イタリア・ルネサンス時代の巨匠であり、彫刻や絵画、建築などさまざまな分野で名作を世に送り出したミケランジェロ・ブオナローティ。自身は「彫刻家」であることに誇りを抱いていたといいます。
このたび、ミケランジェロの大理石彫刻2体が初来日することになり、現在、東京・上野の国立西洋美術館では『ミケランジェロと理想の身体』展が開催されています。
そのPR活動の一環として、『ブラック・ジャック』が登場するという話を聞きつけた虫ん坊スタッフは、早速、『ミケランジェロと理想の身体』展の広報担当者を呼びつけて直撃!
今回、B・Jを起用した経緯はもちろん、本展覧会が開催されるまでのいきさつや見どころなどについてお話を伺いました。
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まず、『ミケランジェロと理想の身体』展についてですが、なぜ、男性の肉体美がテーマだったのでしょうか。
美術の起源をさかのぼると、男性の裸体にたどり着くんです。古代の人々は男性の裸体から美を追求し、男性ヌード彫刻を創り、そこから絵画などのあらゆる芸術表現に派生していきました。つまり、美術史の基本の「き」にあたるんですね。
本来であれば、男性の肉体美は一番取り上げなければいけない重要なテーマで、誰もがやりたがった展覧会なんですけど、いままで実現できないでいたんです。
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それはどうしてですか?
男性の肉体美をテーマに掲げて開催するにあたり、絶対に欠かすことができなかったのが、ミケランジェロの作品でした。
ミケランジェロは同時代に生きていた方々からも評価され、「神のごとき」と言われていた人物。美術史を学ぶ上で外せないジョルジョ・ヴァザーリの『美術家列伝』という16世紀に書かれた書籍のなかでも、天才だと評されています。
男性の身体美をテーマにする展覧会で、ミケランジェロを紹介できないというのは、マンガ史の展覧会をやるのに手塚先生の作品がない、もしくはハンバーガーを食べるときにバンズとレタスしかないのと同じようなものなんです。
そもそもミケランジェロの彫刻って、世界に約40点しか残っていなくて。いろいろな制約や条件もそうなんですが、有名な《ダヴィデ》の像など、5.17mもある大きなものやほぼ建築の一部として組み込まれている彫刻だったりと物理的に運べないものもあって、なかなか借用することができないという背景がありました。
なかには「貸してください」とすら言えない作品もありますから(笑)。ミケランジェロの専門家らと共に、何度も現地へ足を運び、長い交渉の結果、所蔵するバルジェッロ国立美術館から《ダヴィデ=アポロ》をお貸しいただけることになって、ようやく展覧会の骨子ができました。
彫刻展そのものがマイナーな日本でどこまで通用するのか。今回の展覧会はそういう意味でも挑戦的な企画となります。
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今回《ダヴィデ=アポロ》ともう1点、《若き洗礼者ヨハネ》の2体が選出されています。理由はやはり物理的な問題からだったのでしょうか。
それもありますが、両方ともミケランジェロの大傑作で、彼の文脈のなかでもトピックとして語ることができる作品なんですね。《ダヴィデ=アポロ》は、NYのメトロポリタン美術館が開催したミケランジェロの大回顧展でもメイン級の彫刻として扱われていました。
あとは、どちらもすごくストーリー性があるんです。
《若き洗礼者ヨハネ》は早年のミケランジェロの作品で、20世紀前半のスペイン内戦によってほとんどが破壊されてしまうんですが、長年にわたる修復で見事よみがえることができました。ミケランジェロの彫刻として認められたのはごく最近で、私たち現代人にとっては「最新」の作品でもあります。
《ダヴィデ=アポロ》はミケランジェロが50代半ばという脂がのった時期に作られた未完の作品。聖書の英雄ダヴィデか、ギリシャの神アポロか、その主題がいまだ謎に包まれています。
きっと、完成された《ダヴィデ=アポロ》もそれはそれで奇麗だったと思いますが、未完だからこそ鑑賞者に謎解きの余地を残してくれているし、そこに想像の楽しさがある。改めて、鑑賞は自由に楽しむものだと気付かせてくれる作品です。
