今回のオススメデゴンス! では、『海の姉弟』をご紹介します。
安易に夏だから海ネタという理由だけで選んだのではありません。
舞台は沖縄。美しい風景描写のなかにもどこか漂う重苦しい空気には理由がありました。
8月の終戦記念日を前に、ふたりの姉弟に思いを馳せたくなる作品です。
「海の姉弟」は、『週刊少年チャンピオン』昭和48年9月17日号に掲載されました。沖縄を舞台にしたこの作品は、前年の沖縄返還や、同年3月の漫画集団によるチャリティーイベントの沖縄訪問等が執筆の動機になったと思われます。なお、手塚治虫は同年11月に「沖縄海洋博」の政府館展示プロデューサーに就任しています。
『海の姉弟』は、戦争がもたらした悲劇と、環境破壊への警告を大きなテーマとして力強く打ち出した短編作品です。
比佐子と良平は、小さな漁村に2人きりで暮らす姉弟。この物語は、両親のいない2人が、生計をたてるためにオニヒトデを捕獲しているシーンからはじまります。海中の幻想的な風景や、ヒトデの捕獲という特殊な設定は、この作品に一風変わった現代劇として不思議な雰囲気をあたえ、読者を誘い込みます。
ある日、自分達の出生について疑問をもった良平は、母親が残した日記を読んで、自分達の父親がどこの誰かもわからない米兵である事を知りました。その夜、彼より先にこの事実を知っていた比佐子に、ふざけたようにキスをする良平。一つの運命を共有する事で、2人の結びつきがより深くなったと同時に、「性」へのステップをひとつ上がる事で、良平の成長を表現した印象的なシーンです。
そんな時、比佐子の身辺に恋人の影が見え隠れするようになり、姉弟の関係にも溝ができはじめますが、やがて自分達の海が開発によって破壊されるにいたり、ふたたび強く結びつくこととなるのですが……。
沖縄という島の小さな村の中で、まわりから孤立して暮らす一組の姉弟。なぜ彼らがそのような運命を背負って生きていかなければならなくなったのか。そして母親が愛した海を失う事になったのか……。そこに手塚治虫の訴えたいテーマがあるのです。ぜひ、じっくりと考えながら読んでみて下さい。
埋め立て工事により海が荒らされると知った比佐子は、いてもたってもいられず身体を張って止めようとします。「海をころさないで!」という悲痛な声。彼女にとって、海が失われることはもはや殺生の問題であり、生まれ育った大切な場所以前に海も生命なのだという気持ちが強く感じ取れます。
良平:
サンゴを食い荒らし枯死させるオニヒトデを何度も「宇宙人」と呼び捕獲する良平。
実際、見た目もかなりグロテスクで腕と全身にある棘は猛毒を持っています。そんな生物を宇宙人と見なすのもうなずけるのですが、美しい海を破壊するのは宇宙人だけではありません。人間も然り。オニヒトデを宇宙人に例えることにより、利益のために海を汚す人間のえげつなさが浮き彫りにされています。