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ストーリー・解説

1985/07/31 「週刊少年マガジン」(講談社) 掲載

「夜よさよなら」は、少年とサボテンとの心の交流を描いた佳作です。「夜」とは、メキシコ語で「ノーチェス(夜)」と呼ばれたサボテンにちなみます。
メキシコに住むいわゆる日系2世の少年、タブロは、馬で散歩中、崖から落ちて足を折ってしまいます。あたりは荒野で、人っ子ひとり見当たりません。助けも呼べないまま不安になるタブロに話しかけてきたのは、なんとサボテンでした。崩れた石の下敷きになってしまっているので、助けてほしい、と言ってきたのです。
ノーチェスの助けで、何とか一命を取り留めたタブロは、ノーチェスを持ち帰り、家の植木鉢に植えますが、ノーチェスは言葉を発しません。結局以来一度も言葉を交わす事もないまま、タブロは父親の転勤で、植木鉢のノーチェスをメキシコの家に残して、日本に帰ってしまいます。
タブロの日本での生活は暗澹たるものでした。生まれてから一度も日本で暮らしたことのないタブロは日本語が苦手で、うまくコミュニケーションもとれず、格好のいじめの対象になってしまいます。掲載当時は、ちょうどいじめが社会問題になっていた頃。人間達の冷淡さや陰惨さが、先のノーチェスとの清らかな交流とは対照的に描かれています。
人間以外のものが人間と同じように言葉を話し、人間と交流をする、という物語は、手塚治虫の得意とするシチュエーションでもあります。『ジャングル大帝』のレオしかり、アトムしかり。人間以外の存在をフィルターとしてはさむ事で、人間を客観的に描写し、その本質を浮き彫りにするのですが、その視点は皮肉たっぷり。レオだってアトムだって、人間をあんなに好きなのに、いじめられたり、わがままを押し付けられて困惑したり、大変付き合いにくそうです。「人もヘビも区別なんて分からない」と清らかな事を言うサボテンと、メキシコ帰りで、言葉が心もとない、と言うだけで差別してタブロをいじめるクラスメート達の対比。それでも、作者の目は優しく、ラストにはまさに暗い「夜」に別れを告げるように、希望を見出し、たくましく生きてゆくタブロの姿を描いています。
もっとも、このマンガのいちばんの読みどころと言えば、ノーチェスの長い長い旅のシーンでしょうか。サボテンらしい手段を用いて、メキシコから日本までの道のりを延々、旅するシーンは、植物ならではの視点がユニークで、シリアスなドラマの中に、和みを加えています。それから、端役にお茶の水博士やハム・エッグが出ているのもうれしいところです。

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  • 夜よさよなら

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