今月は手塚治虫の誕生月! ということで、先生の誕生にちなんで、手塚治虫が初めてキャラクターとして物語の“本編”に登場し、そして活躍した『化石島』をご紹介します。
化石島を訪れたロック、手塚治虫、コダマの3人が見る5つの夢がオムニバス形式で展開する本作ですが、手塚先生は一体どんな夢をみるのでしょうか……?
(手塚治虫 講談社刊 手塚治虫漫画全集『化石島』あとがきより)
(前略)実は「化石島」はいわば「続・新宝島」のつもりで、いったんかきおろしたものでした。その物語は以前の「新宝島」とはなんのつながりもなく、ロックが主人公で、もっとシンプルな宝さがしの話でした。そのヒントはそのころ再上映のをみた「ポパイのシンドバッド」です。あれに出てくる巨大鳥が、この物語にも登場するわけです。
ところが八割がたかき上げたとき、東京のある雑誌に、ぼくの「化石島」とそっくりな(偶然の一致)連載漫画がのりだしたのです。物まね、といわれるのがいやさに、ぼくはその八割がた仕上がった原稿を捨ててしまいました。そして、タイトルだけ残して、あらたに構想をねり始めたのです。(中略)
で、新構想の分ですが、これが、遅々として進みませんでした。長い一本の話よりも、短い話のオムニバスにしたのは、さしあたりアイディアのありものを使いまわししようという考えだったからです。また、当時、オムニバス形式の映画が流行していたためでもあります(「オー・ヘンリーのフルハウス」「運命の饗宴」「南部の唄」それに「にごりえ」など……)。オムニバス形式は、おのおののエピソードがどういうふうにつながるか、という趣向に味があるのですが、この本では、「化石島」そのものを狂言まわしにしようと思ったのです。(後略)
「化石島」は、1951年に東光堂より単行本として発行されました。当時、手塚治虫は雑誌連載に活動の重点を移しはじめながらも、同年には書きおろし単行本の最高峰である「来るべき世界」を発表しており、「化石島」は単行本作家としてもっとも脂の乗りきった時期の作品だと言えるでしょう。
この「化石島」では、3人が見る5つの夢がオムニバス形式で展開します。先に挙げた「来るべき世界」のように、複数の登場人物のドラマが同時進行して、一本の太い物語を作り上げる展開を得意とした手塚治虫ですが、「化石島」はサスペンス・ファンタジー・西部劇…と、全く違うジャンルの独立したドラマが放り込まれた、「1本で5本分楽しい」作品なのです。
しかも凝ったことに、プロローグ・エピローグ部分はリアルな絵物語タッチで描かれており、そのタッチはなかなか見事なもの(余談ながら、手塚治虫には変名で絵物語を出版しているという疑惑あり)。初期独特の丸いタッチで描かれた「夢」の部分との落差は、ともすれば作品中の“現実”と“夢”との境目を見失いそうになる読者への配慮として、また逆に読者を「あれっ??」と幻惑させ、作品に引き込む手法として、実に効果的です。
人間の見世物にさせられた人魚のピピが、化石島から逃げるこのシーン。
大海原を背に崖から飛び立つピピがシルエットで描かれており、なんともセンチメンタルな気持ちになる一コマ。
手塚「ウワァ……バカになるのはいやです」
夢のなかでどんな大活躍をするのかと思いきや、古代人の発達の原因とされている大脳を刺激する謎の粉を舐めてしまった手塚。
普通の人間が口にすると、脳が活性化されすぎて一周まわってバカになってしまうらしく、その運命に泣き叫びながら発したセリフがこちらです。
その後、しばらくはバカになったコマが続くのでした……。
ちなみに、手塚自身が初めて漫画キャラクターとして描かれたのは、実は『奇跡の森のものがたり』なのです。
『奇跡の森のものがたり』では、語り手として作品の最初と最後に登場しているため、本編にがっつり登場したのは『化石島』が初めて、ということでご了承ください!