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どうやらブラック・ジャックが宣伝に一枚噛んでいるらしいと聞きました。『ブラック・ジャック』と《若き洗礼者ヨハネ》。確かに、顔色が似ている気はするのですが……(笑)。企画のきっかけを教えてください。
もともと、僕が手塚先生の大ファンでして。ヨーロッパの文化に目覚めたのは、『手塚治虫の旧約聖書物語』のアニメを観たのがきっかけだったので、大きな目標のひとつに、いつか手塚プロダクションさんと仕事をしたいという気持ちがずっとありました。
《若き洗礼者ヨハネ》の顔の継ぎ目をみた瞬間に「ブラック・ジャックだ!」とは思っていたんです。ヨハネは戦争で破壊され、B・Jは不発弾に巻き込まれ、身体がバラバラになってしまう。そういった点も似ているなと。
《若き洗礼者ヨハネ》はギリギリまでいろいろな交渉を重ねて、正式に決まったのは開幕間際でした。
決まった瞬間、チーム・ミケランジェロのグループメールに担当Sからものすごく熱い内容のメールが届いて(笑)。
ルックスもそうなんですけど、そこだけじゃないんです! B・Jって、あえて移植した友人・タカシのお尻の皮膚を残しているじゃないですか。ヨハネも本当はきれいに修復できるんですけど、あえて残しているんです。
それは、現代人からのミケランジェロへのリスペクトなんですよね。できるだけそのまま残しておきたいから、戦争で焼け焦げてしまった部分も真っ白にしないで、ありのまま手を入れずおく。
ここは手塚先生が描かれた美学といまの修復士たちの美学とがマッチしている部分なんじゃないかと。感動的ですよね。
タカシ少年が登場する「友よいずこ」のエピソードを知ったときは、ウルッと来ちゃいました。
実はヨハネの継ぎ目の部分はマグネットでくっついているんですよ。万が一、いま失われている部分が見つかっても差し替えられるように完全にくっつけてはいないんです。
B・Jだって、治そうと思えばきれいな皮膚にできるのに、わざと傷跡を残している。こんなに美しいストーリーの合致があるだろうだろうか、いや、ないって(笑)。
手塚プロダクションさんに初めてご相談で伺ったときも、メール同様、ストーリー性の合致を熱く語らせていただき、今回のPR企画が実現される運びとなりました。
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広告用の描き下ろしイラストとサイトで紹介するマンガは、公式で作画を手掛けるつのがいさんに依頼されています。つのがいさんは以前からご存じだったんですか?
僕はtwitterで知っていました。なんか、手塚タッチのスゴイ人がいるぞ、と(笑)。
今回、改めて『ブラック・ジャック』を読み返したんですけど、さすがのB・Jでも宇宙人は治していても、彫刻は治していなかった (笑)。つのがいさんという存在がいたから企画を進められたところもあります。つのがいさんが新しく作品を描き起こしてくれなかったら、成立しなかったかも知れない。
イラストのほか、《若き洗礼者ヨハネ》にまつわるストーリーを一般の方にもっと分かりやすく伝えることができたら良いなと、「ブラック・ジャック、西洋美術館へ行く」というテーマで5Pマンガを新たに描いていただきました。
つのがいさんと手塚プロダクションさんを交えて、企画会議をしたときに、つのがいさんはどちらかというと、ウイットに富んだ作風を得意とされていると思うんですけど、今回に於いては“ファニー”というよりは“インタレスティング”な方向に行きたいと、ヨハネのストーリー性も盛り込んだ、すごく余韻が残る展開のマンガを描いて下さって大変ありがたかったです。
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実際に、つのがいさんのイラスト原画やマンガをご覧になっていかがでしたか。
すごく素敵ですよね。わざとホワイト部分を残したり、細部まで再現されていて。ネームの確認など、描き下ろされていく過程をまのあたりにできてとても得難い経験をさせていただきました。
ピノコの「アッチョンブリケ!」もそうですけど、僕たちが欲しいものをきちんと拾ってくださっているなと思いました。YouTubeやインスタグラムを取り入れたコマはつのがいさん無くしてあり得ないですからね!
