早いもので、今年もゴールデンウィークの季節がやってきました。
大型連休には、旅行などいかかですか? ということで、今回は旅行にちなんで『ふしぎ旅行記』をご紹介します。幽霊となった主人公ケン一くんが色々な体に乗り移りながら旅をするという、タイトルどおりふしぎなストーリーとなっています。
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『ふしぎ旅行記』 あとがき より)
(前略)
この「ふしぎ旅行記」は、かの「幽霊紐育を歩く」のテーマを、そのままといっていいほど拝借してかきあげた、早い話イミテーションです。あの世で(この漫画では海底で)天国の使者ジョーダン氏(名前まで同じ!)に出会い、霊魂が肉体をさがして、あちこちの死体にもぐりこむというアイデアまでそっくりちょうだいしています。
「幽霊紐育を歩く」の映画をごらんになった人なら、「このものまね野郎め!」とお怒りになることでしょう。申しわけない限りです。
しかし、この作品には、そのアイデアを借りて、世界巡りをしてみたい、というサブ・テーマがあったのです。
なにしろ当時、国際社会に復帰できない時代の日本としては、ひとにぎりのエリート以外は海外旅行は不可能に近かったのです。また、旅行するには面倒な資格や思想調査もあったのです。だから、世界一周など一般庶民には夢物語だったわけです。いま思うと、これこそ夢みたいな話です。(下略)
「読者諸君! あなたはいま ある映画の撮影所の前に立っています」
おもちゃ箱をひっくり返したような、人々でごった返す撮影所、やがて登場した映画監督に扮した作者・手塚治虫。
大物手塚スターがひしめく試写室にあなたは足を踏み入れます。やがて明かりが落とされ、映写機をからから回るフィルムから、白いスクリーンに映画が映し出されます。
TezukaOsamu@Book版の底本となった手塚治虫漫画全集版の冒頭に掲載されている手塚スター一覧は、『拳銃天使』や『漫画大学』など、いずれも『ふしぎ旅行記』とほぼ同時期に発行された単行本に掲載されていたものですが、こんなスター名鑑も映画のパンフレットのような風情で、いっそうこの『ふしぎ旅行記』の世界観を盛り上げてくれます。
映画の内容は解説にもあるとおり、飛行機から海に落っこち、幽霊となったケン一君が、天使のハロウィンと共に中国、インド、エジプトにローマと、一緒に旅するはずだったヒゲオヤジを追いかけて世界中を旅して回って自分の身体を捜すというものですが、その行く先には当然冒険があり、大富豪ノネ・ノネモ氏の使いのチルチル氏、この作品がデビューのムッシュウ・アンペアにへっぽこ怪盗チックとタックなどの個性の強いスターたちが引き起こすドタバタ活劇も加わって、肝心の〝ふしぎ〟については多少印象が薄くなってしまっている感があるのが残念なところですが、初期手塚スターの大暴れが思う存分楽しめる作品になっています。そもそも幽霊のケン一君がいろいろな死体にもぐりこみながら旅をする、という設定自体、充分に〝ふしぎ〟設定です。
この『ふしぎ旅行記』、手塚治虫初期作品の例に漏れず今の漫画の常識から言うと少々物語の内容がファンタジック・奇想天外・荒唐無稽ではありますが、そこはなにぶん「映画」ですから、硬いことは言わずに楽しみましょう。
手塚治虫の描くバイプレイヤーの1人、ムッシュウ・アンペアの初登場シーンがこちら。 この『ふしぎ旅行記』がデビュー作となりますが、物語の後半では大きな役を任せられており、華々しいデビューともいえるでしょう。 ところで、ムッシュウ・アンペアは手塚がファンだったというフランス出身の俳優、シャルル・ボワイエがモデルなんだそう。名俳優をモデルにするというところも、手塚先生の映画好きがうかがえます。
ヒゲオヤジ:
前述したムッシュウ・アンペアの役どころといえば、良い人のはずなのに時に裏のある不審な言動を見せるなど、どこか掴めないような男なのですが……。実は、その言動の裏には驚くべき真相があり、それはケン一くんにも解けない最後のふしぎとなりました。
世の中には科学で解けないふしぎはない、と言うケン一くんですが、人の心というのは、およそ科学的な力などでは解決できない最大のふしぎであるのかもしれません。