いよいよ5月28日、全国で劇場公開される映画『手塚治虫のブッダ —赤い砂漠よ! 美しく—』。手塚治虫が約10年をかけて描いた仏教の始祖・ゴータマ・シッダールタの生涯を描いた漫画『ブッダ』の初の劇場アニメ作品です。
今月の虫ん坊では、本作品の総監督、東映アニメーション株式会社 取締役副社長
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◆◇◆ 映画『手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-』情報 ◆◇◆
「もともと、東映アニメーションと手塚治虫、手塚プロダクションとは、ご存知の通り、昔から長いお付き合いがありました。」
森下監督が語る通り、昭和33年、東映アニメーションの前身である東映動画の企画部、
久しぶりの手塚治虫原作の東映アニメーション作品に『ブッダ』が選ばれたのはなぜだったのでしょうか?
「『ブッダ』は十数年前からたびたび企画会議に上がってくる作品でした。
近年、東映アニメーションはテレビシリーズの製作に事業がシフトしていましたが、劇場映画のプロジェクトを手がけよう、というときに、「手塚治虫の『ブッダ』はどうか?」という意見が出たのはそんなわけである意味自然な流れでした。『ブッダ』ほどの作品であれば、手塚プロダクションがやるのではないか? という声もありましたが、やはりうちでもやりたい、と。なにしろ十数年、温めていた企画ですからね。」
『ブッダ』という作品の力を感じたのは、息子さんが中学生時代の言葉。
「それまで『ジャンプ』とか『サンデー』といった、普通の少年漫画誌を読んでいた息子が中学生になったころ『ブッダ』を読んで、「宗教ということが、少し分かったような気がする」と言ったことを覚えていますよ。
子供も中学生ぐらいになると、そういうことが漠然と分かるようになるんだな、と思いましてね。今まで、小学生のころは家族に連れられてお葬式に出席しても、おそらくそういう気持ちは、もっていなかったと思うのです。中学生になって初めて、歴史観や、
「映画に主題歌が入って完成したのが去年の12月でしたが、それからいろいろなことが起こりました。3月11日の東日本大震災のような大災害が起きたことや、私自身も、病気で腎臓移植手術を受けたこと。否が応でも、「
二千年前のインドに、病気や死など、人の力ではどうすることも出来ない、逃れられない運命について、「どう向き合えばよいのか?」を真剣に考え、答えを求めていた人がいたのだ、そのために人生を惜しげなく投げ出した人もいたのだ、ということが救いになった、と。撮り終えてからいろいろ考えてみると、これもまた縁だったのではないか、と感じています。」
日本全国の人々が驚き、ショックを受けた東日本大震災。被災地には、家族や親しい人を失った方もたくさんいらっしゃいます。また、1ヶ月以上が過ぎた今でも、避難所で暮らしている方もいます。
現実にそのような大災害に巻き込まれた人に、どんな言葉をかければよいのか、逃れられない苦しい境地に陥ったときに、どんなふうにすれば生きる勇気を与えられるのか、そんなことが分かるのは、ブッダのような存在だけなのではないか? と森下監督は考えています。
「こんな重大な問題には、普通の人間では答えられませんよ。普通の人がなんと言ったところで、空々しく聞こえてしまうばかりでしょう。答えを出せる存在は、それこそ、宗教的なものしかないんじゃないか、と思いますよ。宗教にしか答えの出せない境地に、現実に追い込まれる可能性はゼロではないのです。そうなったときに、何を信じればよいのか。 これはもしかしたら、手塚先生もそんなことを考えて、『ブッダ』を描いていたのかもしれませんね。
手塚先生の作品もそうですが、映画『ブッダ』では、「何をすべきか」も決して押し付けにはならないように、描いています。宗教色の強いシーンも、実はあまり出てきません。
あえてそれらしいシーンといえばウサギが焚き火に飛び込むシーンで、原作でも重要なエピソードですが、それを映画でも冒頭にもってきています。」
原作でも大変衝撃的な、飢えた修行者のためにウサギが自らの身を捨てるシーン。仏教説話としても有名なこのエピソードです。
「あのシーンを描くのは、初めはすこし宗教的すぎていやらしいかな? と思っていたんです。スタッフの中でもそういう意見もありました。でも、それを描くことで、戦争のシーンや、ミゲーラの悲劇、チャプラとその母の悲劇にそれぞれ、意味というか、希望を持たせることができたと思います。あの説話の思想を根底に持たせることで、どうしようもない悲劇にも、なにかの意味が残ったんじゃないか、というような希望を感じてもらえると嬉しいです。」
実際にシッダールタ王子が悟りを開き、ブッダとなって人々を導くのは、この映画のエピソードの先の物語です。3部作として計画されていた映画『手塚治虫のブッダ』で、答えを見つけるブッダは、描かれるのでしょうか?
「映画の3部作の構成・内容などを考えていたのは、もちろん、震災の前でした。そのところは、これから念入りに練らなくてはいけない部分だと思っています。現実にこれだけのことが起こってしまった後では、うかつなことは描けませんので、表現の方法もふくめて、シッダールタが何を、どう見つけていくのか、これから、念入りに練り直さないといけないなと思っています。」
40年間、東映アニメーションでアニメの仕事に携わってきた森下監督。企画を手がけられた作品の中には、日本人なら誰もが知っているような名作も多数あります。
監督にとって、アニメーションの仕事とは?
「それはね、『苦楽』ですよ。苦楽を共にする、というあの苦楽ですね。たくさんの尊敬できる人々とお互いに知恵を出し合って、協力していく楽しさと、作品を作り上げる辛さを一緒に味わえることが、一番の醍醐味ですね。
この仕事をやっていて一番良かったことは、人と人とのネットワークを築くことができたことだと思っています。アニメーションは総合芸術ですから、一人で部屋にこもっていても仕事にならない。いろいろな才能をもった、たくさんの尊敬すべき人に知り合えて、いろいろなことを教わったり、時に注意や
最後に、この作品の見どころとメッセージをいただきました。
「この作品を撮るにあたり、いろいろな角度から『ブッダ』という作品について考えてみました。でも、やはり手塚治虫さんの原作を超えられるアイディアは出ませんでした。そこで、原作に忠実な作品を作ろうとしましたが、そうしたら製作に2年もかかりました。
もし、原作『ブッダ』を読んだことがある方なら、いかに原作に忠実かというところを見てほしいですし、『ブッダ』を知らない人には、私の息子が始めてこの作品に触れたときと同じような感動を与えることができれば、と思っています。
こんな時代だからこそ、命というものを感じていただきたいし、感じられるような映画になっていると思います。」
お忙しい中、お話をいただき、ありがとうございました!
©2011「手塚治虫のブッダ」製作委員会