太鼓の達人の青年とヒノキの精の民話調ラブストーリーです。
手塚治虫は「音楽」を題材にした作品を数多く残していますが、今回おすすめする「てんてけマーチ」も、そんな「音楽もの」の一つです。
三兵は、和太鼓の名手だった祖父から、後を継いで太鼓打ちになるよう命じられます。お国のために兵隊になろうと思っていた三兵は、最初は逃げていましたが、ある晩枕元にあらわれた太鼓の精霊に懇願され、しぶしぶながら練習を始めました。やがて時は過ぎ、三兵は立派な太鼓打ちとなり、もう兵隊になる気はなくなっていましたが、皮肉にもそんな彼の元へ届いたのは、一通の召集令状でした。
この「てんてけマーチ」は、さまざまなジャンルの顔を持った作品です。太鼓の練習に打ち込む三兵の姿は「根性もの」のようであり、女性の姿をした太鼓の精霊との関係は「民話もの」や「ラブロマンスもの」のようでもあります。そして、三兵を襲う戦争の悲劇は、明らかに「反戦もの」です。手塚治虫が、この短編の中に様々なシチュエーションを持ち込んだことによって、私達読者は、あたかも太鼓を狂言回しとしたオムニバス作品を読んでいるかのような感覚にとらわれます。そして、めまぐるしい展開を見せる作品の根底を、変わることなく流れているテーマが「音楽の素晴らしさ」であることにやがて気づくことでしょう。
それと、重要なテーマがもう一つ。それは「家族のつながり」です。この作品、三兵の息子が物語に絡むことで予想外の展開をしていくのですが、音楽、そして家族の素晴らしさを高らかに謳いあげたエンディングは、太鼓のリズムのように、心弾むような感動をきっとあなたに与えてくれます。
1977/09 「月刊少年ジャンプ」(集英社) 掲載