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ストーリー

大衆作家・林不忘の生んだ剣豪キャラクター・丹下左膳を、手塚治虫流にアレンジした時代劇マンガです。
ふとしたことからみなし児のチョビ安が手に入れたこけ猿の壷……。それは、柳生家に伝わる百万両の黄金のありかが記された宝の壷でした。
そのつぼをめぐる騒動の中で、片目片腕の剣士・丹下左膳は、チョビ安と知り合い、父親代わりになることになります。
一方、伊賀柳生の暴れん坊・伊賀源三郎は、婿入り先の道場で、後添えのお蓮と、師範代・峰丹波が、道場を乗っ取ろうとしていることを知り、ひとり戦いを挑みますが、反対に、峰丹波の罠にはまって殺されかけます。
そのピンチに現われたのが、丹下左膳でした。
丹下左膳と伊賀源三郎は、多数を相手に善戦しますが、そのさ中に、古寺の穴へ落ちてしまいます。
するとそこには、柳生家の宝のありかを示す地図が隠されていたのです。

解説

丹下左膳は、昭和初期に活躍した作家・林不忘が、1927-1928年に新聞に発表した小説「新版大岡政談・鈴川源十郎の巻」に登場する、片目片腕のニヒルな剣士です。 最初は脇役でしたが、人気が出たため、その後「丹下左膳」(1933-1934年)が書かれ、映画化もされて、当時を代表するヒーローとなりました。 手塚治虫がこのマンガの原作としたのは1933年6-11月に「大阪毎日新聞」と「東京日日新聞」に連載された「丹下左膳・こけ猿の壷」です。 ただし、この作品は自分から企画したものではなく、編集部からのリクエストによって描かれたものであり、当時ようやく定着しつつあった手塚治虫カラーを崩さないようにと、丹下左膳の顔の傷をピエロをイメージしてデフォルメするなど、細心の注意をはらって描かれたということです。 この後、手塚治虫は、同じ「おもしろブック」の1955年3月号付録として『乾雲坤竜の巻』(けんうんこんりゅうのまき)を発表していますが、この時は手塚治虫が病気となってしまったため、手塚治虫自身が執筆したのは表紙と2色8ページのみで、あとは代筆となっています。

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  • 丹下左膳

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