まずヨハネ像とB・Jの多くの共通点を教えて頂き驚きました。そして何より、ヨハネ像復元時のミケランジェロへの敬意の表し方についても大変感動しました。手塚先生の原稿への自身のフェチ(笑)もあり、カラー漫画の方はその復元方法を習って、原画修正の痕も表現してみました。物としての造形美だけでなく、作品の完成・今に至るまでの過程が感じられる物が大好きです。ヨハネ像を肉眼で見られることが今から楽しみです。
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マンガにするという発想は初めからあったのでしょうか。
日経新聞さんの『三国志』だとか、交通広告をはじめ、いま、わりとマンガを使う手法が増えてきていますよね。B・Jも婚活の広告に登場していましたし。
美術展ファンじゃない人が目を向ける媒体としては、マンガって存在自体が相当強いと思うんですよね。
せっかく、日本ではいままでになかった展覧会を開催するんだから、美術コアファンやいつも展覧会に来てくださっている層という従来の垣根を越えて、来場者のすそ野を広げるところにも注力したかったんです。知らないでいることが一番残念なことだと思うので。
今回、イメージソングとして園田涼さんが作曲した「ミケランジェロ」(作詞を江國香織さん、ボーカルを中川晃教さんが担当)を起用したり、ナビゲーターに声優の安元洋貴さんを迎えたり、展覧会のサポーターを新日本プロレスの棚橋弘至選手にお願いしたのも、少しでも興味を持ってもらえるきっかけを拡げられればという思いからでした。
広くアートという枠の中にくくり、美術ファン予備軍に来ていただくことで、将来の美術ファンを育てたいというのもあります。西洋の宮廷音楽家や宮廷画家は、近しい芸術ジャンルで絶対交流があったはずで、すごく自然なことなんじゃないかって。相互に交流が生まれたら、普段はまったく縁がないと思う場所にも行ってみようと思ってもらえるかも知れない。
手塚ファン、マンガファン、ブラック・ジャックファンの方々にも、これを機に知っていただいて、拡散できたらよいですね。
今後、つのがいさんのメインイラストを使ったポストカードやクリアファイルなどの限定グッズも展開していく予定なので、ぜひ、手に取っていただければ(笑)。
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実際に会場へ足を運んだのですが、延々と受け継がれてきた彫刻の歴史が分かりやすく展示され、見せ方にもこだわりを感じました。
古代ギリシャ・ローマとルネサンス時代の彫刻を対比させることで、それぞれの時代でどう美を追求していったのかを分かりやすく見せたかったんです。もともと、ギリシャ・ローマ時代の彫刻にはこうあるべきだという美の規範があったんですけど、ルネサンス時代になると、もっと、芸術を解放しようと自由に変化していきました。のちにミケランジェロが登場するまで、そのあたりの過程をいくつかのテーマで紹介しながら、メイン2体の彫刻が一番映えるように意識した展示となっています。
照明についても、仏像彫刻を手掛けられた方にチームに入っていただき、どこから見てもより美しく見せることはもちろん、光が鑑賞者の目に当たらないようにするなどいろいろ工夫をしました。
本来、所蔵されているイタリアの美術館ではほぼ自然光で、暗い空間に置いてスポットライトを当てるといった演出は特にされていないんですよ。そこも特別感を出したいと思いましたね。
また、ほとんどの作品を360度、触れるくらいの距離で鑑賞できるというのもポイントです。もちろん、引きでみても良いですし、さまざま角度から見て楽しんで欲しいと思います。
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今回の展示で特に苦労した点をお聞かせください。
《ラオコーン》ですね。これは展示をするのが大変でした。
実は3つに分解されて飛行機で日本に運ばれてきたんですよ。「あ、ぶつけちゃった!」なんてことは絶対にできないので、微調整を重ねながら、ものすごくピリピリした緊張感のなか組み合わせていって、設置するだけで半日強ほどかかりました。
因みに、全体の重さってどれくらいだと思います?
