今回のオススメデゴンス! では、『アラバスター』をピックアップ!
こんなロックはみたことない――。
そんなキャッチコピーをつけたくなるほど、ロックの新たなダークサイドが満載。
『アラバスター』を読んだら、いままでのロック像がくつがえされるかも?!
暗然たる物語だからこそ光るロックの魅力に目が離せない……!
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『アラバスター』あとがき より)
どんなに出版社から本にさせろとたのまれても、どうしても気がのらない作品ってものもあるものです。
名をあげるとなんですが、「ダスト18」「ブルンガ1世」「ハリケーンZ」エトセトラ……それにこの「アラバスター」。
なぜ乗り気にならないかというと、いろんな理由があります。まず〝連載当時から反響や人気がなく、中には中途で連載中止になってしまったもの〟〝自分でも駄作だと思っているもの〟〝主人公の性格やスタイルが大きらいなもの〟〝差別問題その他の内容で、現在、とうてい再録不可能なもの〟……そのほかさまざま。
しかし、「全集」ともなると、これはぼくの全作品を集録するわけですから、そうもいっていられない。
やむなく、リストのトップバッターにのぼったのが、この「アラバスター」というわけです。
「アラバスター」は、なにより、物語の暗さがいやなのです。江戸川乱歩の「一寸法師」とか、「陰獣」などのようなグロテスクで淫靡なロマンをえがこうと思ってはじめたのが失敗のもとです。ぼくには、どうも徹底的に救われないニヒルな作品をかくくせがあって、この「アラバスター」もそれにおちこんでしまったのです。
ここに登場する人物はことごとくきらいです。ことに、ロックやゲンは、およそぼくがいちばんにがてで、かきたくない人物なのです。それをあえてだしてしまったのは、ぼくの仕事のファイトに波があって、その最低のときにぶつかってしまったからだと思います。
自称躁鬱病で有名な北杜夫さんが、ぼくを「万年躁病」だといわれたことがありましたが、とんでもない。ぼくは、三、四年ごとに、どうにもやりきれないメランコリックな状態になるくせがあります。ぼくが失敗作や駄作をものしてしまうのは、たいがい、そんな時期にかいたためです。
オリンピックで6つの金メダルを取った英雄、ジェームズ・ブロックは、黒人という理由で恋人に裏切られ、自分の皮膚を消したいと願うようになった。そして、ある老科学者が発明した、体を透明にする光線を浴びて、全身半透明の体になると、“アラバスター”と名を変えて、世の中の美しい物すべてに憎悪を向け始めたのだった……。
今回おすすめする『アラバスター』は、手塚ファンにとっては非常に評価に迷う作品だといえます。というのも、これだけ作者から愛されなかった作品もないのでは…と思えるほど、手塚治虫自身がさまざまなところで否定的な発言をしているためです。
上記の「講談社漫画全集」あとがきはもちろんですが、NHKのドキュメンタリー「手塚治虫 創作の秘密」の中では、作品から抜き出した絵のパネルを前に「これはひどいね」「僕が最低のレベルの時に描いたものです」と一刀両断。
『アラバスター』が連載された昭和45年~46年当時は、『あしたのジョー』や『巨人の星』などの大ヒットにより、少年漫画界もリアルな劇画の時代へと大きく変貌をとげていた頃で、手塚治虫も自分の仕事に迷いが生じていたのではないでしょうか。この『アラバスター』にも、少年誌に掲載された作品とは思えぬほど、重苦しい厭世観や、美や正義という、正体のハッキリしない価値観への懐疑心がありありと見て取れます。そしてそれは、そのまま手塚治虫のいらだつような心境を反映しているように思えてなりません。
いずれにしても、作者本人から駄作の烙印を押されたにもかかわらず、手塚治虫のダークサイドを象徴する作品として、頻繁に話題にのぼる作品でもあります。特に女性ファンの多いキャラクター、ロック・ホームの強烈な演技は女性のみならず手塚ファンの語り草になっています(どんな強烈さかって? それはぜひご自分の目でお確かめを……)。
ロック・ホーム:
ロック・ホームはロック・ホームでしかなかった……!
はい、もうね、この長セリフ。THEインパクトでしかありません。流石は警視庁から呼び出されたFBIの腕きき、顔についての好みもワールドワイドです。しかも、ロックはギリシャ系だったという新事実まで発覚。このプリズムのきらめきならぬ、どすぐろいきらめきはなんなんだ。
その表情と言葉から、彼の美意識の高さや自己愛の強さが強烈なまでに伝わります。
さて、上のセリフを踏まえてのこのコマに注目。ちょ、ロックさん!! 蹴ってる、蹴ってるから、犬を!! 前を横切ろうとしただけなのに、嫌悪感を抱くにとどまらず、この振舞い。
その後もホテルでベートーベンが流れていれば、「曲はきらいじゃないがベートーベンの牛みたいな顔が鼻もちならないからとめてくれ」と手厳しいひとことを投げ掛け、「だいたい日本人の顔はきらいでね」と容赦ない言葉を言い放つ。
ナルシスト、ここに極まれり! その美へのこだわりたるや、もはや、全人類を敵に回しかねないレベル。傍若無人を通り越して狂気と言ってもいいほど。
本編では、他にもこんなロックは見たことないというシーンがしばしば登場するので、是非括目して欲しいです!