「弁慶」は、月間の少年マンガ雑誌界で別冊フロクのブームがおこった時代に、その中の1冊として描き下ろされた、平安時代末期の歴史物です。
手塚治虫は弁慶にまつわるストーリーについて「架空の話をでっちあげるほかにないのです」「むちゃくちゃに遊んでやりました」といっていますが、比叡山の延暦寺を追い出された弁慶が、通行人から1000本の太刀を奪おうとして、五条大橋で義経と初めて出会うエピソードや、「ひよどりごえの逆落とし」で有名な、義経が平家に大勝した「一ノ谷の戦い」など、重要なポイントはきちんとおさえてあります。また、源氏が平家を滅ぼした「壇ノ浦の戦い」などは逆にバッサリと切られてナレーションで処理されており、何とも大胆な構成でまとめ上げています。しかし、全体を読んだあとに、自分なりの「壇ノ浦の戦い」を想像で差し込んでみて下さい。実際にやってみると、何となく余計で冗長な印象を受けるのではないでしょうか?このエピソードの取捨選択、実は大胆なようでいて、限られたページ数の中で効果的なストーリー展開をするため、手塚治虫の見事な計算がなされていると言えるでしょう。
そしてこの作品におけるハイライトは、やはりクライマックスの関所越えです。歌舞伎の中でも特にポピュラーな「勧進帳」がベースになっていますが、ここで手塚治虫は開き直りか、照れ隠しか、はたまた元ネタを逆手にとったギャグなのか、背景を全て歌舞伎の舞台のように描いてしまいます(このへんが“むちゃくちゃに遊んでやりました”の最たるところでしょうか)。
いずれにしても、絵・構成ともに、当時絶頂期にあった手塚治虫の勢いがそのまま出ているような、実に楽しいマンガです。数ある少年向け中編作品のなかでも、一つの頂点だと言えるでしょう。
1954/02 「おもしろブック」付録(集英社) 掲載