「ブッダ」TIPSでは作品にまつわるこぼれ話や、「ブッダ」に関する豆知識を、どんどん紹介していこうと思います! まずは「ブッダ」の豆知識としては基本中の基本。 マンガ「ブッダ」が誕生したきっかけです。 「COM」の廃刊によって中断された手塚治虫の代表作「火の鳥」。 それを、ぜひ続けてほしいと申し出たのが月刊マンガ誌「希望の友」でした。 しかし少年誌である「希望の友」の読者層を考えると「火の鳥」の連載はむつかしいと判断した手塚治虫はそれを断念。 それに変わるものとして企画したのが、お釈迦様の伝記マンガ「ブッダ」でした。 |
10年以上に渡る連載の記念すべきひとコマめ |
スペクタクル映画を思わせる この岩ロゴも迫力がありますね |
手塚治虫が構想したのは、仏教くさくなく、フィクションをいっぱい盛り込んだ手塚流のお釈迦さん物語。 タイトルもスッキリと「ブッダ」にしました。 そこでひとつ豆知識。 今でこそ「ブッダ(Buddha)」というとお釈迦様を表す英語表記という形であると我々の中にもしっかりと認識されていますね。 しかし、これって、当時としてはずいぶん思い切ったタイトルだったようです。 もともと仏陀というのはサンスクリット語で「目覚めた人」という意味、それをカタカナ表記でタイトルに掲げた手塚治虫の斬新なセンス。 今日欧米でも、仏教や禅が注目をあつめる時代になるのを先読みしていたのかもしれませんね。 |
こうして「ブッダ」の連載は1972年9月号から始まりましたが、その構想通り、連載当初、主に活躍するのは、チャプラやタッタやナラダッタという手塚治虫オリジナルのキャラクターたち。 主人公であるブッダ(シッダルタ)が誕生するのは、連載開始後ずいぶん経ってからでした。(単行本では第一部第7章めにやっと誕生、約250ページが過ぎてから…) この辺りからも、手塚治虫が描こうとしたのが、たんなる仏陀の伝記ではなく、仏陀が生まれた時代、そこに生きた様々な人々が織りなす、壮大な大河ドラマであることがうかがえます。 |
冒頭部に活躍するチャプラとタッタ |
手塚作品ではすっかりおなじみの「スターシステム」。 「ブッダ」の中でもおなじみの手塚キャラクターが、様々な役柄を演じています。 まずは不思議な力をもった少年アッサジ、これは当然「三つ目がとおる」の写楽保介ですね。 他に、もと拝火教のウルヴェーラ・カッサパは、ぶつぶつデカ鼻の「火の鳥」猿田博士。 マガダ国のビンビサーラ王のこの特徴的な髪型は、、、そう、手塚キャラいちのクールな二枚目ロックですね。 まだまだ沢山いますよ! |
チュンダが差し出したキノコがヒョウタンツギ |
さて、こちらも「スターシステム」が誇る名キャラクター、ヒョウタンツギ。 「ブッダ」ではこのヒョウタンツギが、鍛冶屋のチュンダがブッダをもてなす為に差し出す料理のキノコとして登場しています。 実はコレ、チュンダの家の天井裏に生えていたキノコなんですねー。このキノコ料理が原因で、ブッダは強烈な腹痛のあげく入滅することになります。 仏伝によるとチュンダ(純陀)が供したのは「スーカラマッタヴァ」という料理で、その語源から一説では豚肉料理であるとか、いや豚が探し出すトリュフのようなキノコ料理である、とかでしばしば論争の種になっているようです。 いずれにしても、この料理のせいで、もともとお腹が弱く高齢の仏陀が入滅したのは確かなようですが、そんな問題の料理に、おなじみ不思議キャラクター、ヒョウタンツギをしつらえるあたり実に手塚治虫らしいユーモアですね。 |
おっと、忘れちゃいけませんね。ヒョウタンツギは「ブッダ」では、もうひとつ重要な役柄を演じています。 チャプラの足の裏にぺったりと張り付いていて、チャプラを一生苦しめ続ける事になるスードラ(奴隷)の烙印としてです。 それにしても、よりによって奴隷の烙印がヒョウタンツギとは、、、。登場人物の顔が突然ギャグキャラクターに変身したり、シリアスなシーンにいきなりギャグキャラクターが現れたりと、真面目なシーンに、まるで照れ隠しのようにギャグが挟みこまれるのは手塚マンガではすっかりおなじみですね。 笑いでガス抜きをしてバランスを取るため、もしくは読者を飽きさせないため、、、などの意図があったようですが、この烙印ヒョウタンツギもまさにそんな感じですね。 |
チャプラの足の裏にもヒョウタンツギ |
ブッダの手の上のサナギ…、 ブタナギ? |
ヒョウタンツギに代表される不思議生物キャラクター。 他にもまだまだ、いますね、、、ママー、スパイダー、ブクツギキュ、、、などなど。 「ブッダ」にもヒョウタンツギ以外に誰か出演していないかと探してみたところ、、、、ちょっと違いますが、こんなシーンを見つけました。 年老いたブッダがアナンダに、自分の死期を説明する重要なシーン、蝶が抜け出た後のさなぎを手に乗せて、とつとつと死とは何かをアナンダに説きます。 が、よく見るとこのサナギ、、、、とんがった耳のような形といい、後に突き出したしっぼといい、お馴染みの不思議生物キャラ「ブタナギ」に見えてきます。 ブタナギは、顔はブタ(?)で胴体は蝶のサナギという不思議キャラ。 いつも大口をあけてバカ笑いをしては皆からひんしゅくを買っています。 一説によるとブタナギはヒオドシチョウのサナギがモデルになっているとのこと、ブッダが持っているサナギも、この種類かもしれませんね。 前述の真面目な場面でついふざける手塚マンガのファンとしては、 ブッダの手の上で、いつこのサナギが大笑いをはじめるのか、ついつい期待してしまいます。 |