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想像つかないです。押しつぶされたら、確実にペッタンコになるやつですよね、これ。
2.5トンあります。ちょうど、アジア象1匹の重さですね。
下に免震シートを敷いていまして。万が一、地震が起きても大丈夫なようになっています。
壁も作品の邪魔をしないような壁面に変えています。大理石の彫刻って色がないものが多いですから。
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ブロンズ像と白い大理石の彫刻では、白い彫刻の方がとてもやわらかそうに見えました。
大理石ってとても硬い石でできているはずなのに、いわゆる皮膚があって骨があると感じられるくらい生々しいですよね。肉質感がすごく表現されている。
見ていると思わず、よだれが出てきます(笑)。
ごく自然に鑑賞しちゃいますけど、《磔にされた罪人》という作品の男性のポーズなんて、肉体の構造をかなり理解していないと、ひねったりうねらせたうえで、このように美しいポーズは作れませんよ。
専門用語では「コントラポスト」と呼ばれているポーズになります。片足に重心を置くことで逆の方にねじれ、下半身と上半身にひねりが加わり、らせんのような動きが生じる。そうすることで、人体がより生き生きと見えるんですね。
例えば、3Dプリンターで作ったモデルのように均整はとれているけれど直立不動の人体と、コントラポストを決めた古代彫刻と、どちらが活力あふれて魅力的に見えるかっていったら、古代彫刻のほうがそう見えるはずです。実際やろうとすると簡単にはできないポーズだけど、なぜか生き生きして見える。大発見ですよ。
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展覧会のサポーターの棚橋弘至選手は「みなさんそれぞれの『理想の身体』を見つけることができます。」とコメントされていましたが、おふたりの理想とする身体はどの展示作品ですか?
僕は《アメルングの運動選手》が好きですね。首も足もない彫刻で、胴体だけなんですけど、それでも美しいと感じるんですよね。死体だったら見ていられないけど、彫刻だったらずっと見ていられるから不思議です。セクシュアルなものを抜きにした整然とした美しさや格好良さに惹かれます。
僕は《ネプトゥヌス》ですね。海の神・ポセイドンを表現した大理石彫刻なんですけど、かなり壮年期、おじいさんとも言えるくらいの年齢の彫刻で、脂肪がついて弛んでいる感じとか筋肉の表現がとても生々しいんです。理想的な身体って、安易に完璧じゃないといけないイメージを持ちがちですけど、そうじゃなくて、肉体の衰えなどの欠点が持つ人間らしさのなかにも美しさはあるんじゃないか、と。
古代は絶対的な規範があって、それに乗っ取らないと美しい身体じゃないと言われていて。もちろん頷けるし、キレイだとは思うんですけど、理想の美しさは黄金比に乗っ取っていればいいという話じゃない。ありのままでも美しいと感じさせてくれるところが好きです。
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すごく自分が前向きになれる気がします。なんだったら、もう一回行って、励まされたいです……。
最後に、これから足を運ぼうとしている読者へひとことお願い致します!
ぜひ、自分を試しに来て欲しいですね。行けば絶対、自分の中に彫刻が美しいと思える心があるんだと気付けるはず。
男性のヌードだからと尻込みする方もいらっしゃるかも知れませんが、大丈夫です。性別なんていうレベルを超えるほど完成された作品なので、股間をまじまじと見て恥ずかしくなるなんてことにはなりません(笑)。女性も充分楽しめると思います。絵画とはまた違う別の魅力を堪能していただければ。
一言でいうなら、あなたのインスピレーションを刺激します、でしょうか。
足を運んでいただければどんな職種の方でもなにかしらインスパイアされるものがこの会場にはあるはず。それは男性美かも知れないですし、いろんなテーマのなかから感じるものかも知れない。さまざまな身体表現を通して、本当の美しさとはなにか。本能の赴くまま、感じ取って欲しいです。
『ミケランジェロと理想の身体』
会期:2018年6月19日(火)~2018年9月24日(月・休)
会場:国立西洋美術館
〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
時間:9時30分~17時30分(金・土曜は~21時、入館は閉館30分前まで)、
月曜休(8月13日、9月17日、9月24日は開館)
観覧料:当日一般1600円、大学生1200円、高校生800円、中学生以下無料
問い合わせ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
主催:国立西洋美術館/NHK/NHKプロモーション/読売新聞社
後援:外務省/イタリア大使館