーティスト:   大野松雄
価格:   2,000円(税込)
発売日:   2011/05/25(予定)
発売元:   HEADZ

 


<関連リンク>

映画『アトムの足音が聞こえる』公式HP
http://www.atom-ashioto.jp/


CDのリリース元 HEADZ
http://www.faderbyheadz.com/

 





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