猛烈な忙しさの中、次々と作品を生み出していった手塚治虫の超人的な仕事ぶりは、すっかり伝説化されて世によく知られているところですが、「ブッダ」連載中ももちろん例外ではなく、当時の担当編集者の方々は相当ご苦労なさったようです。(詳しくは虫ん坊2011年1月号の潮出版社 大浦静雄さんのインタビューをご覧ください) さて、今回はどうしても原稿が間に合わない! そんなピンチに大活躍したのが「ブッダ外伝」と言われる作品です。 これらは、仏教説話などを題材にした短編マンガで、あらかじめ描かれていたこの番外編とも言える作品で、連載の空いた穴を埋めたりしたとのことです。 そんな「ブッダ外伝」には、どんな作品があるのかをご紹介しましょう。 まずは「牡牛セブーの物語」。 死にものぐるいで人間になる夢を叶えた牡牛セブー。しかしその心優しさから、神様にせっかく貰った人間の体を他の動物に与え続け……、最後にはもとの牡牛にもどってしまいます。 この短編作品は「ブッダ」連載中の希望の友1977年2月号に掲載されました。 その後、この物語は「ブッダ」単行本化の際に、ブッダが話す説話のひとつにかたちを変えて収録されています(第4部第6章)。 ブッダが鹿の為に話す説話として登場するのですが、鹿に分かりやすく同じ動物仲間の牛のたとえ話をする。 こうやって、なんの違和感もなく、うまく本編に取り込まれているのですね。 |
ルンチャイと野ブタの物語 |
次に登場した「ブッダ外伝」が「ルンチャイと野ブタの物語」です。希望の友1978年3月号に掲載され、1981年1月号のコミックトムにも再掲載されました。 (「ブッダ」は希望の友~少年ワールド~コミックトムへとリニューアルしていった潮出版の少年マンガ誌に連載され続けました) ぐうたらでうそつきの少年ルンチャイ、自分のついた嘘がもとで母親を死の国に連れて行かれてしまいます。 その後を追いやっと辿り着いた死の国で、母親を生き返らせるためにルンチャイは身代わりに野ブタへと生まれ変わるのですが……。 仏教らしく転生輪廻、生まれ変わりを軸にしたこの物語、もちろん独立した作品として楽しめるものですが、後半にはちゃんとブッダが登場して重要な言葉を残すあたり、いかにもスピンオフ「ブッダ外伝」ならではといった作品になっています。 さて、この作品、手塚治虫漫画全集や単行本に未収録のため、なかなか見る事が出来ませんでしたが、「手塚治虫傑作選『家族』」(祥伝社)に収録されたのを皮切りに、「新装版『ブッダ』第9巻」(潮出版)、「手塚治虫文庫全集『ブッダ』第4巻」(講談社)にそれぞれ収録されています。 |
残りの「ブッダ外伝」をご紹介します。 「タカとシビ王のはなし」「寒苦鳥のはなし」、この2作品は1982年2月号のコミックトムに掲載されました。 鷹に追われたハトを助けようとするシビ王、自分の肉を与えててまでもハトを救おうとしますが、なかなか釣り合わず、自分の命をかける事で、やっとハトの命を救える事になります。 手塚「ブッダ」に通底する重要なテーマである自己犠牲と慈悲心、この短編作品にも同じデーマが流れています。 と言うのもこの説話の出典は、仏陀の慈悲深い前世を記した「ジャータカ」のひとつなんですね。 シビ王は仏陀の前世のひとつ、とされています。 (詳しくは、エピソード「ササジャータカ」の項をご覧ください) さて、この2作品もまた、全集、単行本に未収録のため、長い間読みにくい作品でしたが、2011年2月発売の「新装版『ブッダ』第12巻」(潮出版)に収録されています。 アニメ作品「ブッダ」の公開によって、再評価がが高まる「ブッダ」ブームのおかげで、今までなかなか見る事ができなかった作品を見る事ができるのは、ファンにとって本当にありがたいコトですね! |
タカとシビ王のはなし |
わが「ブッダ」TIPS班が現在調査中のとっておきのTIPSをご紹介。 「発見!!KIBO COMICS「ブッダ」第8巻(潮出版社)には、なぜか2種類の表紙が存在する!!」 マニアならずとも、ちょっと気になる惹句ですよね。 下の画像をご覧ください。 まず第8巻の初版は左の表紙で出版されました。3刷あたりまでは、この表紙であると確認されています。 それが5刷ではこの右の表紙に変わっています。 まあ、ここまでは良いとしましょう。手塚先生が何か気にいらなくて、途中でその表紙を変えたかもしれません。 しかし、版を重ねたその後また、なぜか左の表紙に戻っているのでした。 うーむ、謎ですね、、、。なぜ、また表紙が変わったのでしょう、、、? その答えはひょっとしたら、手塚治虫本人しか分からないのかもしれませんね。 |