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ストーリー

山登りを趣味とする青年、間ケンは、遭難者を救出するため、ベテランクライマー佐佐木とともに多羅魔岳の難所「牛の舌」へ向かった。山登りのスリルを体感できるシリアスドラマです。

スポーツものはあまり描かなかった手塚治虫の、珍しい山岳スポーツマンガです。とはいえ、純粋に山登りをスポーツとして描くのではなく、主人公に救命という使命を負わせ、やるせない結果を持ってきて、「報われないヒーロー」の悲哀を描き出すテーマ性の高いストーリーには、のちの『ブラック・ジャック』にも通じる手塚マンガらしい味わいを感じます。
手塚作品を読むとき、「スター・システム」をご存じの方なら、ストーリーと同時にキャスティングが少なからず気になることでしょう。スター・システムとは、手塚マンガ独特の手法の一つで、ヒゲオヤジやロックなどのキャラクターが作品ごとにさまざまな役柄を演じ分けて登場するシステムのことで、少し手塚作品に通じてきたファンにとっては手塚中毒症状をエスカレートさせる効果があります。皆さんの中にも、「あのキャラクターの意外なキャスト」を探して、ついつい、いろいろな作品に手を出してしまったという方は、きっとたくさんいらっしゃると思いますが、この『魔の山』にも、印象的なキャラクターとして、『ナンバー7』などで大活躍した佐佐木が顔を出しています。
この作品での佐佐木の立ち位置は助演俳優というところで、スターキャラではない、いわば無名の新人と言ったところの主人公・間ケンの「演技」をよく引き立てています。この佐佐木、先の『ナンバー7』のほかにも、『フィルムは生きている』や『ハトよ天まで』といった作品に登場していて、いずれも何でも器用にこなす才人で、いつもちょっと斜に構えているけど人情に厚い、登場すると不思議な安心感をもたらす好キャラクターを演じています。
この作品の少し暖かい気分になるラストは、まさに彼のキャラクターでなければ引き出せない独特のもので、登場シーンでは憎憎しげだったあのどんぐり眼も、なんだか愛嬌たっぷりに見えてくるから不思議なものです。「スター・システムって何?」という方にももちろん十分楽しんでいただける作品ですが、もし、あなたが手塚スター・システムの罠にどっぷりはまってしまっていて、なおかつ佐佐木ファンなら、これはもう必ずチェックしていただきたい作品です。

解説

1972/08/06 「週刊少年サンデー」(小学館) 掲載

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